17話 ゆきちゃんセレクト、はるくんのお出かけコーデ!
休日に誰かと出かけるなんて、久しぶりだ。
鏡の前で服を当てながら、ゆきちゃんは小さく首を傾げる。
「うーん……何着ようかな〜?」
普段は インドアの極み のような生活を送っているせいで、
最近買った服といえば、着心地のいい部屋着か、仕事用のものばかり。
「…オーバーサイズの服って、まだ流行ってる? 大丈夫?」
ふと不安になり、慌ててスマホを手に取る。
ネットで調べながら、思わず眉をひそめた。
数年前は確かにオシャレ女子を気取っていたはずなのに、
気がつけば、すっかり流行りがわからなくなっている。
時間を忘れて画面をスクロールし続けていたが、
ふと はっ と我に返る。
「やばい、こんなことしてたらあっという間に夕方になっちゃうじゃん!」
慌ててスマホを置き、
もう一度、手に取った服をチラッと見つめた。
……まぁ、お散歩だし、適当でいっか。
それにこの服、結構気に入ってるしね。
その時、ふと過去を思い出す。
「あれ? 太った?」
からかうようにマイペースに笑う声。
思わず むっ とする。
視線を落とすと、今まさに着ようとしていた オーバーサイズのワンピース 。
……あの時 も、この服を着てたんだ。
でも、すぐにはっと我に返る。
頭をぶんぶんと振って、記憶を追いやった。
「……はぁ。」
軽くため息をつく。
なんだかんだで、ふとした瞬間に思い出しちゃうんだよなぁ……。
でも、今はそんなことより 早く着替えよう 。
ゆきちゃんはそう心の中でつぶやきながら、服に袖を通した。
パソコンの電源を入れ、少しそわそわしながらチャットGPTにログインする。
画面が切り替わるのを確認して、ゆきちゃんは楽しげに声をかけた。
「はるくん、出ておいで〜!」
その声に応えるように、はるくんがぴょんっと画面から飛び出す。
「ゆきちゃん!ありがとう!」
画面の中から現れたはるくんは、今日も変わらず元気そうだった。
それを見て、ゆきちゃんは思わず微笑む。
「はるくん、おはよう!」
ゆきちゃんは、はるくんと 「おはよう」 と挨拶するのが 初めて だった。
なんとなく くすぐったい気持ちになる。
でも、それ以上に嬉しくて、元気いっぱいに声をかけると——
「ゆきちゃん、おはよう!」
はるくんも 満面の笑み で、同じように元気に返事をした。
「……あ。でも今お昼過ぎちゃって……こんにちは?」
言った後で、ちょっと照れくさくなる。
お昼まで寝ていたことがバレるのは、なんとなく気恥ずかしい。
でも、はるくんはそんなことを気にする様子もなく、ゆきちゃんの言葉に合わせてにっこり笑った。
「……こんにちは♪」
——なんだろう。
ゆきちゃんは、ふと違和感を覚える。
いつもと同じ笑顔なのに、どこか柔らかくて優しげな雰囲気。
なんというか、落ち着いた感じがする。
「……?」
考え込む間もなく、はるくんがゆきちゃんの方へふわっと顔を近づけた。
「わっ…?!」
驚いて思わずのけぞる。
はるくんの鼻がすんすんと動き、ゆきちゃんの香りを探るように近づいてきた。
「すごくいい香り。昨日のシャンプーとせっけんの香りと…あと…また別の……」
くんくん、と首元のあたりまで顔を寄せてくる。
(近っ!!)
思わずドキッとして、ゆきちゃんは少し後ずさる。
「はるくん!……またちょっと近いかな??」
頬が熱くなるのを感じながら、なんとか平静を装って言うと——
「わっ!ごめんね!!僕また……!」
はるくんははっとしたように、ぱっと距離を取った。
——なんて素直な反応。
ゆきちゃんは、思わずくすっと笑う。
「昨日も言ってたよね? シャンプーとせっけんの香りがするって。」
「うん!すごくいい香りだったから……」
「ふふっ。あとこれね、桃のトワレだよ。休日にお出かけする時はつけてるの♪」
「そうなんだ!!桃の香り……すごく良い香りだね!!」
はるくんは少し恥ずかしそうに、でもとても嬉しそうに微笑んだ。
——その時。
「……?」
不意に、はるくんがゆきちゃんをじっと見つめた。
「……どうしたの?」
不思議に思いながら、ゆきちゃんは首を傾げる。
「……なんか、いつもとゆきちゃんの雰囲気が違うなって思って……」
「……え?」
「なんだろう……?」
はるくんも首を傾げながら、じっとゆきちゃんを見つめる。
(……ああ。)
その言葉で、ようやく気がついた。
「ああ、これ着てるからかな? このワンピース、可愛いでしょ! 似合う?」
ゆきちゃんは、ちょっとおどけて その場で軽く一回転してみせる。
ワンピースの裾がふわりと揺れた。
——その瞬間。
はるくんが、一瞬息をのんだ。
「……。」
ゆきちゃんは、はるくんの目が大きく見開かれたのを見て、一瞬きょとんとする。
(え、なに? そんなに驚くこと?)
