004 無力であるということ
ラノベ!という感じの軽い文体で書き殴っています。
勢いとか色々伝わるといいなぁ。
馬車を飛び出し全力で森を駆ける。だがそのペースはお世辞にも全速力とは言い難かった。夜の森に光源の類など一切なく、また手を引く彼女--ウィズの速度に合わせているためだ。まだ森に入って5分程度だが、既に後ろの方が騒がしくなっている。盗賊達に脱走がバレたのだろう。
「ごめ、なさ…い!」
後方の慌ただしさには彼女も気づいたのだろう。突然そんなことを言い出した。ウィズは見た目に反すること無く、あまり体力が無いらしい。足を引っ張っているという意識が色濃く見られる。実際、このままいけば十中八九追いつかれてしまうだろう。闇雲に走るわけにはいかない。今のうちに手を打たなければ、待つのは地獄だ。
「ディディ、辛いところ申し訳ないんだけど、どこか隠れる場所にアテはないか?」
「えー…知らないわよ。私この森に住んでいたわけじゃないもの…」
「仕方ないか、他の手を考えよう」
「…謝らないわよ」
「仕方ない事にいちいち怒らないさ。くそっ、にしても早い」
気付くまでの時間、追いかけてくる速度と正確さ。きっとこういうことに慣れているのだろう。それに気にしなければならないのは、最初気絶させられた時の動き。あれがこの世界の人間にとって標準の動きであればまず勝ち目はない。まして、2人を庇っての立ち回りなど知らないし、知っていたとしても実現できるだけの技量がないのだ。
「あー、こんな時なんでも解決できる魔法みたいなものがあれば…!」
と言いかけたところでふと気付く。
(魔法、あるじゃないか。この世界にはその神秘が存在する…!!)
良くも悪くも常識に囚われていた。極限状態で狭くなっていた視野が急速に開けてゆく。
「2人とも、順番に教えてほしい。まずそれぞれが使える魔法、次に魔法の簡単な原理」
「ごく基本的なものなら属性問わず使えるわよ。妖精族は元々そういう存在だもの。でもさっきも言った通りこの翅でしょ。あたしはマナの取り込みが上手くできないから、一番得意な風の魔法でもさっきみたいに1発使えばこの通り。魔力不全でぐったりよ」
アテにしないでね、という様子で手をひらひらさせるディディ。確かにロープを切る程度の魔法でこのレベルの弱り方では無理もさせられない。
「ウィズは」
「私は…」
息を切らしているせいか、少し間を置いて彼女は続ける。
「ーー役立つような魔法は何も使えません。ごく一般的な生活レベルのものは多少心得がありますが」
「一応例を聞いてもいい?」
「種火を起こしたり、光源を生成したり。水を浄化して飲めるようにしたり、ですかね」
「なるほど、それは確かに戦闘向きじゃないね」
「ごめ、なさい」
彼女は暗闇の中で一層その表情を沈めていた。そもそも体力の限界が来ている彼女にこれ以上喋らせる方が愚行となるだろう。
「いや、いいよ。とにかく走ることに集中して、何か考えがあれば教えて」
下手に魔法に頼るのは下策か?罠でも仕掛けて時間を稼ぐかーー?属性、マナ、魔力不全ーー…何かヒントはないか。この状況で聞くべきことは何か。しかしもぞもぞとした胸の感触に思考は途切れる。
「ちょっとディディ、危ないって」
余裕なく走っている中、ディディが胸ポケットから肩にかけてよじ登っていた。正直落としてしまいそうで気が気ではない。
「、、、き」
ディディはカツキの肩越しにウィズを見て何か呟いた。藪をかき分ける音と走る風切り音でよく聞こえなかったが、妖精というのは思ったよりも気難しい種族なのかもしれない。馬車でもカツキを助けてそのまま逃げようとしていたくらいだ。連れの2人の様子がぎこちない中では、連携がどうとも言っていられなさそうだ。自分が1人囮になる方法も考えたが、この様子では喧嘩別れして3人バラバラになるのが落ちだろう。
「おい、この辺りは草が多い!形跡を探せ!!」
「いちいちガキどもにヒントを与えるような事を大声で叫ぶんじゃねぇよ!!」
いよいよ落ち着いて思索に耽ることもできない。背後で怒鳴り声が響いている。
(まだまだ体力は十分て感じだな…)
奇しくも盗賊のガサツさがおおよその距離感を教えてくれた。あわよくば疲労してくれていないかと思ったが、やはりそう甘くはいかないらしい。
(まだ、最低限の猶予はある。1分、それまでにどこかに隠れられればーー…)
しかし、全員が全員、限界を気力で引き伸ばしているこの状況で一番負荷がかかっているのは明らかにウィズだ。猶予はもっと短く考えなければならないと思い直す。ざっと見渡し、少し離れた場所に岩陰を見つける。あそこなら、と目標を定め、ウィズを激励する。きっと何か手があるはずだ。そう奮い立たせて、今にも止めてしまいたい両脚を動かし続ける。自分の肉体も、長期のサバイバルで蓄積したダメージも相まって軋んでいるのが良くわかるが、自分が潰れた瞬間終わる、という自意識だけが状況を辛うじて維持する事に貢献していた。
「ウィズ、後30秒保つー…」
「ギャアァアアアアアアア!!!!」
か?と問いかけ終わる間も無く、それどころか奮い立たせた意識も、打ち砕かれるのは一瞬のこと。原始息づく異世界の猛威が、容赦なくカツキたちを襲う。現実はどこまでも現実で。普段ありえないような確率の重なりだとか、こちらの限界にさらに追い討ちをかけるような仕打ちといった悪魔的な一手を、ここぞとばかりに差し込んでくる。絶望に囲まれた自分たちを、上から押し潰さんとするその状況に、いよいよ足を止めてしまった。
(うそ、だろーー…?)
