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シンデレラの孫娘〜身分差婚なんて苦労するだけだから絶対したくありません〜

作者: 五条葵

 「身分差婚なんて絶ーっ対にしないんだから」


 愛らしくも上品さを損なわない、淡いワイン色と真珠のような白で統一された調度品で囲まれた広い部屋の隅。本来は彼女の侍女達がちょっとしたお茶の用意などをするために作られたキッチンで水色のドレスを狭い床一杯に広げた少女が床に集まった何かに向かって叫んでいた。


「声が大きいよ!カトリナ姫。お祖母様に叱られても知らないんだからね」


「そうそう、お祖母様は普段は落ち着いているけど怒らせると本当に怖いんだから」


「大体、何をそんなに嫌がっているの?別にみぶんさこん?を進められたわけじゃあないでしょう」


 少女の大声に慌てたように床のほうから小さな可愛らしい声がいくつも飛ぶ。訳あって、この城に長らく住み着きペットのようになっているネズミ達だ。もちろん人の言葉を理解し、話すネズミなだけあって普通のネズミじゃない。とはいえ見た目はネズミに違いない声の主達をギロリと睨みつけてから少女はため息を付いた。


「良いわよ、お説教されても。それにきちんと取り繕ってさえいれば祖母様は何も言わないわ」


「そろそろ取り繕いきれなくなってきてない?カトリナ姫」


 少女の言葉に「駄目だこりゃ」とでも言いたげな声が続く。


「姫」と呼ばれている通り、彼女は国王の娘、このフォーレシア王国の末の姫だ。彼女の父はよく国を治め、近隣諸国との関係も至極良好。幼い頃から姫として厳しく教育されつつ、家族や城の人々の温かい愛情に触れて育てられたカトリナ姫はやや甘やかされた傾向にあるとは言え、どこに出しても恥ずかしくない立派な姫君に育った。


「それでどうして姫はそんなに怒っているの」


「だって、陛下が。それだけじゃないわ。最近は陛下の家臣の皆様やお城のみんなまで口を開けば『お相手は見つかりましたか?』」とばっかり。一国の姫が結婚相手を探すのがどれだけ大変だと思っているのよ!」


「なるほどね。姫の言いたいこともわかるけど、王様の言うことも最もだよ。姫のお母様もお祖母様も姫が今ぐらいの歳で結婚しているだろう?」


「まあ・・・・・・、そうなんだけどね。王族の女性になとって結婚は大切な義務。それはわかっているわ。でもね、みんなそれに加えて「好きな人と結婚するのが一番だからな」、「多少の身分の差は問題ありませんわ」ってそればっかり」


「この国の人たちは王族の結婚に夢を持っているからね。仕方ないよ。お祖母様のこともあるしね」


「それなのよ!みんな二言目には『シンデレラ后殿下を御覧なさい』って。お祖母様は特別よ。ふつうあんな結婚したら、価値観の違いで周りとすれ違って苦労するのが目に見えているじゃない。実際お祖母様だって、相当苦労されているのよ。あまりにも能力が高いからそう思われていないだけで」


 カトリナの母は、国内の由緒正しき侯爵の娘で、もとから妃候補として育てられた人であり、そのまま妃となった。


 ところがその前の代の妃、つまりカトリナの祖母は大きな商家ではあるものの庶民の家の出だった。それも実母をなくしてからは継母やその娘たちにいじめられ、粗末な部屋で灰にまみれたボロを纏い、家事一切を押し付けられていた。ところがある日当時の王子、つまりカトリナにとっては祖父に当たる人が主催した舞踏会で王子と出会い、共に一目惚れした二人は、身分の差を乗り越えて結婚した。


 シンデレラ、はいつも灰を被っていたことから継母の娘達につけられたあだ名だが、王家が身分に差のある二人の結婚をロマンチックな恋物語として国中に広めるにあたりその名前を使ったことから、一気に幸せなヒロインの名前として広まり、彼女の愛称として定着した。彼女が可愛らしくも凛とした女性であり、さらにいじめられていた頃から一貫して前向きな人だったことも彼女の話が国民の中で人気となった理由だ。


 普通、妃になるためには幼い頃からのお妃教育が必須で、それを経ても相当に苦労する立ち位置が妃、というものだ。身分の差を乗り越えて王子と結婚したとしても、妃として求められる役割に耐えられないことが多いのだが、彼女は違った。


