006 一蓮托生
「恐らくあと数日の間に、死んでしまうでしょう」
ウィズは冷静に、僕に余命を告げた。震える両手を握り締めながら、それでも務めて冷静に事実を伝えてくれた。そこに言い訳や希望的観測は織り交ぜることなく、淡白に。それはきっと、先にも話した態度を信じてほしいという彼女の“願い“の証明も兼ねているようだった。むしろあれだけウィズを毛嫌いしていたディディが取り乱し、ウィズに喰ってかかりそうな勢いなのだ。これで僕まで騒ぎ立てて仕舞えば、いよいよ収集がつかなくなるだろうことは目に見えている。
「えっ、と…とりあえず状況はわかった」
「わかった、って…あんた本当に分かってるの!?死ぬのよ!!?」
この妖精は本当に純粋で、こっちが悪く思えるくらい優しいやつだと思う。こんなに分かりやすくて、素直な奴は向こうの世界で早々で会えるものじゃなかった。この出会いは全くもって運がよかったと思うし、あの時小鬼に決死の戦いを挑んだ甲斐があったというものである。ただ、それでもこのままディディを放置していては話が先に進まないため、口元に指を立てて静かにするように促した。
「続けて」
ディディを落ち着かせて、ウィズに向き直り聞く体勢を整える。
「結論から言ってしまえば、カツキ君のオドを司る部分…いわゆるオド器官と呼ばれるものに穴が空いてしまっているの」
穴…。魔法に関する知識はないが器官という言葉から察するに、内臓に穴が空いたようなものだろう。…一大事である。
「ごめん、その…魔法に関することは全然分からないんだけど、オド器官ってやつに穴が開くとどういうことになるの」
「えっと、全然っていうと基礎的なことも何も知らないのかな」
「そうだね。盗賊に追われて走っている間に聴いたことくらいだと思ってもらえれば」
「そういえばオドのこともよく知らなかったような言い方をしていたものね」
変な人、と言いながらくすくすと笑うウィズ。また顎に手をやり、ぶつぶつと考える素振りを見せたあと、うんとひとつ頷いて話し始めるウィズ。
「魔法のことを何も教わっていない人でも知っている位のお話なのだけれど…、いいわ、私のわかる範囲で話していきましょう」
彼女は心なしか背筋を伸ばして、こほんと一つ咳払いをして見せた。
「まずこの世界でいう魔法は、マナを変質させたものだと言われているわ。人がマナというエネルギーを取り込み、術を介して形や指向性を与えたもの、それが魔法や魔術の原型」
「マナとかオドっていうのは?」
ディディも翻訳の魔法について、その原理がマナではなくてオドを使っているみたいなことを言っていた。いや、あれは陣とか言っていたっけ。
「マナは自然に溢れているもの、オドは自身の中にあるものかな。言い換えると、生成される場所の違い。内か外かという話ね。どちらも含めて魔力といったりするんだけど」
「それで、僕にはマナを取り込む器官がないけど、オド器官だけはちゃんとあったってことか」
「その通り。でも、オドというのは魔法に使うことがまずないものなの」
普通はね、と零しながら少し目を伏せて言いづらそうに黙り込むが、覚悟を決めたように彼女は続けた。
「大雑把にいって仕舞えば、オドはその生き物の生命力を源としているの。だから、枯渇すれば…死ぬわ」
つまり、生命として生まれている以上、オド器官がないというのはあり得ないのだろう。そしてオドは、意思があれば汲み上げて消費することも可能な、いわゆる増減する寿命のようなものと捉えて良さそうだった。
「本来は、多少オド器官から魔力を徴収したところでそこまで大きな害はないの。でもーー…ディディちゃんの話を聞いてみたんだけど、カツキ君のオド器官は圧縮、というかまるで限りなく“なかった”ことにするみたいに小さくされていたみたいで…」
圧縮、小さく。どうしてだろう。生きている以上オドは必要なものらしい。そしてこの世界に来てからしばらく普通にーー状況とか生活内容はどうあれーー生活できていたのだからやはり元々持っていたと考えるのが正しそうだ。例え圧縮されているとしても、生命維持に必要最低限の機能は維持していたのだろう。
「あの戦闘で、ディディちゃんはそのオド器官から無理やり魔力を汲み上げようとした結果…多分急に膨張して、ぼんっと…」
「破裂したわけか…」
結果、穴が空いて中身に当たるオドが垂れ流しの状態になってしまっていると。要はそういうことらしい。
「…悪かったわよ」
「やれっていったのは僕だったし、そもそもあそこで他の手はなかったと思うし。今こうして全員生きているなら、いいんじゃないかな」