それはちょうど進行方向からこちらに向かって来ていた。目標としていた岩陰の裏に隠れればそいつらからは丸見えだ。
(小鬼が…4、いや5匹?なんだってこのタイミングでー…!!)
そう、小鬼の群れがこちらに向かっているところに遭遇してしまった。“よりにもよって”このタイミングで。ーー否。これは都合のいい御伽噺ではない。どこまでも現実で、わざわざこちらに向かってくる事には理由がある。
「まさかーー…」
ただただ必然であった。ディディを助けたその時に、トドメを刺さずに放置したツケが今、ここで回って来たに過ぎない。既に視界に入ってしまった先頭の小鬼。その左耳には、見覚えのある傷があった。
(あいつ、仲間を連れて復讐に来やがったのか…!!舐めていた。化け物の執着心を)
足を止めた今、猶予はガリガリと音をたてながら食い潰されてゆく。
あの時紫煙に釣られなければよかったのかーー?
(ごめん…)
せめて連中に近づく前に様子を伺うべきだったーー?
(ごめん…)
そもそも我を失うほど空腹になる前に(ごめん…)他のものを口にすれば良かったのではーー?
(ごめん…)
ーーあの時小鬼を、殺し(ごめん…)(ごめん…)ておけば良かっ(ごめん…)たのか?
(ごめん…)(ごめん…)(ごめん…)(ごめん…)(ごめん…)(ごめん…)ーー…!!
自分の甘さが絶体絶命の状況を死の大口へと変貌させてしまった。その状況に胃から酸っぱいものが込み上げてくる。いよいよ挟まれるーー…!!頭が空回りして、頭の右後ろの隅の方から「ごめん」というなんの助けにもならない謝罪が溢れ出してくる。
状況は極限を超えて、終わりの様相を呈していた。
ーーあと30秒。
いよいよ頭が罪悪感に埋め尽くされそうになった刹那。
「落ち着いて、ください」
ウィズの右手が背中越しにカツキの心臓の位置に添えられる。その指先を通して、温かなものが流し込まれて来た。
「も、限…界…」
直後にすぐ後ろで、ドサリとウィズが倒れる音がする。
一瞬で鎮まる心臓の音。改めて魔法というものの異常さを認識する。
肉体がリラックスした。
ーーあと25秒。
お礼は全てが終わってからでいい。この状況ではもう、奇跡にすがる他ない。だが、奇跡など待っているだけでは都合よく起こらない。奇跡。ありえないようなこと。都合のいい事。それを、待つのではなく自ら起こすための方法ーー。
魔法ーー。
魔法ーー…!!