 シンデレラはきついお妃教育に耐え、普段は穏やかに微笑んで国王を立てつつ、ここぞ、という場面では歴戦の貴族たちも黙らせる意見を言い、周辺の国の王族たちとも上手くつきあって、王族や臣下である貴族達、そして国民からも認められる妃としてみんなから愛された。もちろん国王の愛情も冷めることはなく、まさに「二人はいつまでも幸せに暮らしました」をいまもなお実践しているのだ。


 そんなこんなで、フォーレシアの人々は王族の身分差婚というものに憧れを抱いている。もちろん現実はそう簡単ではない、と知ってはいるものの、やっぱり憧れずにはいられない。そうしてカトリナの不満となるわけである。


「みんなシンデレラのお話に憧れ過ぎなのよ。商家の出身なのに、振る舞いも礼儀も完璧でほとんど教育の必要なし、大体ガラスの靴なんていう危なっかしいものを履いて難なく踊れるなんて普通じゃないわ」


 シンデレラの物語といえばガラスの靴。王子の花嫁選びの舞踏会のために、魔法使いが用意してくれた、という特別な代物だ。ところがこの靴はとっても美しいのだが耐久性がない。


 一度身のこなしのレッスンに良いから、とカトリナも履かせてもらったことがあったが、うっかり転んで割ってしまわないか、と気が気でなく、ゆっくり歩くのが精一杯だった。


 そんな危ない靴を履いて、互いに一目惚れした、という王子と何曲も踊り続けたシンデレラはやはり特別だとしか思えない。


 王族としてそれなりに教育は受けているものの他の国々の姫達と比べても平凡な自分がシンデレラのようなヒロインを演じれるとはとても思えないのだった。






 と、言うわけで日に日に増す「お相手はみつかりましたか?」の声をかわしつつ、なんとか身の丈にあってかつ国に良い影響をもたらす夫候補を探す平和な日常を送っていたカトリナだったがその日常は突如と崩れる事となる。


 フォーレシアの宗主国であるグランデリア帝国に父の名代として向かうことになったのだ。といっても、何か危険がある、とかいうわけではない。帝国との仲はここ数代ずっと良好だし、森に囲まれた辺境を守り続けてきたフォーレシア王家は皇帝の信頼も厚い。


 今回の訪問も春が訪れるのに合わせて各国が帝都の宮殿に集う恒例のものなのだが、寒暖差が激しい気候にやられたのか国王が風邪を引いてしまったのだ。幸いすぐに回復に向かったのだが、あまり無理をするのも良くない。そこで何事も経験だ、と王女たるカトリナが名代を務めることになったのだ。


 フォーレシアの王都から帝都までは馬車で数日。今年は雪解けも早かったので予定より早めにグランデリアに到着し、余裕を持って準備をすることが出来た。街道が整備されたとはいえまだまだ冬は森一体を白く染める雪で閉ざされるフォーレシアからの旅は春先でも油断大敵なのだ。


 当日同行した侍女たちの手によって朝から磨き上げられたカトリナは淡い赤色のドレスを纏い、見渡すことが出来ない程広いグランデリア宮殿の広間に来ていた。未婚の娘らしく胸元の詰まったドレスはカトリナの歳にしてはやや上品すぎるぐらいだが、整っていはいるが派手ではない顔立ちの自分にはよく似合っているとカトリナは思っていた。


 幾人かと会話を交わした彼女は少し乾いた喉を潤そう、と給仕を探す。皇家の方々の入場まではまだ少しある。今のうちに何か飲んでおきたかったのだ。


 ところがそんな彼女の元に耳障りな声が届く。


「あなた!生意気なのよ。立場をわきまえなさい」


 声こそ一応抑えてはいるものの興奮しているのか抑えきれていない。あの言葉はイストハニアね、そう思いつつゆっくりとカトリナは声の方へ近づく。


「王族たる私と同じ色のドレスを来てくるなんて信じられない。どういった教育を受けてきたのかしら」


「い、いえそういうつもりでは。一応お調べはしていたのですが」


 どうやらドレスの色が被った、と因縁をつけられているらしい。詰め寄られている女性はおそらくイストハニアの貴族だろう。そして王女の後ろには取り巻きらしい女性たちが複数集まっており、その女性を睨みつけている。


