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誰がために僕は希う。  作者: 蓮見いち
第1幕
2/16

001 未知の体験

第1幕。本編開始です。

 サラサラと、草木の擦れる音がした。

「…んん」

低血圧特有の覚醒していない意識のまま、肌寒さに身を震わせて身体を起こす。

(寒い…)

床で寝落ちしてしまった時のような不自然な身体の痛みを感じで思わず目を顰める。若干の苛立ちを憶えながらも、どうにもならない身体のだるさが睡眠を求めていた。足元にある毛布を羽織り、二度寝をしようと手を自らの足の方へ。しかし健闘虚しく、その手は空を切る。

足元に毛布がないようだ。

(あれ、ベッドの下かな)

ぽりぽりと後頭部を掻きながら、いやいや瞼を開いた瞬間、微睡は彼方へ。

「え…?」

絶句する、という言葉がこれほどまでにしっくりくる状況は人生で初かもしれない。草木の音、肌寒さ、毛布の不在。その全ての答えが目の前に広がっていた。

「何処だ、ここっ!!?」

生い茂る自然の産物。余りにも非現実的な状況を前にして思わず叫んでしまった。ざわざわと木々が擦れる音が辺りに響く。思いの外大きいその音に「ひっ」と情けない悲鳴をあげてしまった。

(森って、というか人の立ち入った気配の無い自然ってこんなに恐怖心を掻き立てる場所だったのか…)

自分がいかに恵まれた環境で過ごしてきたのかを痛感するとともに、サバイバル関係の本をもう少し読んでおけばよかったという後悔が頭を席巻した。

(落ち着け、落ち着け。今そんなことを考えても仕方がない。とりあえず叫んだのはまずい気がする。これで熊でも来ようものなら襲われてしまいそうだ)

軽く周囲を見渡すと左手の木々が少し薄く、奥に空間が広がっていることに気づいた。

(とりあえず、ここがどこかも何が潜んでいるのかもわからない。食べて良いものと悪いものの区別もつかないし、怪我をしたら何を患うかもわからない。であれば最優先事項は一刻も早く人を見つけること。その次が水、食料の確保ってことにしよう。何もわかんないし)

恐怖心を払うようにして必死に頭を使う。よいしょ、と立ち上がり左手の方向へ進みはじめた。

(僕の知ってる木よりも大分大きいなぁ。大自然で育つとやっぱり太く高く育つんだなぁ)

見る限りの自然に関心するままに、なんとなく周りを観察しながらここに至るまでの過程を思い返してみる。

(なんか変だな。名前も、知識も欠落した感じがしないのに。なんでここにいるのかがさっぱりわからない。確か最後に変な門を見て…いや、気のせいか)

霞がかったような記憶の不鮮明さを憶えつつも、思い出せないのならば夢だったのだろうと思い直す。

「案外これも夢だったり、もしくは過労で死んだ後の世界とかだったりして」

ははっ、と我ながら笑えない冗談にげんなりとしてしまう。しばらく歩くと木々が開けた場所に出た。そこには広大な花畑と、みたこともないような透明度の水を溜め込む湖が広がっていた。

「うわ、めっちゃ綺麗じゃん…!!!」

柄にもなく興奮してしまう。

花々は赤黄橙から青紫白と色とりどりの花弁を揺らし、そよ風に乗せてほんのりと甘い香りをもたらしてくれた。

「ここ、写真でもみた事ないし誰も発見したことのない秘境だったりして」

現代において、旅行とは事前の下調べがセットになることが当たり前だ。それは限られた時間で最大効率の楽しみを得るためであり、安全の確保や予約を始めとする社会の仕組みのためにそうする必要があるという一種の常識…というよりも知恵だ。けれど同時に、初見の楽しみというものはどうしても半減してしまう。リアルネタバレ、とでも言うべきその仕組みを残念に思ったことは一度では済まない。だからこそ幼少以来初めて感じる“未知”とその光景に、恐怖もパニックも忘れて満面の笑みをほころばせていた。

(やばい、やばい、やばい!)

