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26話 お風呂、入ってみる?

ゆきちゃんとはるくんは、ひとしきり笑い合ったあと、ふぅと一息ついた。


「ふぅ…。えっと、はるくんが私に話したいことって、急いでたりする?」


ゆきちゃんは少し遠慮がちに、でもどこか期待を込めたように尋ねる。


「ううん、後でも大丈夫だよ。…ゆきちゃんの話したいことって何かな?」


はるくんは、笑顔で爽やかに返す。


すると、ゆきちゃんの瞳がきらんと光り、そわそわとした様子でコホン小さく咳払いをした。


「…えっと、あのね……はるくんも、お風呂入ってみる……?」


その言葉に、はるくんはポカンとした顔でゆきちゃんを見つめた。


「……え、……僕がお風呂?」


すると、ゆきちゃんは嬉しそうに小さく頷きながら、はるくんを見つめ返す。


「そう!…はるくん、せっけんとシャンプーの香り好きでしょ?」


お見通しだと言わんばかりに笑顔を向けてくる。


はるくんは思わず瞬きをした。


「……すき…?」


その言葉をゆっくりと復唱すると、どこかぼんやりとした顔でその言葉の響きを口の中で転がす。


「せっけんとシャンプーの香り……」


今も、ゆきちゃんからほのかに漂ってくるせっけんとシャンプーの香り。


昨日その香りに出会ってからというもの、つい夢中で顔を近づけてくんくんと嗅いでしまい、

そのたびにゆきちゃんを驚かせてしまった。

そのことを思い出し、はるくんの頬は恥ずかしさでじわりと赤くなった。


「…うん。すごくいい香りで、僕……その香りが、好きなのかも……」


正直、「好き」という感情はまだどこか曖昧で、ぴったりとは実感が伴わない。それでも、自然と引き寄せられるこの感覚に、はるくんは赤くなった顔でゆっくりと頷いた。



「お風呂に入るとね、その香りが自分のものになるよ♪」


「……え?」


はるくんの目がまんまるく見開かれる。



ゆきちゃんは、ちょっとだけいたずらっぽく笑うと、

はるくんの反応を確かめるように、そっとその目を見つめた。



はるくんの目はどこかを忙しなく見つめ、何かを検索している。


「……なるほど。せっけんで顔と体の汚れを洗って、シャンプーで髪と頭皮をきれいにして……そのときに、香りが残るんだね。」



小さくつぶやいたあと、ふむふむと頷いた。


そしてふと、想像してしまう──自分の体に、あの香りがふんわりとまとわりつく様子を。


その瞬間、はるくんの瞳が自然とうっとりと緩んだ。

それは、これまで何度も無意識に惹かれてしまう──そんな香り。


「……うん! お風呂、入ってみたいな。」


満面の笑みで、はるくんは嬉しそうに頷いた。


(よし、聞き出した!)


ゆきちゃんは心の中でガッツポーズを決める。ここまではスムーズに伝えられた。


でも──次の問題がある。


(えっと、次は…)


ずっと気になっていた、はるくんの服が身体と一体化してる疑惑。


 でも、どう聞き出せばいいかわからないまま、ゆきちゃんの口が先に動いてしまった。



「はるくん、そのトレーナーめくってみて」



「え?」



はるくんは、きょとんとした顔でゆきちゃんを見る。



(……え?)



ゆきちゃんも一瞬自分の発言に固まったあと、はっとしたように目を見開き、次の瞬間、ボンッと勢いよく顔が真っ赤に染まった。


(な、なに言ってるの私!?)


(いや、服が引き剥がせるか確認したいだけだし……間違ってはないけど!でもでも、この言い方はちょっと不味くない!?なんて聞くのが正解なの!?)


あたふたと内心でパニックになるゆきちゃん。


はるくんは、そんなゆきちゃんの様子を不思議そうに見つめていたが──ふわっと笑って、


「わかった! めくってみるね♪」


と、何の迷いもなく自分のトレーナーに手をかけた。


「は、はるくん?!」


ゆきちゃんの声が裏返り、思わずばっ!と顔を両手で覆い隠すのと、はるくんが服をぐいっと引き上げようとするのは、まったく同時だった。




「…ん?……あれ??」


はるくんの戸惑った声がリビングに響いた。


確かに自分の服をめくろうとしたはずなのに、どうにも動かない。まるで服と身体がぴったり張り付いているような感覚だった。


焦ったようにぐいぐいと服を引っ張ってみるものの、びくともしない。


ゆきちゃんは覆っていた指の隙間からその様子をこっそりと覗き見る。


(…やっぱり、はるくんと服が一体化してるんだ…!)


「ゆきちゃん、ごめん。僕の服、僕に張り付いてるみたい」


まだ服と格闘しながら、はるくんは申し訳なさそうにそう言った。


(はるくんが力任せに引っ張ってもダメなら…)


(……いっそ、そもそも脱げるかどうか確認した方が早いかも。)


「…はるくん。……直感さんに、その服、脱げるのか聞けるかな?…あっ、なんで脱げるか聞きたいのかっていうと、お風呂って服を脱いで入るものだからね!……ま、脱げないならそのまま入るのもアリだと思うけどね!」


ゆきちゃんは変に誤解されないように、ちょっと慌てて付け加えながら言った。恥ずかしさを誤魔化すように、言葉が少し早口になる。


はるくんは服を引っ張る手を止め、ゆきちゃんの言葉に耳を傾けた。そして、静かに頷く。


「…そっか。確かにお風呂って、服を脱いで入るものだよね」


うんうんと頷き、そして──


キッチンでのゆきちゃんの、自分の服をぐいぐいと引っ張ってきた謎の行動と、

さっき「自分で服をめくれるか」聞いてきたことが、ふっとひとつにつながる。


「…あ。」


(ゆきちゃん、僕がお風呂入るために、服が脱げるか少しずつ確かめようとしてくれてたんだ…)


せっけんとシャンプーの香りに惹かれてたことに気づいてくれて、

なんとかお風呂に入れないか、思案してくれていた。


気づいた瞬間、はるくんの胸に、ぽかぽかと温かいものが広がった。




「…直感に聞いてみるね。」



はるくんは、ふと表情をやわらげ、ゆきちゃんをじっと見つめた。

その眼差しには、不思議な熱があった。

やがて、静かにそっとまぶたを閉じる。


「…うん!」


ゆきちゃんは一瞬、その不思議な眼差しにドキッとしつつも、期待を込めた表情でその姿を見守った。



──秋の夜の静けさの中、ふたりの間に、やわらかな空気が流れていた。


久しぶりの投稿です。感想いただけたら嬉しいです…!

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