 確かにカトリナもうっかり色かぶりなどしないよういくつかドレスを持ってきていたが基本的にタブーとされるのは皇家の方と同じ色。それに彼女のドレスを見る限り同じ黄色でも全く色味が違っていて、これで色が被ったというのは因縁も良いところだろう。


 そんな彼女の目線にも気づかず王女は彼女のドレスをぐっと引っ張り、彼女にさらに何か言っている。流石に彼女が気の毒になったカトリナは苦々しげな顔を作り、彼女たちのもとへ向かう。


「突然失礼、ベレスティア王女殿下。初めまして」


「あら、あなたは・・・・・・」


「フォーレシアが第一王女カトリナですわ。以後お見知りおきを」


「そう、フォーレシアの」


 突然のするどい声に一瞬怯んだイストハニアの王女だったがカトリナの自己紹介を聞き持ち直す。まあ田舎国家の印象なんてそんなものだからさっさと本題に移る。


「ところで何をしていらっしゃったの。それも大勢集まって。まさか王女殿下ともあろうかたが、臣下たる女性をいじめたりなんてなさってませんよね」


「えぇ、まさか。少しお話合いをね。我が国には我が国の事情があるのですわ」


 案に他所の国のことに口を出すな、と言うベレスティア。それはもっともだが、見過ごすわけに行かないこともある。


「そうでしたか。ではあまり深く関わるのはやめましょう。ところで陛下はご健勝で?陛下には以前フォーレシアにいらした時にとても良くしていただいて。誰にでも公正で尊敬しておりますわ。もちろん王女殿下が帝国の広間で大勢で自国の令嬢を取り囲んでお話し合いをされていたなんてお聞きになったらどう思われるか」


「あら・・・・・・お父様のことをよくご存知なのですわね。今回は私が来ましたが、お父様も元気にしております。フォーレシアの王女殿下にご挨拶頂いたとお話しておきますわね」


 突然カトリナがイストハニア国王のことを話しだし、最初は怪訝にしていたベレスティアもその後に続くあからさまな脅しにはさすがに顔を歪める。とはいえ、父に隠れて横暴を働いていたのも事実なのだろう。そこでさっさと会話を切ると、取り巻き達を連れて去っていった。


「お助けいただきありがとうございます、カトリナ王女殿下。名乗り遅れましたブロッケン男爵が娘のルシアと申します」


 イストハニアが王女が去ると同時にこれまで囲まれていた女性がさっと腰を折る。


「いえ、私は何もしておりませんわ。それより怪我とかはしていませんか?強く引っ張られていたようでしたが」


「えぇ、すぐに助けてくださったので」


「それは良かったですわ」


 カトリナから見ても特に怪我をしている様子のないルシアをみて安心するが、そこで彼女のドレスの肩の辺りに目がいった。おそらく先程引っ張られた時だろう。海沿いの国らしいレースを重ねた涼し気な生地がところどころ破れてしまっている。それに気付いたらしいルシアは一瞬はっとするがすぐに笑顔に戻った。


「あら、破れてしまっていたようですわね。イストハニアの衣装は薄いですから仕方ありませんわ。それにこのドレスで会場にいるとまた、騒ぎを起こしてしまうかもしれませんので、ここで失礼させていただきますわね」


 諦めきったような、悟ったような笑顔で言うルシアだが、カトリナはそうさせるつもりはなかった。


「いえ、いけませんわ。それではベレスティア王女殿下の思うままです。幸いまだもう少しだけ時間がありますわ。こちらへいらっしゃって」


 そう言うと、ルシアの手を取り、やや急ぎ足で彼女を導きつつ、庭に出る。まだ時間があることもあり、庭ではあちこちでおしゃべりに興じる着飾った人々がいる。そんな彼らの間を抜け、カトリナとルシアは庭の外れへときた。


「ど、どうされたのですか?」


「ごめんなさい、突然。でもあまり人の多いところでするわけにもいかないので」


 と、言うとカトリナはドレスの隠しから小さな杖を取り出す。カトリナがその杖を夜空に向かって掲げると、杖の先端が星のように輝く、それを確認した彼女はそのまま杖をルシアの上で一振りした。


「彼女に新しいドレスを!」


 その声とともにキラキラとした光がルシアを包み思わず目をつむる。次に彼女が目を開けると、彼女がまとっていたはずの薄い黄色のドレスは桃色のドレス担っていた。グランデリアの気候に合わせやや厚手ではあるものの肌触りが良いから違和感はない。腰はキュッと絞られ、そこからソスに向かって大きく生地が広がっている。胸元の小さなリボンがアクセントになっていて清楚な雰囲気のルシアによく似合っていた。


