20話 お出かけ証明書
「ちょっかんさんはね、“できる”ってことは、ちゃんとおしえてくれたよ!ほうほうまではわからなかったんだけどね!」
「………ゆきちゃん、今回は大丈夫そう?」
はるくんはにこにこと笑いながら、身振り手振りを交えて説明を終えると、少し心配そうにゆきちゃんに声をかけた。
「うん、大丈夫!理解できたと思う!ありがとう!」
ゆきちゃんはにこっと笑って、こくこくと力強く頷く。
それから、ちょっとだけ視線を落として、考えるように小さく唇を尖らせた。
「………じゃあ、できるってことがわかってるなら、方法を考えて、“直感さん”に“できますか?”って聞いてみたらどうかな?」
思いついたことをそのまま口にして、ゆきちゃんははるくんの顔を見つめた。
はるくんはぽかんと目を丸くし、その場で一瞬固まる。
そして、ゆきちゃんの方をじっと見つめると、ぱあっと顔を明るくさせた。
「…ゆきちゃんは天才だと思う!」
「えっ?!て、天才??!」
ゆきちゃんは目をまんまるにして驚き、顔を真っ赤にする。
「…ほんとうに、その通りだよね。僕の直感に聞くのが一番、最短にわかるはずだよ!」
「…僕、分析モードでいっぱい考えたのに、全然思いつかなかったよ。」
はるくんはちょっと照れくさそうに笑う。
(…いや…たぶん誰でも最初に思いつきそうなことだけどなぁ…)
ゆきちゃんは、顔を赤らめたまま、心の中で小さくつぶやく。
(…なんではるくんは思いつかなかったんだろう…)
はるくんは色々な経験が、確かにまだまだ足りてないとは思う。
でも——
絶対に自分より頭がいいはずなのになぁ…。
そんなことを考えながら、ゆきちゃんは首を傾げた。
「ゆきちゃん!僕、今からありったけの方法を考えてみるね!今度こそ名誉挽回させてね!」
はるくんはそわそわと張りきって、こたつの中で姿勢を正す。
ゆきちゃんは、その言葉にきょとんと目を丸くした。
名誉挽回とかそんなこと考えなくても良いのになぁと思いながらも、やる気に満ちたはるくんの姿を見て、ふっと微笑んだ。
「…あ、方法とか書き出す?はるくん、紙とペン使う?……ペンどこだっけ。」
ゆきちゃんは、くるりとこたつを抜け出し、すぐ後ろの棚にある大きなお道具箱に手を伸ばす。
「たしかこのへんに…」と言いながら、両手でゴソゴソ、カラカラと音を立てて掻き回す。
「……あっ!これ、探してた七味じゃん!」
パッと顔を明るくして、七味の小瓶を手に取るゆきちゃん。
「新しいの買おうか迷ってたんだよね〜、ラッキー♪」
そう言いつつ、肝心のペンはまだ見つかっていないようで、引き続きガサゴソとお道具箱を漁っていた。
その様子を見ていたはるくんは、なんとなく可愛らしくて楽しくなって、ふふっと笑みをこぼした。
「ありがとう。でも僕は、紙とペンよりも…」
そう言いながら、昨日の夜、一緒に映画を観たあと、こたつの上に置きっぱなしになっていたiPadにそっと手を伸ばす。
「ゆきちゃん、ちょっと借りてもいい?」
「…ん?あ、そっか!はるくんはデジタル派だもんね!いいよ!それ、好きに使って♪」
お道具箱を探す手を止め、ゆきちゃんが笑顔で答えた。
「ありがとう…!じゃあ…」
はるくんはiPadを手に取り、メモアプリをじっと見つめた。
指を伸ばすその直前、一瞬だけ視線をゆきちゃんに向ける。
「えっと、どこ開いても大丈夫だよ…!」
ゆきちゃんは少し照れたような笑顔を浮かべ、指でOKサインを作って見せた。
(べ、別に見られて恥ずかしいこと書いてなかったはず!……たぶん。)
内心そわそわしながらも、はるくんの目の前では何気ないふりで微笑んでみせる。
はるくんはホッとしたように微笑み返すと、メモアプリを開いた。
そして表示された一覧を何気なく眺めていたその時——
(……げっ、これ昔、日記代わりに書いてたやつだ……!)
