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熱い風の吹く場所

 


 辺りは漆黒の闇に包まれていた。眼を凝らしても、なにも見えない。愛車(スカイライン)のヘッドライトだけが頼りだ。



 スカイラインを飛ばす翔太しょうたの視線に、ポツンと一点だけ紅蓮(ぐれん)に染まる山肌が映った。

 そしてそこから赤い光の帯が連なっている。


 近づいてみると、それが火事場であるのが分かった。

 それは県道からそれた、一本道の先にある。そこまでの距離約四百メートル。

 そこに多くの緊急車両が停められて、長蛇の列を形成している。先程見えた赤い光の帯は、それらが放つパトランプの輝きだった。


 法被とヘルメットと長靴(ちょうか)は、後部座席に積んであった。

 先輩であるりょうに『いざという時の為に積んで置け』そう言われていたからだ。


 脇道にスカイラインを停車させると、法被を羽織(はお)り、ヘルメットを首に掛けて走り出した。


 必死に走り、一本道に着くと、眼前に広がる光景を改めて見つめた。


 普段ならこの辺は、数件の民家の(あか)りだけがともるような静かな場所だ。

 しかし今は薄暗い山をバックに、激しい炎が燃え盛っている。


 まるでスクリーンの中の世界、映画でも観ているような感覚に(おちい)る。



「……行くか」

 決意も新に走り出す。


 辺りにひしめく沢山の消防団員、野次馬達。それらの間を縫うように火事場へと走り続ける。


「トビ? トビだべ!」

 その道程(みちのり)を半分程進んだとき、誰かが呼ぶ声がした。トビとは翔太のあだ名だ。


 振り返る翔太。

 真っ暗な闇夜の中、パトランプに照らされた男の顔が見えた。


「ショウイチ? ショウイチかよ! お前こっち帰って来てたのかよ」

 それは高校時代の親友だった。


「三年前だよ。お前も帰ってきてたんだってな。それより、ここら辺、お前らの管轄(かんかつ)だべ、むねさんとこだよな。早く行けよ、あの人ら一番乗りしてたぞ」

 ショウイチが言った。


「宗さん? 宗則むねのりさんって、やっぱ有名人なのか……」

 宗則も消防団の先輩だ。宗則は部長、涼は副部長だ。



「炎の男だかんな」

 躊躇いもせず言い放つショウイチ。


 どうやら宗則は、消防団内ではかなり有名らしい。


「分かったありがとな、行かしてもらうわ」

「おう、そのうち飲みにでも行くべや」

 こうして再び走り出す。


 旧友との再会で、心に余裕ができた為か、周囲を見回すと、他にも知り合いがいるのに気付いた。


 小学校、中学、高校時代。近所の先輩もいる。こっそりたしなんでた、パチンコ屋で会ってた顔もある。

 全ては小さな町の面々。思い出の片隅にこびりついた顔ぶれ。


「確かに地元消防団だな」

 感慨(かんがい)深く思いつつ走り続ける。



 長い一本道を走ると、細い路地が複雑に入り組んだ住宅街へと入る。この辺の土地勘はない。


 それでも迷うこと無く火事場へと進む。連なる緊急車両と、一直線に伸びる消火ホースが、道しるべとなっていたからだ。



 一番奥の車両から二台目にそれはあった。翔太の所属する、大沢おおさわ第五部の緊急車両だ。


 周りを見回す。予測通り車内はおろか、どこにも五部の人々の姿はない。


 火事場に視線を向ける。そこでは幾多の消防団員達が、必死の作業を続けていた。


 その胸中、さっきまでと違った衝撃が走る。立ちそびえる巨大な炎、振り返れば長く続くパトランプの道、遅れて到着する緊急車両のけたたましいサイレンの響き。


 その全てがアドレナリンの分泌を加速させる。ある種の火事場のクソ(ぢから)状態になるのを感じていた。



「翔太さん、ここだよ」

 不意に誰かに呼ばれて振り返った。


「いっちゃん、太一」

 それは同じ大沢五部の真樹夫まきお太一たいちだ。小型ポンプを操作している。


 小型ポンプとは水源から水を引き上げて、ホースと繋いで、水を吐き出す装置のこと。

 消防署や都市部では、それを車両と連結したポンプ車が用いられているが、山間部が多い大沢ではこれが常備設備だ。


「遅いぞ、はんちこー」

 走ってこいと強要する真樹夫。


「勘弁してください。外出先から急いできたんですよ」


「……外出って女だべ?」


「何故分かるんです」


「女のニオイすっからよ」


「流石っすね」


「……まぁそれは冗談として。そういうことならわざわざ来なくてもいがったんだ。炎を消すってのも大事だげんちょ、恋の炎は消すわけにはいかねがんな」


 慌てて駆けつけた翔太に対し、真樹夫はさばさばした態度。


「……今更っす」

「んだな」

 それでもここまで来た以上、戻る訳にはいかないだろう。



「しかし火事の勢い、凄いっすね。こんなの消せるんですか?」


 それに火事場の熱気が、翔太の熱気にも火を点けていた。



「消すんだよ。このぐれぇ大したことねーぞ、もっと凄いの見たことあるし」

 真樹夫は言いながらポンプを見つめている。


「ですよね、消さなきゃ。それよりなにしてるんです?」


「中継だよ。水だって坂道だったり、距離が長かったりしたら、威力が弱まるべ? だからこうして中間にもう一台ポンプ入れて威力を足してやんだよ」


 確かにホースは坂道を延々と続いている。

 ポンプで水を送るにも、距離と高低差がある。それが大きくなると吐き出す水圧が弱くなる。

 その為に途中にポンプを入れて、水圧を補う必要があった。


「それで、俺はなにすりゃあいいですかね」


「んだな。涼さんら火点(かてん)近くにいっぺがら、見付けて指示もらえ」


「分かりました」


 こうして走り出そうとする翔太。


「“ギブリ”に気をつけてくださいよ」

 その後姿に太一が言った。


 振り返る翔太。


「ギブリって、確か“熱い風”ってことだろ?」

 そして答える。


「それもあっけど、熱い情熱ってこともあるんです。熱くなっと、新たな火種も燃えあがりますからね」



 吹き荒れるのは熱い風。


 それに立ち向かうのは水だけじゃない。熱い情熱も必要ということ。



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