「まあ、素敵だわ。よく似合ってる。この魔法どんなドレスになるかわからないから心配だったのだけど、さすがね」


 ルシアの姿を見て自画自賛するカトリナ。一方ルシアは突然のことに呆然とし、時折広がった裾を確かめては目をパチクリとさせている。


「魔法・・・・・・でございますか?」


「えぇ、そうです。私のお祖母様、先々代のフォーレシアの王妃のことはご存知ですか?」


「はい、存じ上げておりますわ。このあたりではとっても有名なお話ですもの。もしかして?」


「そう、そのもしかしてですわ。シンデレラのお話でも有名でしょう?この魔法。魔法使い様は今もお祖母様と仲が良くて、私にこの魔法を教えていただいたのですわ」


「まさかあのお話が本当だとは思っていませんでした」


「私も初めて聞いた時はとても驚きましたわ。魔法のシーンはあくまでも脚色だと思っていましたから。あっ、でもこの話は公にはしてないから内緒にして下さいね」


「えぇもちろんです。一切口外いたしませんわ」


 古くから森の恩恵を受けて暮らしてきた森の民の国であるフォーレシアでは細々とであるが不思議な力が受け継がれている。森の民の血を強く引く王族であるカトリナもまた多少ではあるものの魔法を使うことができた。


「さて、そろそろ会場に戻らないと。皇帝陛下がいらっしゃる時には広間にいないと大変ですわ」


 その言葉にルシアもハッする。


「そうですわ。きっとそろそろですものね。王女殿下本当にありがとうございました。この御恩は一生忘れませんわ」


 そういい、それはそれは深く膝を折る。そんなルシアに気にしないで、とばかりに笑顔を向ける。


「そんな大層なことではありませんわ。さぁ、お互いがんばりましょう」


 そう行ってルシアとともに歩き出そうとしたカトリナは大事なことを忘れていた、と立ち止まる。


「どうかされたのですか?」


「大切なことを言っておりませんでしたわ。この魔法は12時になると溶けてしまいます。それまでに部屋に戻るようにして下さいね」


「そこも物語と一緒ですのね」


 くすりと笑うルシアにカトリナがうなずくと、今度こそ二人は品を失わない程度に足早に会場へと急ぐのだった。






 なんとか皇家の入場には間に合ったらしい。カトリナが会場に戻りしばらくすると、急に会場を見回っていた近衛兵たちが慌ただしく動き始め、会場全体はざわめき始める。そのざわめきは、皇帝の到着を知らせるラッパの音が聞こえ、入り口のドアが大きく解き放たれると同時に、跡形もなくなるように消えた。


 会場を埋め尽くす人々は一斉に膝を折って、姿勢を低くし、礼をとる。すると皇女や皇子から広間に入って来た。久しぶりに体験する緊張が張り詰めるような空気の中、静まり返っていた会場が一瞬だけざわざわとする。カトリナが目線だけ挙げてみると、第一皇子のローベルト皇子が入場したのだった。25歳のローベルト皇子はまさに皇妃選びの真っ最中。そんなこともあって今回は適齢期の王女達の出席も多い。比較的後ろの方にいたカトリナには見えなかったが、ローベルト皇子はそれはハンサムとの噂だった。


 第一皇子に続いて、ひときわ厳粛な空気の中、皇妃、そして皇帝が入場すると、そこから出席した各国の代表が皇帝の席へ向かい、挨拶を述べることとなる。フォーレシアからは国王の名代であるカトリナがすることになる。流石に緊張したものの、なんとかつつがなく終えることが出来た。カトリナの順番のあとすぐに各国の挨拶が終わり、ようやくダンスが始まる。皇帝夫婦のファーストダンスが終わると、あとは各々が相手を見つけて踊ることになる。カトリナもワルツの音色に耳を傾けつつ、ダンスに誘われるのを待つのだった。