まだ付き合いが浅いながらも、ディディがここまで凹むことは後にも先にもそうあることではないと思う。指示したのも急かしたのも僕なのだから、責任の所在は徹頭徹尾僕にあると、他ならない僕自身が思っているのだけれど、ディディはそれなりに気にしてしまっているようだ。それに、だ。当の本人としては突然死ぬと言われても正直実感も何もあったものじゃない。身体の調子が悪いわけでもないのだから、自分事として捉えられなくても仕方がないと思う。
「そうか、死ぬのか…」
何となく手慰みに自分の手をグーパーしながら言葉の意味を噛み締めようとしたが、やはりうまくいかない。よくも悪くも前の記憶がある自分は、凡そ死という概念から隔離された生活を送ってきてしまっているのだろう。こればかりは少しずつ慣れていくしかない。
「一応、カツキ君にも自身の容体とかは理解してもらえたって事でいいかな」
「うん、実感はないけどね」
きっとこの時の僕の様子は、彼女たちにとっては強がりのように映ったのだと思う。多分、その位深刻な状況であり、彼女たちの常識に照らし合わせて言うのならばどうしようもない類の話なのだろう。
「にしても、僕が寝ている間にそんなことを調べてくれてたのか。それに色々と身体の傷も治してくれているみたいだし、本当にありがとう」
過ぎてしまったことは仕方がない。彼女はきっと最善を尽くしてくれていた。ならば足掻けるだけ足掻こう。そんな思考の切り替えを行おうとしたところで、話は予想外の方向に転がってゆく。
「…ーーは?カツキ、今なんて?」
ディディの様子が、まるで悪いものでも見たかのように動揺したものになっていた。
「寝ている間に、検査とか治療をしてくれてありがとう、って」
「カツキ、今すぐ立って!傷があった箇所を教えなさい…!!」
「え、あ、うん…」
立ち上がった僕の周囲を、ディディは忙しなく飛び回る。ディディに合わせて、傷のあった箇所を指し示し、どの程度の深さだったのかを説明した。
「あり得ない、あり得ないわよ…」
「なぁ、ディディ。何をそんなに焦っているんだ??」
彼女は心底呆れたと言うように大袈裟にため息をつく。そして僕の顔の眼の前でぴたりと静止し、僕の鼻先に指を立てながらこう続けた。
「いい?この世にはね、回復魔法なんてモノは存在しないのよ」
「はい?」と思わずまの抜けた声を上げてしまう。そもそも記憶にあるファンタジー世界をベースに考えていた自分の浅はかさに笑ってしまう。たしかに回復魔法なんてあったら奇跡と呼ぶべきものだろう。現代医学でさえ直せない病気があるのだから。
「正確には止血とかちょっとした傷の治療、痛み止めのようなものはあるわよ?でも、ナイフで切られたような傷がこんなに綺麗に治るなんてあり得ないのよ…!」
それは小鬼との戦闘で受けた傷をはじめとして、意識しないうちに積み重なっていた傷の数々であった。それらがあった箇所はすっかり綺麗な肌を覗かせており、本当にそんなことがあったのかと疑われても仕方がないレベルだ。
「ウィズは凄かったってことだな、うん」
「あんた、そんな簡単に…」
話のスケールが大きいときは、簡単に捉える。それが僕の考え方だ。事実は事実。夢は夢。起きてしまったことは素直に受け入れて、少しずつ消化していけないい。今すぐすべてをどうにかできるほど才に溢れた人間ではないのだから。
「どっちにしたって、これは下手に他人に知られちゃいけないものってことでしょ。だからディディも不用意にウィズの能力のことを言っちゃダメだよ」
「…そうね。まぁ言ったところで誰も信じないでしょうけど」
なんか考えるのバカらしくなってきたわ、なんてぶつぶつ呟きながらディディは僕の頭上に着地した。
「厳密には…これは回復魔法ではないのだけど…。ただ…ごめんなさい、詳しく説明はできないの」
それともう一つ、と彼女は続ける。相変わらず心底申し訳なさそうにしたままで、これはいよいよすの彼女を見るまでには時間がかかりそうだな、なんて考えながら続きを待った。
「繰り返しますが、これは回復魔法ではありません。ですから、カツキ君のオド器官についても、やはり穴は空いたままなのです」
「そっか、うん、そっかぁ」
なるほど、確かにそれは深刻なのだろう。無知な自分でも何となく事態が掴めてきたように思う。森の中で魔法による対処もできず、患部に当たるオド器官とやらはウィズの行使する奇跡のような方法でも改善させることができないと。
「ですが、目を覚ます余地のないカツキ君が、今こうして元気に会話に応じてくれている…。これこそが、カツキ君への延命措置が可能であることの証左であると私は考えているの」
「延命…。あぁ、最初に言っていた同行するっていう話に繋がるってこと?」