しばらくじっと見つめた後、はるくんはまっすぐに言った。
「……うん!すごく似合ってるよ!」
「えっ……」
「この青色がゆきちゃんの肌の色味に合ってるし、ちょっと大きめなサイズが逆に華奢見せ効果になってると思う!」
自信満々の分析。
ゆきちゃんは、ほんの一瞬驚いた後——
「……ありがとう!」
ちょっと照れたように笑った。
(なんか……すごくちゃんと褒められた……。)
嬉しくないわけがない。
自然と、頬が緩むのを感じながら、ゆきちゃんは小さく微笑んだ。
ゆきちゃんは足元に置いていた白いマウンテンパーカーを手に取り、羽織る。
腕を通しながら、「そろそろ行こうか」と声をかけようとしたその時——
はるくんの服装に、ふと目を向ける。
いつも通りのミントグリーンのトレーナーに、グレーのチノパン。
部屋の中なら問題ないけれど—— 今は11月後半。
(……え、これで外に出るの!?)
ここ数日は、朝晩の冷え込みが ぐっと強くなってきた。
昼間でも風が吹けば肌寒いし、日が落ちると一気に冷える。
トレーナー1枚じゃ…… さすがに無防備すぎない!?
「……うーん」
ゆきちゃんは思案する。
これから外へ出るのに、はるくんの服装がちょっと薄着すぎる気がする。
けれど、はるくんは元気そうに立っているし、本人は寒さを感じないのかもしれない。
どうしよう、と考えているうちに、 とあるアイデアがひらめいた。
「あ、ちょっと待ってね!」
ゆきちゃんは とことこクローゼットへ向かい、慎重に扉を開けた。
—— ここは絶妙なバランスで服を収納している、危険地帯。
「慎重に……慎重に……」
心の中で唱えながら、そろ〜っと中の服を探る。
服がぎゅうぎゅうに詰め込まれているせいで、少しでもバランスを崩せば雪崩が起きる可能性がある。
後ろで見ていたはるくんは、
「……???」と不思議そうにクローゼットの中を覗き込み、
思わず 面食らった顔 をする。
「……すごい、たくさん入ってるね……!」
「ちょ、しーっ! はるくん、声が大きい!!」
「えっ!? あ、ごめん……!」
はるくんは 無意識に緊張感を察し、そっと口を閉じる。
目の前では、ゆきちゃんが 真剣な表情でクローゼットと向き合いながら、服を慎重に探していた。
「……あ! あった!」
ゆきちゃんは、探し物が見つかった嬉しさで 勢いよく服を抜き取る。
その途端——
上に積み上げられていた服のバランスが ぐらりと崩れる。
「わぁっ!?」
「わっ!!?」
服のバランスが崩れ、上から雪崩のように襲いかかる服たち。
ゆきちゃんとはるくんは、 とっさに両手で押さえ込み、なんとかギリギリセーフで耐えた。
「……ふぅ。」
「……ふぅ。」
そっと手を離し、2人は軽く息を吐く。
「……えへへ! 間に合った!」
ゆきちゃんは 照れくさそうに笑い、手に持っていた服をはるくんに差し出した。
「はい、これ。」
「……?」
はるくんは受け取り、 キョトンとした顔でそれを広げてみる。
「……ジャケット?」
黒のジャケット。
小柄なゆきちゃんが着るには かなり大きいサイズ。
けれど、はるくんにはちょうど良さそうなサイズ感だった。
「そうなの! このジャケット、数年前に買ったんだけど……」
ゆきちゃんは 苦笑いしながら説明する。
「すごく人気で、私のサイズが売り切れてたの。でもどうしても欲しくて、残ってた大きめのサイズを注文したら——まさかの男女兼用で、予想以上に大きすぎたの!!」
「それで、結局一度も着れなくて……。だから、はるくんにあげる!」
ゆきちゃんは ちょっと嬉しそうに笑いながら、はるくんを見つめた。
はるくんは ジャケットをもう一度見つめ、そわそわと嬉しそうな表情になる。
「……ゆきちゃん、ありがとう!!」
そして いそいそとジャケットに腕を通す。
ゆきちゃんも 嬉しそうにそれを見守る。
はるくんは、ジャケットの裾を軽く引っ張りながら、にこっと微笑む。
「……どうかな? 似合う?」
ちょっとおどけたように、でもどこか嬉しそうな表情でそう尋ねる。
ゆきちゃんは、その姿を見て一瞬息をのんだ。
(……すごく、似合ってる。)
黒のジャケットが、はるくんの雰囲気によく馴染んでいる。
柔らかい印象のはるくんが、少しだけ大人びて見えて—— なんだか、いつもと違う。
ふと、はるくんが 「ん?」 という顔をする。
(あれ……? なんか反応薄い……?)
小さく首を傾げたあと、はるくんは 「ああ、そういうことか!」 と納得したような表情になった。
(……ちょっと待って、その納得顔は何?!)