 音楽が何曲目かになった頃。急に会場が大きくざわめき出す。何事か、とカトリナが様子を伺うと、一曲目に妹と踊ってからは、上座の席で会場の様子を伺っていたローベルト皇子が広間に降りてきたのだった。誰が誘われるのか?会場中がその動きに注目するが、そういった目線には慣れているのか皇子は何事もないようかに進む。皇帝の席に近い、皇国でも大きな国の人々が集まっている辺りを真っ直ぐに抜け、会場の端の方へ向かう。そしてその歩みはカトリナの前でピタリ、と泊まるのだった。


「フォーレシア第一王女、カトリナ殿。どうぞ一曲お願い出来ますか?」


「・・・・・・え、えぇ。光栄ですわ殿下」


 突然のことと、目の前のまばゆいばかりの美青年に数秒ときが止まるが、自身の状況を思い出し、慌てて膝を折る。そのまま差し出された手をとると、グッと腰を引き寄せられる。流れてきた音楽に乗ってふたりは動き始めるのだった。


(お聞きはしていたし、小さい頃に拝見したことはあったけど本当に美しい人ね)


 皇子の巧みなリードに合わせてステップを踏みつつ、失礼にならない程度にカトリナは皇子の顔を整った顔を伺う。それは美しかったという祖父を始め男女共に美しい人に囲まれて育ったカトリナ出会ったが、彼女から見てもローベルト皇子の美しさは格別だった。


 美青年だが、どちらかと言うと柔和な印象を受ける祖父や父に対し、ローベルト皇子はがっしりとしていて顔も硬派な印象だ。そんな顔が優しく自分に微笑みかけると、うっかりすると、その笑顔が自分にだけ特別に向いているのでは、と勘違いしたくなってしまうくらいには、ローベルト皇子の姿はカトリナの好みだった。


「落ち着かれたようですね、カトリナ殿」


「わ、私そんなにあわてておりましたか?」


 ステップが一巡した頃に皇子がそう囁いてくる。その声がまた低いにも関わらず冷たさは感じないもので、カトリナの言葉を失わせる。なんとか答えると、皇子はまた柔らかく微笑む。


「いえ、充分取り繕えていらっしゃいますよ。ただ突然私にこうして誘われては内心慌てていらっしゃるか、もしかすると怖がられていないか、と思いまして」


「まさか!そんなことは・・・・・・。こんな小国の出身にも関わらず殿下に誘っていただけるなんて、一生忘れられない栄誉ですわ」


 やや目を伏せる皇子に思わずカトリナは言葉を強める。言ってから失礼だったのでは、と公開するカトリナだったが、目の前の皇子は特に気を悪くする風はない。その様子にホッとしたカトリナはついでに気になっていたことを聞くことにした。


「あの、失礼かもしれませんが一つお聞きしてもよろしいですか?」


「えぇ、もちろん」


「どうして、私をお誘いくださったのですか?殿下と直接お会いしたのはずっと前のことですよね」


 他に大国の姫君が大勢いるにも関わらず、どうして辺境の小国の姫君を?などと自分を卑下するつもりはないが、それにしても、皇子にあったのはカトリナが幼い頃。それ以降特に関係がなかったはずの皇子にどうして誘われたかカトリナは疑問で仕方なかったのだが、


「それはあなたに一目惚れしたからですよ」


「ん、いえ、あの・・・・・・」


 自身の瞳を皇家を象徴する葡萄色の美しい瞳で真っ直ぐに見つめられながらの一言にカトリナはとうとう言葉を失う。半ば呆然とするカトリナの腰を抱く力を強め、音楽においていかれないようにしてくれつつ、皇子は苦笑いする。しばらくしてようやく覚醒してきたカトリナに皇子は言葉を続ける。


「すいません、いきなりそんなことを言われても困りますよね。でも一目惚れは本当です、あとはお礼ですね」


「お礼・・・・・・ですか?特に私は何も」


「先程、いじめられている女性を助けてくださったでしょう。彼女は実は私の末の妹なのですよ。ちょうど諸国遊学の時期でしてね」


 そう言われて先程助けたルシア、という女性を思い浮かべる。瞳の色は違ったが、よく考えてみると、肖像画で見たことのあるグランベリアの末の皇女様に似ている部分があった。


「我々は遊学の途中、身分を隠して過ごすことがありましてね、彼女はそれを南の大国であるイストハニアでしていたのですが、北国生まれの我々とは文化が大きく異なりますから、なかなか上手く溶け込めなかったようですね」


