絶望した幽霊
私は絶望した。
絶望したと言っても自分自身の不甲斐なさだとか、
何かの悲劇に打ちひしがれているだとかではない。
私が絶望したのはこの無駄が跳梁跋扈する凄惨たる社会である。
いくら努力に努力を重ね、勉学に励み、
未来へ向けての鍛錬を続けたところで、
数十年と幾年を暮せば人間はぽっくり逝くのである。
要するに人生なんてものは、
死ぬまでの暇をつぶす期間に他ならない。
それだけのものであるのだ。
そんな人生が渦巻くのが社会であり、
無駄なものが渦巻くようなものは
無駄なものであるというのは言うまでもない。
人生百年時代なんてものが
陳腐なマスメディアでやたらと取り上げられているが、
この無駄な物に百年間も耐えねばならないとは何たる悲劇か。
医療など発展しなければよかったのだ。
私はこの身を投げた。文字通りの投身自殺である。
我ながらいい判断だと思った。
末梢的社会で荒唐無稽を晒すくらいならば、
地獄でも暗闇でも行ってやらんこともなかった。
嘘である。できれば良い判断を讃えて天国!
というゆとりな判決を下して欲しいという願いが圧倒的であった。
だがこの社会で生きていたくないのは紛れもない本心だったのだ。
覚悟を決めて身を投げた結果は散々なものであった。
地縛霊である。天国行きを願うくせして
地縛霊の存在を考慮しないというのは我ながら馬鹿な判断だと思った。
地縛霊という存在を知らない者のために解説してやろうかと思ったが、
そんなものも知らないようなやつに
わざわざ教えてやるほど私は優しい人間でないことは
一目瞭然だと思うのでやめておく。
というか大体地縛霊がなんだとかの知識なんぞ持たなくて良い。
無駄な社会ならば得たものも無駄である。少年よ、大志を捨てよ。
しかしこうして死んでみると思ったよりも見方が変わるもので、
価値観も大きく変わり、
無駄な社会をもっと無駄だと思うようになった。
見たところ私以外にも何人か幽霊がいて、
私の記憶が正しければ私が地縛霊となったときに
一人の幽霊が天に登っていったので、
おそらく現世には魂が存在しうる限界の量というものがあるのだろう。
一人増えれば一人減り、上手いこと帳尻を合わせているのだ。
社会から逃れようと幽霊になったのに、
またもこんな社会的システムに巻き込まれるとは何たる悲劇か。
要するに、死んだら幽霊となって、
何やかんやあったら天に登る。
死んだ後起こることはそれだけである。
それだけであるというのに
無闇やたらに社会で生き残ろうとするのが
私には滑稽で仕方がなく、笑いが止まらなかった。
笑いすぎて腹が痛くならないのは便利である。
天に登った後どうなるのかは知らないが、
成仏するというのならば大歓迎である。
成仏した先にようやく
天国やら地獄やらが待っているということなのだろう。
要するにあれだ、順番待ちの時間なのだ。
果報は寝て待てとよく言うが、
幽霊になってしまっては寝ようにも寝れぬ。
何をして待てばよいのかわからなかったので
破廉恥な行為に及ぼうかと思ったが、
生前は体の中で渦巻いていた
猥褻なる性欲も死んでしまえば無くなるもので、
本当にやることがなかった。
一つやれるとすれば、
時々やってくる草の根運動をするはげじじいに唾を吐くことである。
唾棄すべき社会をより良いものに、など滑稽で仕方がない。
何故そこまでして糞を再利用したがるのだろうか。
そうしているうちにようやく私の番がやってきた。
温かい光に包まれ、体が天に登っていく感覚。
成仏であることを信じて疑わなかった。
「お待たせしました、今すぐ転生の手続きをさせていただきますね。」
「転生?転生だと?」
「はい。幽霊として十分な期間をお過ごしになられたので、また現世に戻っていただく形になります。」
「ふっ…ふざけ」
「行ってらっしゃいませーっ!」
そこからの記憶はない。
おそらくどこかの母親の子宮からするりと抜け出し、
また新たな生を始めたのであろう。
天国行きを願うくせして転生の存在を考慮しないというのは
我ながら馬鹿な判断だと思った。
少年少女諸君、よく聞き給え。
人生も社会も無駄であるが、
どうやらこの輪廻からは抜け出せないらしい。
であればもうどうせなら、
好きなことを好きなようにやるといい。
糞に価値を見出すしか我々に残された道は無いのだ。
ご閲覧ありがとうございます。作者の絵里依というものです。
今回は前作とは打って変わって、私の大好きな小説での’表現’や’愚かさ’に重きをおいた作品となっています。愚かな男が主人公となっていますが、そんな男の言うことの中に私の主張も混ざっていたり…
今後もこのような形で小説を書いていこうと思っていますので、気に入った方は高評価等していただけると非常に今後の励みになります。また、感想やアドバイスも受け付けております。
最後となりますが、今回は’絶望した幽霊’をご覧下さりありがとうございました。