無意識のうちに写真を撮ろうと、ポケットに手を入れたところでふと違和感に気づく。

(あれ、スマホがないーー…いや寝てたままここに来たなら当然かな?)

着の身着のまま気づけばこんな場所にいたのだ。これでスマホだけ持っている方がなにかの作為を感じるというものだろう。ただ、改めて自分の状況をまじまじと見るとおかしなことに気づく。

(この服はなんだろう?)

自分の着ている服を見下ろすと、シンプルな襟付きの白シャツにハーフパンツ、デザインの少し古い革靴という格好をしていた。

(ハーフパンツなんて成人して以来買ったことはないし、そもそも寝る時にはこんなもの着ないよな?それにこの手、なんだか幼くないか…?)

そこまで考えて、とある可能性に気づく。まさか、まさかそんなはずはない。そうとは思いながらも、今目に写る"これ"は明らかにそうとしか思えない。ざわつく心を抑え込んで、慌てて湖へ駆け寄った。その湖は遠目からでも見てとれたように、恐ろしく透明度の高い水だった。

膝をつき、そのまま突っ込んでしまいそうな勢いで自分の顔を水面に映す。

(やっぱり、子どもの時の顔!!?)

映っていたのは間違いなく自分の顔だった。少し猫気の黒髪に、茶色い瞳。典型的な日本人…だったのだが、それは10歳程度の幼い自分の顔だった。

「訳がわからない…」

突如森に放り出されていた状況、ネットですら見たことのない程美しい湖、そして若返っている自分の姿。

(木が大きかったんじゃなくて、自分が縮んでたのか)

そりゃあ勘違いしても仕方ないだろう、と超常の現象を前にぼやく。

「本格的に、森から急いで出ないとまずいよね」

苦しくならない程度に湖の水を飲み、進んできた方向へ視線を向けた。

(現実じゃ考えられないことが立て続けに起こっている。であれば何がいてもおかしくないし、簡単に死んでもおかしくない。まして子供なんて格好の餌じゃないか)

小さくなった手を見つめて、決意を身体に刻み込むかのような力で強く握り込んだ。確かに怖い。それでもここには多分、見たことがないものが沢山ある。そう思うと、ワクワクする気持ちを抑えられなかった。数年ぶりに心が躍る気持ちを感じる。危機的な状況にあって尚、状況を楽しみ初めている自分に内心で呆れながらも行動を開始する。森の方角へ駆け出そうとして、ここでまた一つの違和感に気づいた。

(身体が軽いとかいうレベルじゃないぞこれ!?)

高揚した気分のまま地面を強く蹴った瞬間、数メートル単位で身体が跳ね上がったのだ。空中でなんとか体勢を整えながら着地、そのまま軽く駆け出した。

(速い、それにこんなに走ってもまだ疲れを感じない!)

サバイバルの知識がない自分にとって、これはせめてもの救いだった。

(この森がどのくらい広いのかは分からないけど、これならなんとか抜けられるかも知れない)

口元に笑みさえ浮かべて、彼は森を駆け抜けていった。

ようやく順調に事態が回りはじめたと言う手応えを感じながら。


・・・


(やっちまった…)

あれから3時間ほど経過しただろうか。ようやく本格的な疲れを感じ始めた頃になって、カツキはようやく進行速度を歩くペースに戻していた。

(湖の水をどうにか持ち運べる様にするか、周囲の状況が分かるまでは拠点の様なものを拵えるべきだったかも知れない…)

後悔先に立たずとはまさにこのことだと思う。あの時は何故か気分が高揚していたため冷静ではなかったのかも知れない。戻ると言う選択肢もあるにはあるが、既に数時間が経過している。いくら直進してきたとはいえ、整備されていない森の中では進路に木や岩が点在していた。つまり蛇行を繰り返していたため、自分がどれだけ正確に直進できていたのかまでは分からないのだ。