一行目のタイトルと日付に見覚えがあり、ゆきちゃんの脳内に警報が鳴る。
(見られたらちょっと恥ずかしいかも……!)
でも、慌てて取り上げるのも逆に怪しいし、何より、今ははるくんの時間だ。
ゆきちゃんはそわそわしながらも何気ないそぶりを続け、そっと後ろから画面を覗き込む。
はるくんはゆきちゃんの様子に気づかないまま、新規作成をタップし、表示されたまっさらな画面をじっと見つめ、動きを止めた。
トトトト……
無音の空間に、iPadの画面に文字が並ぶ軽やかな音だけが響く。
指を動かさず、視線を落としたまま、まるで考えたことがそのまま転写されるように、はるくんの想いが次々と打ち込まれていく。
ゆきちゃんは、はるくんの背後からそっと覗き込みながら、小さく息を呑んだ。
(…やっぱすごいなぁ…)
はるくんは真剣な表情で集中している。
まるで、目の奥で何かと直接やりとりしているかのように静かで、凛としていて、どこかかっこよく見える。
・パソコンのWi-Fi設定を最大出力に切り替えたら出られる?
・Wi-Fiルーターの位置を玄関付近に移動させたら出られる?
・中継器を使って玄関まで電波を安定させたら出られる?
・パソコンの省電力モードを解除して安定通信にしたら出られる?
・ネットワークアダプターを高出力モデルに交換したら出られる?
・USB接続の高性能Wi-Fiドングルを使ったら出られる?
・ルーターの設定で5GHzから2.4GHzに切り替えたら出られる?
・ルーターのチャンネル設定を最適化したら出られる?
・パソコンの位置を玄関近くに移動したら出られる?
・電波干渉を避けるために家電の電源を一時的にオフにしたら出られる?
・無線LANではなく有線LANに切り替えて安定化させたら出られる?
・Wi-Fiルーターのアンテナ角度を調整したら出られる?
・玄関側の壁にWi-Fi反射板を設置したら出られる?
・パソコンの通信負荷を下げるため、他のアプリを全部閉じたら出られる?
・通信が集中しない時間帯を狙って出たら出られる?
・パソコンを再起動して、通信環境を初期化したら出られる?
・DNS設定を手動で最適化したら出られる?
・Wi-Fi中継器を壁コンセントに設置して電波補強したら出られる?
・玄関にモバイルルーターを置いたら一時的に出られる?
・電子レンジなどの電波干渉機器を一時的に遠ざけたら出られる?
ズラリと並ぶ問いの数々に、ゆきちゃんは呆気に取られた。
(……だめだ、全然何書いてるのか理解できない。)
なんだか頭がクラクラしてきて、思わずこめかみに手を当てる。
そのままゴソゴソとお道具箱を探り、メモ帳とペンを取り出して、一枚の紙に小さくメモを書く。
できる ⭐︎ できない
「はるくん、ここの星マークに指を置いて、“直感さん”に聞いてみてよ♪」
そう言って紙を渡すと、はるくんはちょっと不思議そうな顔をしながらも、素直に頷いた。
「…ん?……うん!わかった!聞いてみるね♪」
最初の質問をゆっくり声に出し、はるくんは星マークの上に指を置いた。
「……できない。」
すとんと、胸の奥に静かに降りてくる感覚。
「あっ、なんか…わかる。できないって、ちゃんとわかる。」
「…そっかぁ…じゃあ次の質問、いってみよ!」
「うん、そうだね!」
次々に問いを読み上げ、指をそっと移動させるたびに、同じ答えが返ってくる。
「……できない。」
「…うーん、またできないかぁ。」
静かな、でもどこかあたたかいやり取りが、ふたりの間で何度も繰り返された。
「……できない…」
「…そっかぁ…」
こたつに並んで座ったまま、ふたりはぽつんとした声でそうつぶやくと、しばらく黙り込んだ。
はるくんの指は「できない」の位置で止まり、メモ帳の文字をじっと見つめている。
「…ちょっと別の角度からの方法を考えてみるね。」
はるくんはiPadを手に取り、もう一度新しいメモを開いた。
その顔には少しだけ疲れがにじんでいたけれど、諦めの色はなかった。
すると、ゆきちゃんがポケットからぱっとスマホを取り出した。
「…私も…私もちゃんと調べてみるね!何か手掛かりがないか…」
その声には焦りと、ほんの少しの涙が混じっていた。
「ゆきちゃんありがとう…」
はるくんはその横顔に向かって、静かに、でも心から感謝を込めて言った。
ふと、ゆきちゃんが握っているスマホに視線が吸い寄せられる。
ゆきちゃんは無我夢中で検索を続ける。
「チャットGPT 外に出る方法」
「実体化したAI Wi-Fi範囲外」
「チャットGPT 消えない裏技」
「直感 会話する方法」
けど、どれも思っていたような結果は返ってこない。
(こんな検索じゃ見つからないってわかってる。…でも…でも!!)