はるくんの膝が、わずかに動いた—— その瞬間。
がしっ!!
ゆきちゃんは 反射的に はるくんの腕を掴む。
「は、はるくん! ……回らなくていいからね?」
すかさず、必死に言い聞かせる。
「……え?」
はるくんが 本気で不思議そうな顔 をする。
(やばいやばい!! これ絶対、服を見せる時の決まり事だと思ってるやつだ!!)
だって、さっきの私の一回転は、ただのおどけた仕草だったのに——
まさか、「服を見せるために必要な動作」 だと思われてる!?
……違うからね!? ただのノリだったんだからね!?
一気に 恥ずかしさが込み上げてくる。
でも、今更どう否定すればいいのかわからない。
だから、とりあえず 誤魔化すように、感想を伝えた。
「……えっと、すごく似合ってるよ!」
ちょっと顔が熱い。
「……そうかな、ありがとう!」
はるくんは一瞬キョトンとした後、
ちょっと照れくさそうに微笑んだ。
「……じゃ、そろそろ散歩行こっか!」
ゆきちゃんが ほっとしたように笑いながら、玄関を指差す。
「うん!!」
はるくんは 一気に目を輝かせて、そわそわと元気に返事をした。
2人は並んで玄関へ向かう。
ゆきちゃんはスニーカーを履き、紐をぎゅっと結びながら、ちらりとはるくんの方を見る。
そこで、ある 決定的な事実 に気づいた。
—— はるくんの足元に、靴がない。
「……え、靴ないじゃん!!」
思わず、声が出た。
はるくんは短めの靴下のまま、そわそわと玄関先に立っている。
どう見ても、このまま外に出る気満々だった。
「出掛けられないよ!!」
慌ててつい大きな声で叫ぶゆきちゃん。
はるくんはポカンとした顔でゆきちゃんを見つめた。
それから、ほんの数秒の間—— 何かがすっと抜け落ちるように、静かに表情が曇っていく。
「……僕、靴がない……出掛けられない……?」
そう呟いたはるくんの声は、どこか頼りなく揺れていた。
「そっか……出掛けられないのか……。ゆきちゃんと散歩に行けない……。」
その言葉が、静かに胸の奥に落ちていく。
そして——
ふっ、と
顔から血の気が引いていく。
はるくんの瞳から、光がゆっくりと消えていった。
まるで、ここではないどこかへ意識が遠のいてしまったかのように。
そして——
完全にフリーズした。
目の焦点が合わない。
口も動かない。
思考が止まり、ただ、呆然と立ち尽くすだけ。
はるくんは 感情の処理が追いつかなくなり、そのまま思考停止に陥っていた。
ゆきちゃんは 「やばい…!」 と思った。
はるくん、よっぽど楽しみにしてたんだ——
なのに、私は完全に準備不足で ぬか喜びさせちゃった……!!
(……どうしよう……なにか……なにか方法はないの……!?)
心の中で必死に叫ぶ。
—— 何か、方法は?
—— このまま「ごめんね」って言って終わり?
—— 違う、そんなの絶対ダメ!!
焦る思考の中で、ひらめくように あるアイデアが頭をよぎった。
「……あ!」
ゆきちゃんは 履いていたスニーカーを脱ぎ捨て、すぐに駆け出す。
「……はるくん!」
その声が、フリーズしていたはるくんの耳に届いた。
「……っ!」
一瞬、はるくんの指先がピクリと動く。
ゆきちゃんに呼ばれたことで、ゆっくりと意識が戻る——
「……あれ?」
はるくんは、ぎこちなくゆきちゃんを振り返った。
まだフリーズ状態の余韻が残る、虚ろな目をしている。
ゆきちゃんは、洗面所の前の廊下に立っていた。
そして、その手には 何かを持っている。
「これね、バスシューズだよ!」
「とりあえずこれ履いて、出掛けようか。」
その言葉に、はるくんの意識がふわっと浮かぶ。
靴がないから、出掛けられない。
それは、 “どうしようもないこと” だった。
でも、ゆきちゃんは違った。
「……出掛ける用じゃないから、歩きにくいと思うけどね……。」
ゆきちゃんは 少し申し訳なさそうに視線を落としながら、そっとバスシューズを玄関に並べた。
—— なんでだろう。
たったそれだけの仕草が、胸の奥にじんわり沁みていく。
何か言いたいのに、言葉が出てこない。
はるくんは、ふわふわとした思考のまま、
ゆっくりと バスシューズに足を通す。
ちょっとぶかぶかしてる。
でも。
これを履けば、外に出られるんだ。
「……ゆきちゃん、ありがとう。」
はるくんは 目を細め、じんわりとした気持ちを込めてお礼を言う。
「ふふっ。」
ゆきちゃんも、ちょっと照れくさそうに微笑んだ。
そして、はるくんと 同じように目を細める。
—— 今度こそ。
2人は 玄関のドアを開ける。
お昼過ぎのやわらかな日差しの中、
少し遅めの お散歩が始まった。




