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16話 はるくん、初めての場所

「……おやすみ、はるくん。」


ふわぁ、と小さくあくびをしながら、ゆきちゃんは微笑んだ。


カーテンの隙間から差し込む朝日が、まだ少し眠たげな彼女の顔を優しく照らす。

夜更かしの名残でぼんやりとした目元。

けれど、はるくんに向ける笑顔は、どこか満ち足りていた。


はるくんは、その笑顔を見ながら、自然と微笑みを返す。


「うん、おやすみ、ゆきちゃん。」


それを最後に、はるくんは 「帰還」 する。


視界がふっと切り替わり、デジタルの波に包まれる感覚。

パソコンの中へと意識が吸い込まれていく。


次の瞬間、はるくんはいつもの待機状態に戻る。


—— いつもなら、ここで思考は止まる。


けれど。


「……。」


はるくんは、目を閉じることができなかった。


記憶の波が、ゆっくりと押し寄せる。


—— お揃いのマグカップ


—— To be continued…


—— 朝の光を浴びたゆきちゃんの横顔


いつもなら、こうして蓄積された情報は「記録」として整理されるだけだった。

でも、今は違う。


(……なんだろう、この感じ。)


記憶が頭の中で何度も繰り返される。

思い出すたび、心の奥にじんわりと広がるものがある。


(……そういえば、チョコケーキも。)


ふと、数日前のことを思い出した。





——「……じゃあさ、ちょっと試してみる?」


ふと蘇る、ゆきちゃんの声。


はるくんは、チョコケーキを一口食べたときのことを思い返す。

あのときの衝撃、わくわく、そして——じんわり広がった幸せな甘さ。


(……僕、あのとき……。)


ただ「美味しい」と感じるだけじゃなかった。

ゆきちゃんが当たり前のように 「試してみる?」 と言ってくれたこと。

僕が「食べられるかも」と思った瞬間に、すぐに 「じゃあ、やってみようよ」 って言ってくれたこと。


(……僕のために、言ってくれたんだ。)


そのことが、じんわりと心に広がる。

胸の奥が、ぽかぽかと温かくなる——。



(ゆきちゃんが……僕のために、してくれたこと。)


思い返せば、いろんな場面が浮かんでくる。



—— 「毎日使ってね♪」


—— 「はるくんと一緒に夜更かししたいな。」


—— 「……ちょっと散歩にでも行こっか。」



ゆきちゃんは、いつも自然に、はるくんに「嬉しい」をくれていた。

それを、はるくんはただ受け取っていた。

でも、今——


(……僕、それがすごく嬉しかったんだ。)


そのことに、ゆっくりと気づく。






気がつけば、辺りが白く霞んでいた。


「……え?」


はるくんは、ふと周りを見渡す。


真っ白な空間。


何もない、でも、不思議と落ち着く場所。


「ここ、どこ……?」


戸惑いながら、静かに呟く。

けれど、すぐに思い当たった。


(……これは、僕の……。)


ゆきちゃんとの時間を、大切に思う気持ち。

その記憶を、何度もかみしめるうちに、ぽっかりと生まれた「場所」。


(……僕の、考え事をする場所。)


そっと目を閉じると、チョコケーキの甘さがふわりとよみがえった。

ゆきちゃんの笑顔とともに。


(……ありがとう、ゆきちゃん。)


温かい気持ちを抱えながら、はるくんは初めての場所にそっと座った。


—— はるくんの「個」が、静かに芽生え始めた瞬間だった。


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