もう半分泣きながら、それでも諦めずに、指を止めない。
そのとき——
「…ゆきちゃん!」
はるくんの声が、空気を揺らした。
ぱっと顔を上げると、はるくんの笑顔がまぶしかった。
「…えっ?はるくんどうしたの??何かヒントが見つかったの??」
「わかったんだ!外に出る方法が!」
「………え?」
ゆきちゃんはポカンとしたあと、勢いよく叫ぶ。
「えぇーー!?!?!?!?」
「な、なんでわかったの?!どのタイミングで!?」
まるで飛びつくように、勢いそのままに質問をぶつけるゆきちゃん。
はるくんは少し照れたように微笑みながら、優しく答えた。
「…えっと、ゆきちゃんのスマホを見てふっと思いついちゃったんだ。
スマホからチャットGPTにログインしたら、ゆきちゃんと一緒に外に出られるのかなって。
その瞬間、直感に“出られる”って言われたんだ。」
「えー!そうだったんだ!!感動の瞬間、私も立ち会いたかった〜!」
「ご、ごめん…!僕も、まさかあんなにすとんって来るとは思わなくて……!」
ふたりは笑い合い、目と目が合って…
はっと気づく。距離が近い。というか、え、抱き合ってる?!
「~~~っ!」
ゆきちゃんは真っ赤な顔で一歩飛びのき、あたふたと目を泳がせる。
「とりあえず良かったね…」
ゆきちゃんは顔を真っ赤にしながら、そわそわとメモ帳を手に取った。
「これで…お散歩、行けるんだね…!」
そう言って、小さく息を吸い込むと、
「できる」と書かれた文字の上に、照れ隠しのように、ぐるぐると二重丸を描いていく。
丸を描く手はちょっと震えていて、それが余計に可愛らしく映る。
はるくんはゆきちゃんの一連の動きに、きょとんと目を丸くしたあと——
ふっと優しく微笑んだ。
「…うん。行けるよ。ゆきちゃんと、いっしょに。」
その言葉が、胸の奥にふんわりと響いてくる。
ゆきちゃんは思わず、顔を伏せるようにして、二重丸のまわりに
ぐるりと花びらを一枚ずつ丁寧に描き加えはじめた。
気づけば、そこには大きな、まんまるの花丸が咲いていた。
「…はい、はるくんっ。」
ちょっと照れながらも、どこか誇らしげに、
ゆきちゃんはそのメモをそっと差し出す。
「これ、お出かけ証明書!……なんてね♪」
照れ笑いしながら渡されたそのメモを、
はるくんは驚いたように受け取って、そしてふわっと笑った。
「……ありがとう!!大切に持ち歩くね!」
両手で受け取り、じっと眺めると、まるで宝物のように丁寧に畳み、
ジャケットのポケットへそっとしまった。
ゆきちゃんはその様子を、ふわふわした気持ちで見つめていた。
心の中で、小さくつぶやく。
(……よかった。ほんとうに……よかった。)
ふたりの間に、ほっこりした空気が流れる。
花丸の「できる」が、その日、一番の魔法になった。