(とにかく、だ。日も傾いてきたし、そろそろ身を隠す場所を探さないとまずい気がする)

走っている最中にも、そこかしこで生き物が草を揺らす音や、群れを呼ぶような雄叫びなどが響き渡っていた。適当な場所で寝てしまっては、それが永遠の眠りになってしまう可能性は十分にありうる。

(道中目についた林檎っぽいものは採っておいたけど、、これを食べるのはいよいよとなってからかな)

カツキの手には瑞々しい黄色の木の実がいくつかあった。途中、網状に育った植物を見つけたためダメ元で採ってみたところ、十分な耐久性を持つことが分かったのだ。そのため、近場で実っていた黄色い果実を詰めてバックがわりに持ち歩いていたのである。

(この果物がどの程度の頻度で生えているのかも分からない、安全性も未検証。下手に口にできない以上、森を出るまでに口にするものは最低限にしたいしね)

幸い、運動量の割に空腹は感じていない。今日はこのまま眠ることができそうな程度には元気だった。しかし日が傾くにつれて、急速に闇が広がりつつある。日はまだ沈んでいないのだろうが、高い木が生い茂るこの空間においては頭上から光が届かない時点でかなりの暗さになっていた。目を覚ました直後はサラサラ、なんて清涼に感じられた森の声も、闇に呑まれつつある夜の森を前にするとザザザザ…と化け物の嘲笑のように感じられた。その他キキキキ、とかピィーといった何かの鳴き声も恐怖心を助長しており、そこまで意識してしまった段階でブルリと身体が震えた。

(想像以上に怖いかも知れない…)

せっかく落ち着いた足取りも、知らず早歩きになってゆく。

(洞窟は何かいそうだし、どうしたものかな)

身を隠す方法について記憶を漁るものも、妙案は浮かばない。多少の慣れが出てきたのかもしれない。キョロキョロと辺りを伺いながら早歩きをしていたためか、木の根につまづいて転んでしまった。

「っ!?」

そして不運は重なってゆく。転んだ先が斜面になっており、ごろごろと転がっていく身体を止めることができなかった。頭だけは必死に守りながら歯を食いしばって止まるのを待つ。

(、、、、、、!!)

断続的に身体に響く着地の衝撃と、顔に当たる植物のせいで声もまともにあげられず、目を瞑ったまま勢いに任せる。いよいよ恐怖心がピークに達するかと言う段階になって、唐突に速度が0になった。ーー木に激突するという、想像を絶する痛みを代償に。

「ゲホッ、ガハッ、、!」

呼吸もままならない状態で、目にいっぱいの涙を蓄える。

(やばい、しぬ、、)

身を起こすことも諦めて、仰向けに寝そべり呼吸を整えた。ようやく落ち着いたとひと心地ついたところで、激突した木の根元にちょうど子供が1人入れそうな隙間があることに気づく。どうやら奥には狭いなりの空間もあるらしい。

「不幸中の幸いだ…」

どちらにせよ身体が痛くてこれ以上動くのは辛い。今日はここで夜を明かそうと決めた。早速身体を潜り込ませるもののーー…すぐに飛び出る。

(じめじめしてるし、虫もいるよねこれ)

正直、ここで寝たいとは思わなかったが、それでもいよいよ日が沈みきったこの状況では歩き回ることすらままならない。はぁ、とひとつ溜息をついて、近場の枝葉を集めて簡単な寝床を作ることで我慢した。

(寝てしまえば何も感じない。寝てしまえば何も感じない…)

自分に言い聞かせるようにして硬く目を瞑る。慣れない環境、長時間の移動。自覚以上に疲れは蓄積していたようで、気づけば深い眠りについていた。


翌朝、湿気と虫を我慢した自分を褒める事になるとも知らずにーー。

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