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解雇天使  作者: ぽよ!ん
6/7

人間

「リリアっ…。リリアぁぁ…!」

木の棺桶の前で、リリアの母が泣き崩れる。両手で顔を、覆うというよりかは掴み、震えながら涙を流す。

「私…私のせいよ…!私が、一人で行かせたから…っ!いつもみたいにちゃんとついていけば…!」

「…事故だったんだ…。お前は、悪くない……。」

リリアの父が、母の肩を抱き寄せる。


村人全員、と言っても、15人ほど、そしてナナが、リリアが収められた棺桶を囲んでいる。

薄暗い、夕方の終わり。大きな焚き火が、パチパチゆらゆらと燃え、あたりに母親の咽び泣く声が反響する。

皆、リリアの死を弔う中、よそ者の存在が少し気に掛かっているようだった。

ナナは、視線を気にする余裕もなかった。常に涙を堪えて、途轍もない後悔と罪悪ではち切れそうだったが、できる限りの平然を装った。


母親が少しだけ顔を上げた。

「お願い…。最後に娘を、見せて…」

母親は座り込んだまま、棺桶のそばに立っている村長の腕に触れた。

村長は同情と恐怖が入り混じった表情を見せ、激しく首を横に振った。

「い、いや、駄目だ。首がないんだぞ!」

「私は母親よ!!どんな姿でも娘は娘よ…!!お願い、少しだけでいいの…。私、このままじゃ、リリアが、死んだこと、受け入れられないわ……。」

母親は再び顔を隠し、声を出して泣いた。


村長は俯き、数秒考えてから、返事をした。

「…分かった。だが…なるべく胸より上は見ないようにしなさい…。」


母親は言葉を聞くと、ゆっくりと立ちあがろうとした。しかし少しよろけ、倒れそうになったところを父親が支えた。

「ありがとう、あなた。」


二人は一緒に、ゆっくりと棺桶を開けた。


「っっ…!」

「……リリア…。」


リリアの姿に、両親は顔を顰めた。

他の村人が首の断面を布で被せておいたとはいえ、頭のない死体というのは、悲惨だ。





リリアの埋葬が終わり、村人たちはそれぞれ家に帰っていった。両親は特に沈痛な面持ちで、ナナは二人をまともに見ることができなかった。

村人は皆、ナナのことが気になってはいたようだが、話しかけてくることはなかった。


ナナは、これからどうすればいいのか分からず、ただその場に立ち尽くしていた。

…一気に、崩れた。全部。

もうみんなに会えない、帰れない。


…死んだ方が、よかったかもな。

遠くの山際を見つめていると、ナナは、リリアが死んだ時に駆け寄ってきた女に話しかけられた。


「ねぇ、あなた、旅人にしては荷物が少ないわね。大丈夫なの?何かあったのなら、教えてくれない?」






ナナは、女の家に上がらせてもらった。


荷物は、盗まれてしまった。家を飛び出してきたから行く宛がない。

そういうことにした。


暖かい紅茶が、ナナの枯れた喉に染みる。

女は憐れむ表情を見せ、クッキーが乗った皿をナナの方に動かした。


「まぁ、そうなの…。ほら、食べて。かわいそうに、大変だったわね。」

ナナは何かを食べる気になんてならなかったが、一つクッキーを取り、俯きながら弱々しく咥えた。

甘さがじんわりと伝う。濡れて少し柔らかくなったクッキーの先端を、咀嚼した。

女は少しだけ微笑みを浮かべた。


「今日は泊まっていっていいから、ゆっくり休むといいわ。リリアちゃんは…すごく残念だったけれど、困っている人がいるなら、ずっと悲しんでいられないものね。」


「……。」

ナナは、何も言えなかった。優しさが、痛い。すごく痛い。


「私はライカよ。あなたは?」


「…ナナです。」


ライカは立ち上がった。辛さを隠して作った笑顔が見える。

「よーし、ナナ。明日のことは明日決めるとして、もう疲れているでしょう?早く寝て、体力を回復させないと。」








「ナナちゃん、起きて!あなたにあげたいものがあるのよ!」

ナナはライカの声を聞くと、すぐに体を起こした。まだ少し体が痛い。

ライカは、やはり奥底はまだ悲しそうだが、にっこりと微笑む。


あげたいもの…?


「ほら、ナナちゃん、おいで。」


ナナは言われるがまま引っ張られると、そこには、一本の剣と、少し小さめの袋があった。

ナナは完全に目を丸くした。


「あなた、ここまで旅をしてきたんだから、魔物、少しくらいは倒せるでしょ?街で売ればお金になるから。」

ライカは袋を手に取り、袋の口を開き、少し中を覗いてからナナに手渡した。


「ほらこれ。ほんの少しだけど、お金と、コンパス。あとライカさん特製の野菜まんじゅうが入ってるから。」


ナナは自分の目を信じられなかった。

こんな素性もわからない、他人に…。


「い…いいんですか?泊めてもらった上に…こんなに…。」


ライカは大きく笑った。

「いいのよ!放っておけないだけ!ただのおばさんのお節介よ。」


ナナは、子供のように泣き出してしまった。ボロボロと溢れ出した涙を、袖で拭えきれない。


「あらあら。ふふっ。」





ライカはナナを見送っていた。


「南西だからね!南西に行けば海の街があるから、しばらくはそこの近くを拠点にしたらいいわ。」


「ライカさん、本当に、本当にありがとうございました!」

ナナが深々と頭を下げると、ライカは満足そうに笑った。


「ふふふ。私、人助け好きなの。」


空が青い。昨日より、青い。

ナナは玄関前の地面を踏み締める。


ライカは、腰に袋と剣を提げ、手提げを肩にかけたナナを、足から頭のてっぺんまで見た。

「大丈夫そうね。」


「はい!」


人間は、優しいんだ。


「ライカさんは命の恩人です!」

ナナは敬礼のようなポーズをした。


「あら、そこまでのことしてないわよ〜!」

ライカが手を口に当てて笑った。


ナナは大きな笑みを浮かべながら少し前に走り、後ろを向いてライカに手を振る。

「じゃあ、行ってきます!」


「頑張ってね〜!」

ライカが手を振り返す。


ナナは、村の入り口、村の外に向かって駆け出した。

不思議だ。荷物が増えたから体は重くなったはずなのに、すごく、軽い。


天使は、神に造られた。エラーなんて絶対にない。

私の記憶が残ってるのには、きっと意味があるんだ。


「もしかして…天使に…戻れる…?」


「…!」



「い、一応…」

ナナは軽く咳払いをした。


「…帰りたいなー…。」


…。

もちろんポータルは出ない。


「ま、まぁそうだよね。」


人間の目に見える。


もう飛べない。



でも、生きてる。


私は、人間になった。


私の失敗は、一生許されない。だけど…

ナナは背筋を正した。


守護天使じゃなくていい。雑用でいい。どうしようもなく、みんなに…会いたい。

「今更天使に戻りたい…なんて、わがまますぎるな…。」


人の役に立ちたい。人を助けたい。償う方法がわからないから、それしか、無い。

ナナは深く息を吸って、吐いた。

小さなコンパスを手のひらに乗せ、南西の方を向く。


追い風が、ナナの背中を押した。

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