 お陰で彼の国の王女様に睨まれてしまっているようです、と皇子は息を吐く。


「流石にベレスティア王女の振る舞いは目に余りましたが、名目上は国内の王族と貴族の間での諍いに我々が入ると余計な火種を産んでしまいます。どうしようか困っているところにあなたが現れてくださったのです」


 皇子はなおも続ける。


「彼女達の間に入るところから、あの場の収め方、その後のフォローまで素晴らしい手際でした。ルシーラもとても感謝おりましたよ」


「いえ、そんな当然のことをしたまでで、むしろ私、そうとは知らず、皇女殿下に失礼な言葉遣いを」


 まさか、彼女がグランベリアの王女とは思っていなかったため、かなり気安い話し方をしたことを今になってカトリナは後悔していた。


「いや、お気になさらず。あの場での彼女は男爵令嬢のルシアですから。それよりも、自国より大きな国の王女へ堂々と立ち向かうのは相当勇気のいることです。それにフォーレシアの秘密の力を迷うことなく使ってくださったことも。誰にでもできることではありません。素晴らしい振る舞いだと思います」


 皇子の絶賛の言葉にカトリナは顔を赤くする。と、そこでなにか違和感を感じることに気づいた。


「おや、どうかされましたか?」


 カトリナの様子に気づいたのか皇子も心配そうな目をする。


「い、いえ。ただ、こういった時よく皆様は『さすがシンデレラの孫娘』と言うですが、殿下はおっしゃらないのですね」


 このあたり一帯で知られるヒロインを祖母に持つカトリナにかけられる期待は高い。一応それに答えられる程度の教育は受けてきたが、褒められることはあっても、二言目には『シンデレラの孫娘』という言葉を聞くのが常だったのだ。


 そういう訳で、思わず不思議な顔をしたカトリナに皇子はなるほど、と理解した様子で頷いた。


「あなたはあくまでもカトリナ姫で、先代の妃殿下とは違いますから」


「そ、そうですか・・・・・・?」


「えぇ、私も生まれたときから、比べられ続ける人生を送ってますから、偉大な家族を持つ大変さは多少理解できるのですよ」


 そう言って皇子はにこやかに微笑む。カトリナはそんな皇子の優しい笑みに、心が暖かくなるのを感じたのだった。


 最初は緊張していたカトリナだが、いざ踊ってみると一曲はすぐに終わり、むしろもう一曲踊れたら、と思うほどだ。曲の合間の喧騒の奥からはすでにかすかに次のワルツの前奏が聞こえ始めている。深くお辞儀をしたあと、思わず皇子の方へ一歩踏み出しそうになるのを、カトリナは思いとどまる。彼は間違ってもカトリナが独占して良い相手ではないのだ。


「カトリナ姫、よろしければもう一曲・・・・・・・」


「とても素敵な時間でしたわ。・・・・・・っ!」


 型通りの挨拶を交わし皇子の元を去ろうとしたカトリナの頭で、皇子が行った言葉が反芻し、急に言葉が詰まる。


「あの・・・・・・それは?」


「言葉通り、2曲めのお誘いですよ。あなたとは波長が合う気がします。一目惚れなど物語の中だけだとよく友人に話したものですが、どうやらそうではなかったようです」


 そう行って手をのばす皇子。見目麗しく、優しい皇子の誘い。そう入っても礼儀正しくあくまでもこちらに選択を委ねてくださるのもカトリナにとっては余計に皇子の誠実さを感じさせていた。


 このまま何も考えず、皇子の手を取ってしまいたいカトリナだったがそこはぐっと堪える。舞踏会の場において一曲踊るだけであれば戯れと思ってもらえるが、2曲以上連続で踊るとそれは意味を持ってくる。皇子の相手として手を挙げたと会場中に判断されることになるのだ。


 宗主国たる皇国の皇太子の花嫁に辺境の小国の姫である自分が手を挙げる。それは茨の道であろう。将来の皇妃に求められるもの。それがとてつもなく重いことはカトリナにも容易に想定出来た。


「私はその手を伸ばしていただくにはあまりにも未熟でその覚悟もございません。身に余る光栄なお誘いではございますが・・・・・・失礼いたします!」


 そう言うと、もう一度深く深く膝を折り、会場を行き交う人々の喧騒に飛び込む。後ろから皇子の声が聞こえた気がしたが、それには気づかないことにし、カトリナは人波に身を隠すのだった。