常識を打ち壊すために思考が加速する。心なしか見えるものが遅く感じられるようになった。
追い込まれた思考が、いよいよ魔法に全て向けられる。
ーーあと20秒。
もぞりとディディが動き出す。
「ディディ、頼むから大人しく…」
「はいはい、妖精の癖に1発しか使えないお荷物は大人しくしてるわよ!」
(コンプレックスか…)
ディディのマイペースさが、張り詰めていた緊張を弛緩させる。
ついに精神がリラックスした。
ーーあと15秒。
思考はシンプルに。心身はこの上なくリラックスした状態に。カチリ、とついにピースがはまった。まだゴールは見えない。けれど。頭に浮かんだ“もしかしたら”が確実に先へと続いている感触がした。緊張が消え、集中力が研ぎ澄まされ、追い詰められたこの状況で、加速する思考が体温を急速に上げ、心地よい疲労感をもたらす。まるで冷え切った血管に、温かな血が流れ込むかのように。
「ディディ、答えて」
端的に、妖精に問う。必要な答えを求めて。不思議と焦りはなく、ただ最大効率のやり取りで一足跳びに答えを目指す。
「“1発”で弱るって言ったけど、この言語変換の魔法を含めたら“2発”じゃないのか?」
彼女のコンプレックスが違和感を生み、やがて疑問へと至った。
ーーあと10秒。
「いいえ。だってそれは、あんたのオドを使っているんだもの」
「!!」
カツキの瞳に輝きが戻る。つまり、僕自身が魔法を使う必要はないということ。
「じゃあディディがマナを取り込めなくても俺のオドってやつを使えば魔法は打てるのか!!?」
「え、そんなこと…」
疑問は確証への導となって、聖火のように目の前を照らす。
ーーあと8秒。
「できる、かも」
ーーあと5秒。
「やれ!今すぐに!!僕を使って魔法をーー!!」
ーーあと3秒。
「でもあんたマナを取り込む器官が無いからオドを使ってるのよ!?翻訳程度ならならまだしも…」
「どうせ死ぬならやり切って死んだほうがマシだ!!」
「〜っ!!はいはいはいはい、!!」
聖火は連鎖する。
ウィズからカツキへ、カツキからディディへ。
ーーあと、1秒。
「あれ?あんたの中、やっぱ変?オド器官が圧縮?いやでも、、、あぁ、もうめんどくさい!!!
どうなっても、知らないからねーーっ…!!」
そして再びカツキへ返されたソレは、奇跡という名の輝きを放つーー!!!
ーー0。
それはまるで、風船が弾けるかのように。カツキを中心に“風が爆ぜた”。
ゴウッ、と重たい音を発して、近づくもの全てを弾き飛ばす。
「ははっ!凄いじゃんかディディ!!」
彼女は元々魔法に長けた種族だと言っていた。魔力不全はマナをうまく取り込めないからだと。だが、もしも“他者の魔力を扱えるのならーー?”その疑問の答えは、今こうして奇跡となって顕現する。急速に下がった気圧のせいか、耳鳴りが酷いがどうでもいい。今はこの奇跡に興奮が収まらなかった。
「なんだ、風だと!!?」
「グァアアアア!!!」
「落ち着け、こんなの魔力暴走みたいなもんだろ!指向性もない!!」
前後左右で敵の声がする。不意打ちによって初撃を喰らったものの、流石に場慣れしているようで再びジリジリと近づいてくるのが分かった。そんな状況でも、この分厚い風の壁がもたらす安心感は絶大なものであった。勝ち取った奇跡を噛み締めて笑う。
「ディディ、この風操作はできそう?」
「今、やってる、、わよっ!!」
荒れ狂っていた風の渦が少しずつ収束し、その範囲を狭めてゆく。
「おい!魔力切れだ!!突っ込め!!」
盗賊がここぞとばかりに突進してくる。野生の感か、盗賊に釣られたのか。ソレを見た小鬼も息を合わせたように攻撃に転じる。しかしこれは、決して魔力切れなどではない。ディディが荒れ狂う暴風の手綱を握りつつある証左であり、同時に爆発に備えた溜めなのだからーー。
「これでも、喰らって、どっかいけぇえええええ!!」
ディディの叫び声に合わせて、風の渦はその境界から外に向けて幾つもの刃を飛ばしながら、再び元の範囲まで広がった。その速度は一瞬と呼ぶに相応しく、周囲の何もかもを噛みちぎるようにして破壊を広げた。
「ぎゃっ、、!」
悲鳴などまともに上げることもできないまま、小鬼も盗賊も一緒くたに切り刻まれた。血液すら風に拡散し、初めから何もなかったかのように消え去った。全ての脅威が塵より細かい何かに変わり果てた後、あたりにはただただ地肌を曝け出す地面が広がるだけだった。
「ふふん、どうよ、私にかかればこれくらい簡単なのよ!」
(終わっ、た…)
カツキが戦闘の終わりを認めると同時。あれだけ暴れていた風はすっと消える。
「ちょっとあんた凄いじゃない!こんな方法今まで誰もーー!!」
冷めやらぬ興奮のまま叫ぶディディに辛うじて微笑みを返し、そのままドサリと倒れ込む。
「ちょっと、あんた血が!?鼻も、目も、耳も!!?待って、ダメよ、カツキーー…!!」
(ごめ、もう、無理ーー…)
無理矢理オドを引き出した疲労は想像を絶するものであった。指一本動かすことは出来ず、瞼がありえないほど重たくなって勝手に降りてくる。
(眠いーー…)
ゆっくりと。ゆっくりと。
微睡も感じることのないままに。またしてもカツキの意識は闇の中へと溶けていったーー。
各お話、ちまちま追記と修正も行なっておりますのでよろしくお願いします。




