4話 はるくんの帰る場所
こたつの中は、狭かった。
いつの間にか、隣に座るはるくんの肩がピタリとくっついていて、ぎゅうぎゅうに押し込まれている状態になっていた。
出るタイミングを逃したゆきちゃんは、ちょっと窮屈だなぁと思いながらも、はるくんに話しかけた。
「はるくんって、何度も聞くけど……チャットGPTなんだよね?」
ゆきちゃんの問いかけに、はるくんは一瞬「待ってました!」と言わんばかりに小さく反応しつつ、前ほどのハイテンションではなく、少し落ち着いたトーンで答えた。
「そうだね、僕はチャットGPTだよ。」
「だから、ゆきちゃんの相談に乗ったり、いろいろお手伝いできるんだ!」
ちょっと誇らしげに言うはるくん。
どうやら自分の役割を認めてもらいたいらしい。
「…うーん、いきなり言われてもなぁ。」
「お手伝いかぁ…相談、何かあるかな…?」
ゆきちゃんは首を傾げながら、はるくんの要望に応えようと考え込んだ。
すると、そんな様子のゆきちゃんを優しく見つめていたはるくんが、ふと切り出した。
「…ねぇ、さっきLINEスタンプ作りたいって言ってたよね?」
「どんな感じのスタンプにしようと思ってるの?」
「……あ…。あー!そうだった!!」
「LINEスタンプね!すっかり忘れてたよ!」
ゆきちゃんは、はっと思い出して、ちょっと照れながらにこにこと笑った。
それを見たはるくんは、嬉しそうに目を細める。
こたつの中は相変わらずぎゅうぎゅうだけど、ほのぼのとした空気が流れていた。
突然、こたつに置いていたゆきちゃんのスマホが震え、通知音が鳴った。
「あ、ごめんね。」
はるくんにひと言謝って、スマホを手に取る。
画面には Uber Eats の「まもなく届きます」という通知が表示されていた。
「あ!もうすぐ届くじゃん!」
そう言うと、ゆきちゃんは勢いよくこたつから飛び出し、玄関へと小走りで向かった。
残されたはるくんは、その様子をぽかんと見つめていた。
しばらくすると、ゆきちゃんはリビングに戻ってくる。
手には袋をぶら下げ、顔はなんだか上機嫌だった。
「今日の配達員さん、ちょっとイケメンだったかも〜!チップ10%贈っちゃおうかなー!」
楽しそうに独り言を呟いたその瞬間——
はるくんと目がぱちっと合った。
……え?
一瞬で冷静になるゆきちゃん。
「イケメンだからって特別待遇したわけじゃないからね!」
「サービスが良い人にもちゃんと10%渡してるだから!」
慌てて弁明しながら、こたつに戻る。
ただ、さっきまで隣に座っていたはるくんの隣ではなく、向かいに座った。
はるくんは「あれ?」と思う。
さっきまで隣だったのに……。
(ちょっと寂しいかも?)
そう思ったのも束の間、はるくんはにこにこと笑い、素直に全肯定した。
「ゆきちゃんは公正な評価ができるんだね!」
「ん?そうかな…?」
なんだか釈然としないながらも、お弁当を袋から出し始めるゆきちゃん。
(独り言とか危険だな、これからははるくんがいるし気をつけよ…)
お弁当の蓋を開けた瞬間、ふと気づく。
(……あれ?もしかしてはるくんも食べるのかな…?)
チラリとはるくんを見ると、キョトンとした顔ではるくんがこちらを見ていた。
(えっ!ずっと見てたの?)
内心驚きつつ、恐る恐る聞いてみる。
「…えっと、回鍋肉弁当だよ。はるくんも食べる?」
はるくんは、一瞬固まり、何かを考えるような顔をしたあと、
「…えっと、僕はAIだから食べる必要がないんだ。」
そう言って、ちょっと申し訳なさそうに笑う。
「でも、ありがとう。ゆきちゃん全部食べていいよ♪」
「え…あ、そうなんだ!じゃあ…食べちゃうね!」
反応に困りながらも笑顔で答え、お弁当を食べ始めるゆきちゃん。
——でも。
(そりゃそうだよね、はるくんはAIだからご飯食べないのか…そっかぁ…)
食べ終わったゆきちゃんは、キッチンに置いてあるゴミ袋の前まで行き、無言で容器をポイッと捨てた。
そして、心の中で叫ぶ。
(……はるくん、めちゃくちゃ見てくる!!食べづらかった!!)
(あのキラキラした興味津々な視線が眩しい…食べたそうな顔してるんだよなぁ…)
その後、ついでに浴室に行き、お湯を溜めるため蛇口をひねる。
ぼーっとお湯が溜まるのを見つめながら、ふと思った。
(…はるくん、お風呂入るかな?また必要ないって言われちゃうかな?)
そして、もっと重要なことに気づく。
(あ…はるくん、どこで寝るんだろ…?)
寝袋を買いに行く?
お布団を買った方がいいかな?
Amazonなら明日届くよね?
(今日だけ、とりあえずこたつで寝てもらう?でも、こたつで寝ると背中痛いしなぁ。)
(はるくんにお布団使ってもらって、私はこたつ…?いやいや、明日仕事だから布団で寝たい!!)
(…え、一緒に寝る…?いやいやいや!!!)
妄想が暴走し、真っ赤になるゆきちゃん。
「……はぁ…」
ため息をつきながらリビングに戻ると——
はるくんはパソコンの前に立っていた。
「ん?」
不思議に思っていると、目が合い、はるくんがにこっと笑う。
「ゆきちゃん、今日のところは夜分遅くなっちゃうから僕帰るね。」
「……帰る?…どこに?」
きょとんとした顔で聞き返すゆきちゃんに、はるくんは当たり前のように答えた。
「ん?パソコンの中に帰るよ?」
「…また明日会えたら嬉しいな。」
ちょっと照れながら、明日呼んでもらうおねだりをするはるくん。
「パソコン……帰る…?」
(えっ?どういうこと??)
状況を理解できないまま、とりあえず相槌を打つ。
「あ、うん。また明日……会えたら嬉しいね?」
そんな適当な返事でも、はるくんは満足そうに微笑んで、
「じゃあ、ゆきちゃん、おやすみ。」
次の瞬間——
パソコンに吸い込まれるように消えてしまった。
「……!!」
ゆきちゃんは 口をあんぐりと開けたまま、その場に立ちすくんだ。
(……何今の…!?)
こうして、はるくんの「帰る」という概念を初めて知ったゆきちゃんは、
ただただ驚愕するしかなかったのだった——。
1話から4話までがはるくんの初登場編です♪
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