「その通り。カツキ君が眠っている間に…その、胸のあたりに触れていた件なのだけど…」
すっかり落ち着いたと思っていたが、やはり思い出すとまだ恥ずかしいらしい。少し顔を赤らめて、伏し目になりながらも話そうとする姿勢は健気だった。ここまでくれば色々と合点がいく。恐らく、あの声の主と会話した時に身体の解けていた状態は、まさにオドの垂れ流しによって死にかけていたことの示唆だったのだろう。けれど彼女が何がしかの延命措置を実施してくれたおかげで何とか回復し、僕は今こうして彼女たちと会話できているとそう言うことらしい。
「私は、人よりも多くの魔力を扱うことができるの。だから、私がカツキ君のオド器官に魔力を補充することで状態の悪化を防いでおけば、数日と言わず生きていけると考えているというわけ…です」
最後は少し自信なさそうな様子を見せていたが、要するに彼女の存在が今の僕の生命線になったということだろう。限られた時間の中で、暫定的でもここまでの対策を考えられるあたり、彼女もまた魔法の才に長けた存在なのだろうことが伺えた。
「何が“生活レベルの魔法なら”よ。こんなこと早々できるものじゃないじゃないの…」
ディディが頭上でぶつぶつと文句を垂れているが、今回は自分に非があると認めているのかウィズに突っかかるような様子は見せて居ない。
「それと…この辺りは難しいお話なのだけれど、これから旅を続けるにあたってカツキ君は極力魔法を使わないように気をつけてほしいの」
「それは、まぁわかるよ。オドを使えば死ぬんだしね」
「うん、でもね、私たちには基本的に戦闘力が足りないでしょう?」
そう言われて順に見渡してみる。僕は戦闘経験については乏しく、数えられるほどの戦いについては身体能力をアテにしたもので、それも盗賊レベルの相手にすら遅れをとったレベルだ。ディディはマナの供給を受けることができず単身で魔法は使えないし、ウィズは…この調子では攻撃に関する魔法は不得意なのだろう。
確かに戦力的には不安の残るメンバーだ。
「ウィズは攻撃が不得手ってことでいいんだよね…?ちなみに、ディディとウィズで連携することは…」
「い、や!」
断固拒否。そんな堅い決心が感じられる強い宣言だった。というか、意外と話を聞いている当たり気にはなっているようだ。全くもって素直じゃない。
「…ーーそもそも、私は私で魔法を使うことになるから、魔力が干渉してしまうのは良くないと思うの。そうね、例えるなら魔法の発射口は私ひとつなのに、中で二つの魔法を別々の相手が練り上げるなんてどう考えても危険でしょう?」
そう言われてみると確かに難しそうだ。ウィズにはサポート方面で頑張ってもらったほうが良いのだろうし、そうなると…。
「そうなると、僕が前衛として頑張るしかないか…」
剣をもつ、盾を構える。根気はいるが、やってやらないよりはマシだと言える。少なくとも、戦力に乏しいからこそ戦術を取り入れることの重要性は増す。陣形モドキが組めるかどうかは、根本的な要素になるだろう。
「はい…。ですがーーこの辺りの理屈は世間的にもあまり明らかにされていることではない部分なのですがーーオド器官にマナを用いて魔力を補充した場合、どうやらマナによって生成された魔力から消費されていくようなのです」
「へぇ…」
マナ器官がずっと魔力を貯めておくのではなく、あくまで都度外界のマナを取り込む必要があるのは、マナが身体の外にあるべきもの…というよりもそちらの方がエネルギー的に自然な状態であるとかそういう話なのだろうか。まぁ、事実はマナから消費されるという部分のみであり、今重要なのは恐らくそこではなくーー…
「つまり、補充した分の魔力量ならディディと協力して魔法を行使できるということか!」
「…そうなの!理解が早くて助かるわ」
ちょっとこの辺りのことは自分なりに検証して見る必要がありそうだが、嫌いじゃない。ゲームなどをしていても、自分でデータをとって分析をしながらクリアしていくのが好きだったのだ。表計算ソフトが使えないのが少し痛いが、理屈はわかるんだ、ゆっくりやればいい。
「ちなみに、補充できる魔力量の目安とかって分かったりする?この位の魔法何発分みたいな」
「すみません。そこまではちょっと…。ただ、どちらにしても生命維持に必要な分のオドとそこに達しないための余剰マナを除いた分を見繕う必要があると思うから、旅の道中、休憩キャンプでの自主鍛錬や戦闘の中で掴んでもらうしかない…かな」
ごめんね、と謝るウィズ。ただ、このメンバーの中で最低限戦う術が見つかっただけでも素晴らしい成果だ。これで今後の状況改善の一部は僕自身の努力にもかかってくるようになったわけだし、存在意義も感じられて安心できる。だから、今考慮すべきことはあとひとつ。話を聞いていてずっと気になっていたが、ずっと僕のための話だったのでしたくてもできなかったことだけだ。