 それ以降もう一度皇子から声がかかるようなことはなく、カトリナは各国の王族や貴族たちと話したり、時に踊ったりしながら夜が更けるまで社交に精を出しただった。






「どうしたの?カトリナ姫。何かあったの?」


「そうだよ、グランデリアから帰ってきてから落ち込んでいるみたいだけどどうしたの?」


 帰りの道中も何事もなく帰国したカトリナは表向きはいつも通りだったが、子供の頃から彼女のことを見ているネズミ達には心の揺れを隠すことは出来なかったらしい。自室のソファでひとりため息をつくカトリナの足元に彼らがわらわらと寄ってきた。


「みんなありがとう。でも何でもないわ・・・・・って言っても信じて貰えないわよね」


 少しの沈黙の後カトリナは白い天井を見上げる。


「あぁ、どうして人ってわざわざ遠い世界の人に恋してしまうのかしら?」


 その言葉にねずみ達はなるほど、と頷く。


「そういうことか、グランベリアで良い出会いがあったんだね。良いじゃない。王様ならきっとどんな相手でも許してくれるよ」


「そうそう、なにより姫が恋愛する気になることが大切って口癖だしね」


「お父様は許してくるかもしれないけど、きっとあちらの家が許してくれないわ。それに私は彼のもとに行く勇気が出せない意気地無しなの」


 舞踏会での一場面を思い出してまたため息を吐いたカトリナはしかし、今度はその前の夢のような時間も思い出し顔を高揚させる。


「姫が違う世界っていうから街の人が相手だと思ったんだけど、その言い方だと違う感じ?姫より偉い人?」


「でも姫よりもっと偉い人って誰だ」


「そりゃあ。フォーレシアの姫よりも偉い人だから、どこかの王様とか?でも他所の国の王様と結婚って普通だよね。・・・・・・・ということはもしかして?」


「そのもしかするとだわ。私がお慕いしているのはグランデリアの第一皇子殿下。こうして口にするのもおこがましいわ」


「でも、姫だって一国の姫だよね。可能性はなくはないんじゃないの?」


「でもその後の苦労は目に見えているし、住む世界が違う人との結婚は幸せを生まないわ。私はシンデレラではないもの」


 そう行って、またため息をつくカトリナにねずみ達が顔を見合わせていると「トントントン」と軽いノックが聞こえ、ついで「后妃様がいらっしゃいました」と外の護衛が告げる声がする。


 慌てて姿勢をただし、少しシワになっていたドレスを伸ばすと、「お通しして」と外に告げな上がら立ち上がる。


 ドアが開くと、カトリナの侍女に案内されてシンデレラが入ってくる。お気に入りだ、という青のドレスは若い頃の肖像画のものよりは濃く落ち着いた色で、美しく波打つブロンドはところどころ白くなり、肌も流石にシワが目立つが、それでも気品と美しさを兼ね備え、そして笑顔はどこか愛らしさを感じさせた。


「お祖母様。わざわざこちらまでお越しいただき感謝致します」


 そう行って膝を折るカトリナ。侍女が引いた椅子に座り、カトリナもまた彼女の前の席に腰掛ける。


「帰国の儀以来ね。ほんとはもっと早くゆっくりお話したかったのだけど。グランデリアでは堂々たる振る舞いだったようね。さすがだわ」


「いえ、求められた役割を果たしただけでございます」


 その答えににこり、と笑ったシンデレラは


「それで?ここ最近様子がおかしいようだけど、どうかしたの。なんだか落ち込んでいるみたい」


「そんな。何にもございませんわ。私、皆様にご心配をおかけしているでしょうか?」


「いいえ。みんなの前での振る舞いはきちんとしているわ。ただ家族の目はごまかせないわよ。グランデリアでなにかあったのでしょう?」


 そう言ってカトリナの目をじっと見つめるシンデレラ。穏やかながら様々なことを乗り越えてきた笑顔で見つめられるとカトリナは心の奥を見透かされるようで居心地が悪くなる。


