初仕事
果てしない廊下を走り、これまた果てしない螺旋階段を下り、ヘトヘトになってやっと34階、ポータルのある広いロビーへたどり着いた。今日はかなり混んでいるようだ。
大きなポータルはいつものように、不思議な青白い光を放ち、定期的に底からうなるような低音を響かせていた。そして、ポータルの端に目をやると、、居た。ケイとエリザと、師匠だ。ん?師匠?私の方が早く向かったよね?…まぁこういうこともある。なにせジード師匠だから。そしてなぜかケイは、俯きながら手提げバッグを抱えている。
少し駆け足で、三人とその他沢山の天使が居るポータルの左端へ向かう。疲れた…。毎日の掃除でこれよりも長い距離往復してるのに、いつまで経っても体力がつかない。なんという謎。
「おまたせしましたぁ」
「もー!遅いよー!見送るためにわざわざ早起きしてあげたんだから感謝しなよね〜!ね、ケイ!」
エリザはいまだ表情の見えないケイに笑顔を送った。ケイは、もう少し深く俯いた。
「…うん」
師匠は一度あたりを見回し、手を叩いた。
「よし、ナナ、そろそろ行くか。」
「あっ、待って!」
ケイが突然顔を上げ、手提げバッグを前に突き出した。頬がほんのり赤い。ケイはナナの目から視線を逸らした。
「その…昨日は…なんかごめんな。これ、向こう行ったら見ろよ。い、今開けんなよ!」
ナナは一瞬困惑したが、すぐに受け取り、へへっと笑った。
「ありがとう、ケイ。」
ケイの顔が真っ赤になった。
「ほ、ほら!早く行ってこい!」
エリザとナナはお互いの目を見て笑った。師匠も、少し口角が上がった気がする。
「よし、じゃあ行くか。初日は俺がついていく。途中でいなくなるからな」
「はい!」
「頑張ってね!ナナ!またあとでね!」
エリザは軽く手を振った。
ケイも、控えめに腕をあげた。
そうだった、すぐに戻れるんだった。まるで長旅に出るような雰囲気だったけど、これからは毎朝のルーティンになるんだ。
ナナはエリザとケイに手を振り返し、横を見る。師匠は腕を組み、ナナを目で催促した。
ポータルを覗いてみる。こんなに近寄ったことがなかったから気づかなかったけど、実際かなり不気味だ…。てか、よく考えたら長老の命令ってなに?なんか嬉しくて流されちゃったけど。私長老に会ったことないし…そもそも会う権利無いし…。師匠の言う通りだ。おかしい。なんで優秀でも無い私が?考えれば考えるほどおかしい…。でもここまで来たら行かなきゃなぁ…。あぁ、なんでもっと早く気づかなかったんだろう…。怖い…
ナナは突然不安に襲われた。しかし、行く以外の選択肢はない。とてもゆっくりと深呼吸をして目を瞑り、ポータルへ、足を踏み入れた。
つま先がポータルに触れた瞬間、ナナはとんでもない勢いで吸い込まれた。声を出す暇もなく、終わりの見えない青白い光と奇妙な音の中を猛スピードで進む。速っ!これ何か落としたらどうなっちゃうんだろう…。
ナナはケイからもらった手提げをギュッと抱きしめた。
3分ほど経っただろうか。暇になりひとりしりとりを始めていたところに、遠い前方から白い円が迫ってくるのが見えた。出口…かな?ナナは、再度襲ってきた不安を払拭するために頭を振り、少し身構え、息を吸って、吐いた。
円がどんどん大きくなる。
…これ、人間界に着いた瞬間地面に激突したりしないよね?
ついに円をくぐる時、突然強烈な光が目に刺さり、ナナは思わず目を瞑った。
来る…!怪我しませんように…!
トスッ。
ナナは、軽く地面に放り出された。
いたた…よかった。案外弱めの勢いで出てこれた。
頭上を見ると、ポータルの出口はスッと縮んで消えてしまった。
辺りを見回す。木が沢山。草が生えている。空が青い。
うーん、天使界よりもなんだか、、雑だ。木は全然等間隔じゃないし、雲の位置がバラバラすぎるし、不要な石とかが転がっている。地面も、よくわからない草がところどころ生えている。どれもこれもランダムだ。完璧な天使界とは全然違う…。
ナナは少しガッカリして座り込んだ。はぁ…。人間界なんて広いだけかぁ…。
ため息をついた時、頭上のポータルがまた開く音がした。顔を上げると、何かが落ちてくる音がする。
や、やばい、ぶつかる!避けなきゃ!
ナナが左に飛んで避けた瞬間、師匠がスッと足から着地した。慣れてるなぁ…。かっこいい〜。
「よし、着いたな。どうだ?全然綺麗じゃないだろ?」
「うーん、もっといいところだと思ってました…」
「ははっ、まぁ最初は汚く見えるだろうな。でも、自然っていうのは本来こういうことなんだ。しばらく仕事を続けていれば、逆に天使界の庭がおかしく思えてくるぞ。」
ほんとかなぁ…。
「そんなことより、とりあえず村に向かうか。一度上から見てみるか。俺もここに来るのは久しぶりだからな。だいたいの地形を理解しておくと便利だぞ。」
「はぁい。」
ナナは師匠と一緒に勢いよく上へ飛び立った。
うーん、やっぱり雲が汚い。へんなの〜!
かなり高い位置まで来たところで、師匠が止まった、ナナも止まった。手提げを落とさないように両腕で抱き抱える。
「そこだ。」
師匠は、西北にポツンと位置する、家の集合体を指差して言った。あれがナギム村?本当に小さいな…。建物は10軒ほどしか無さそうだ。
「お、そういえばお前、帰り方は分かるか?」
…いやいや、そんな大事なことはもっと早めに聞いてよ!?お互い聞くの忘れたらおしまいじゃん!怖っ!
「い、いや、分からないです」
「あーー、そうだな、まず『帰りたいなー』って思うんだ。そしたら、頭の上にポータルの穴が開くから、そこに入れ。それだけだ。」
「…」
…聞かなくても大丈夫だった…
ポータル
ロビーの中心の床にある大きな穴。人間界へと続いている。
青以上の階級の腕章を付けていないと跳ね返される。