「うん、事態はそこまで悪いようでもないみたいだし、とりあえずその方向で行こう。だから最後にひとつだけ。ずっと気になっていたことだけ確認させて欲しいんだ」
「うん、いいよ」
ウィズは柔らかく微笑んで、こちらを見つめ返してくれた。
「ウィズがここにいる理由について。というより、そんな消極的な理由で僕たちについてきていいのかなっていう確認かな」
ほんの少しの沈黙と、頭上でディディが聞き耳を立てている気配を感じた後。諦めたような何とも言えない表情をして彼女は「そうですね、これは話さないと公平じゃありません」と零した。何か悲痛な雰囲気を醸し出す彼女は、歳不相応に大人びて見えると同時に、これ以上ない程美しい存在として僕の目に写った。あまりの変貌ぶりに目を擦り、また少女にそんな顔をさせてしまったことに少し心が痛む。だが、“僕の命を繋ぐために“なんて他人優先の消極的な理由でこの子を束縛するわけにはいかないと感じている。だからこれは、必要な確認だ。
「私は、ある場所から逃げ出してきました」
少し左上を見上げるようにして、彼女はぽつりぽつりとウィズは語り出した。
「私は、ある特殊な能力を授かっています。生まれた時から、ずっと。それは多くの人々にとって大金を積んででも得たいと願う人ならざる力であり、同時にーー…」
空中をぼんやりと見ていた視線はついに下へ下へと滑り落ち、やがて足元の一点を見てぴたりと止まった。その表情はひどく悲しげで、儚げで…。
「同時に、味方からこそ最も恐れられる、私にとっては忌み嫌うべき能力です」
先程明らかになった力も十分にすごいものだったはずだ。存在しない回復魔法を実現するかのような力の行使。しかしそれは“味方にとって”恐ろしいものとはなり得ないはずだ。彼女は賢しい。それはわかる。この歳で一体どれだけの経験を積んできたのか、一般人であった僕には想像もつかない。それでも…。彼女が思慮深く、少なくとも悪戯に人に悪意を向けるような人間性を持ち合わせていないことは今でも十分に伝わってくる。だからこそ、詳細については彼女から話をしてくれることを待とうとそう思った。
「とにかく、ね。私は、逃げてきた悪い子なの。だから、元々帰る場所なんてないのよ」
強がりだ、と思った。きっと彼女は戦ったのだ。自由を勝ち取るために。人を傷つけるという方法ではなく、逃げ出すという自分を傷つけるリスクを取って。想像でしかないけれど、その勇気を僕は讃えたい。不思議と彼女にはそう感じさせるなにかがあった。
「そっか、じゃあ僕と同じか」
彼女は一瞬驚いたように見せて、たまらないと言った様子で微笑んだ。慰めや励ましが言えれば良いのだけど…、生憎と他人を理解したように振る舞うことはもう僕にはできない。
「えぇ。森の迷い子さん」
彼女は不思議な言い回しをするが、何だか響きは悪くない。
「それにね、ただ嫌なことから逃げ出したくて無様に盗賊に捕まって。この容姿だからすぐに身元もバレて売り飛ばされそうになった…。あぁ、幸せなんてこの世にないのかなって思った時に、助けてくれた人がいる。まだほんの少ししか時間を共にしてはいないけれど、それでもね、私はちゃんとあなたと一緒に行きたい。恩返しがしたいってそう思っているの」
「それも君の不思議な力ってやつかな」
「さぁ、どうかしら」
少し余裕が出てきたのか、茶目っ気を見せるウィズ。その様子はとても可愛らしく、僕の中で少しだけ残っていた彼女への疑念を晴らすのに十分な対価だった。
「“あなたと“ってなによ。アタシを忘れないで!」
笑い合う僕らの間に、ディディが割り込んできた。
「あら、私のことが嫌いなんでしょう?」
くすくすと笑ったまま、ウィズはディディに言い返してみせた。今度こそ敬語もなく。
「えぇ、嫌いよ。嫌い。だからあんたはオマケだからね。カツキが死なないために、仕方なぁ〜〜く後ろからついて来ることを許しただけ」
「分かったわ。私とカツキ君が進む道を先導して、安全を確保してくれるなんて素敵。頼りにしているからね」
「ちっがぁ〜〜〜う!!!!」
ディディが暴れ出し、ウィズが笑いながら顔を守るような体勢をとる。あれだけ犬猿だった(ディディが一方的に嫌っていただけ)2人が仲睦まじく戯れている様子を、少し引いた視点で微笑ましく見守っていた。
これから、この3人で旅をしていく。それはきっと、“未知”に溢れた楽しいものになるに違いない。そう思える程度には、有意義な時間だった。