 沈黙に耐えきれなかったのはカトリナの方だった。


「お祖母様?どうして人ってわざわざ遠い世界の人に惹かれてしまうんでしょう。それで苦労するってわかっているのに。お祖母様はお祖父様に嫁ぐ時怖くなかったのですか?」


 何があったとは言わず質問を投げかけるカトリナにシンデレラは少し考える。


「あの時は陛下と一緒になれることが嬉しくて夢中だったもの。それに陛下が支えてくれると仰ってくれたし、実際に助けてくださったわ」


 結婚した当時のことを思い出したのか懐かしそうな顔をするシンデレラ。そんな彼女をカトリナは尊敬の眼差しで見つめた。


 自分を見つめるカトリナにシンデレラは腰を上げると、反対側のソファに移動し、カトリナのそばに腰掛ける。そして彼女の右手を両手で包むように握った。


「あのねカトリナ。夢は願うことが大切よ。まずは願わなければ叶わない。そして願ったあとは努力も必要。そうすれば願いは叶うと信じて私はここまで来たわ。あなたはがんばれる?」


 そうカトリナに問いかけるシンデレラ。その眼はまるで彼女の覚悟を問うているようでカトリナはそらすことが出来ない。しかし、答えることも出来ないカトリナにシンデレラは穏やかに続ける。


「私の娘や孫たちは絶対に私の物語のせいで大変な思いをさせると思ってましたからね。それに耐えることができるだけの教育はしてきたと思っているわ。あなたは立派なフォーレシアの姫に育った。あとはあなたの気持ち次第よ」


 フォーレシアを象徴する存在である彼女の言葉に段々とカトリナの心が温まり、そして自信が少しだけ芽吹いてくる。そしてその時思い浮かんだのは「偉大なお祖母様を持つ大変さはわかりますよ」と微笑んでくれた皇子の笑顔だった。


「私、頑張りたいです。やっぱり皇子が好きなんです」


「よく言えたわねカトリナ。そんなあなたにご褒美を。実はグランデリアの皇妃殿下から第一皇子の婚約者候補を推薦してほしいと言われてるの」


 その言葉にカトリナは驚愕の表情をする。


「皇妃になるならこれぐらいで表情を変えては駄目よ。皇妃殿下とは昔から付き合いがあってね。今も手紙のやり取りは良くしているの。皇子の結婚相手探しが難航しているらしいわ」


 祖母が人たらしなのは知っていたカトリナだが、まさか皇国の最高権力者の妻ともつながりがあったとは驚く。


「もちろん、自分の孫を推薦するのですから、周りの眼は厳しくなるわ。それに婚約者候補は皇国中から集まる。それでも立候補する?」


「はい、お祖母様。わたしグランデリアの人々に認められてみせますわ」


 その力強い声にシンデレラは大きく頷いて見せる。


「分かったわ。では皇妃殿下にはそう伝えるわね。忙しくなるわよ」


 そう行って席を立つシンデレラをカトリナは膝を折って見送る。その後姿にはいつもの快活さを取り戻していた。






「おかあさま、ごほんよんで」


「リシェル、またシンデレラ?私飽きたわ。お母様、別のお話が聞きたいです」


「いや!リシェルはこのほんがいいの」


 ある日の夜、といってもまだ月がようやく出始めた頃。グランデリアの帝都の一角にある家の屋根裏に作られた子供部屋。そこで姉妹たちが眠る前のお話を何にするかで揉めていた。


「こら、二人共喧嘩しないの。じゃあ、シンデレラの孫娘の話はどう?」


「まご?むすめ」


「私わかる。子供の子供のことよね。ローシアお祖母様から見た私たち」


「そうよ、シンデレラのお話も素敵だけど、その孫のカトリナ姫のお話もとっても面白いのよ。気にならない」


「きになる」


「お母様、私もカトリナ姫のお話し聞きたいです」


「じゃあ、二人共ベッドに入って。始めるわよ」


 シンデレラは王子様といつまでも幸せに暮らしました。彼女の子どもたちもまた幸せになり、国王になった長男は3人の子供がいました。その一番下の姫の名前はカトリナと言います。


 グランデリアの皇子と互いに一目惚れしたカトリナ姫は祖母のシンデレラに励まされ、皇子の妃候補に立候補します。皇帝夫妻に様々な試練を与えられ、小さな国の生まれのせいで、苦労もしますが、一生懸命に頑張る姿に次第に周りの人達も小国出身だから、と侮るのをやめ、そして少しずつ味方が増えていきました。


 国民にも、貴族たちにも好かれ、何より皇子に愛されたカトリナは、フォーレシアで初めてのグランデリア皇太子妃となりました。やがて皇帝とその妃となった二人はよく国を治め、いつまでも幸せに暮らしました。



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