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誰がために僕は希う。  作者: 蓮見いち
第1幕
16/16

015 それは些細な心の在り様

久々の投稿です。

 (ん…)

全身が暖かいものに包まれていくのを感じた。十中八九、ウィズの魔力が流し込まれているのだろう。今ではもうすっかり慣れたその感覚も、けれど負の意味を含むことはなく、不要だと切り棄てるにはあまりにも心地が良すぎる代物だった。他者から与えられる直接的な幸福感という何とも奇妙なその現象に、初めは反射的に拒絶のような反応を示していたのが嘘のようだ。

(あぁ、またウィズに迷惑をかけたな)

重たかった身体は徐々に軽くなり、どっぷりと闇に浸っていた意識が魔力の糸を手繰るようにして覚醒に向かっているのが分かる。

(せめて早く起きて安心させよう)


慣れつつある新たな常識の片鱗は、徐々にどうすべきかを感覚でもたらす。そうしてカツキは、自らも驚くほどあっさりとその意識を取り戻すのであったーー。


ーーーーーーー


「おはよう」

事前に意識だけははっきりしていたためだろう。余計な音を立てることもなく、すっと瞼を開いて覚醒した。にもかかわらず、視線の先にはこちらをしっかりと見つめ、穏やかに微笑むウィズの姿があった。どうやら辺りはまだ暗く、気を失ってからさほど時間は経っていないらしい。

「おはよう。ごめん、また迷惑をかけた」

「ううん。それは私も同じだから」

そうして顔を伏せる彼女はどこか気が重そうな雰囲気を醸していた。

「…おっさんとディディは?」

露骨に話題をそらすのもどうかとは思いながらも、とりあえず状況も分からないことは事実であり、順に確認をする事にする。

「パウルさんは他に敵がいないか確認してくれているの。ディディちゃんは看病に疲れちゃったみたい。今は寝ているわ」

くすりと笑って彼女が指差す方を見てみれば、気持ちよさそうに寝るディディの姿があった。

「あれだけ騒がしいことがあった後でよく寝られるな」

「ちょっと前にあれだけ怖い思いをしたんだもの。私たちが全員無事なら、不必要に知る必要もないじゃない」

「そうだよな、無事だったんだよな…」

守れた、とは口が裂けても言えない。先の襲撃の件は結果として誰1人欠けることなく事態を収束させることができた。しかしそれはパウルによるところが大きく、これが自分たちだけであれば一瞬で全滅していてもおかしくなかったことを考えると冗談にもならない。何より、僕には覚悟が足りなかった。命のやりとりをするということへの覚悟がーー。その甘さが彼女たちを危険に晒したのだ。僕はその事実を重く受け止めなければならない。今後は戦う手段を持たなければーー…気持ちは確かにそう思うのだが、しかし両手を眼前に持ってきて見れば、先の戦闘を思い出すだけで目に見えるほど震えていた。


(パウルと話をしなくちゃならない。だけど、僕はこんなにも殺しを拒否する性質だったのかーー…?)


正直、漫画やアニメの世界で敵に情けをかける主人公が好きではなかった。仲間が傷つけられ、場合によっては殺されて。それでも人は分かり合えるなどとキラキラした目で語る人間が気持ち悪いとさえ思っていた時期もある。対峙する相手を、内包する性質ではなく人というカタチだけで自らと同じ感覚を抱けると信じる姿はいっそ滑稽だとーー。


それは同時に、自分はいざとなれば人を殺せる程度には冷酷なのだろうという思い込みを醸成する機会でもあった。

ーーしかし実際はどうだ。確かに、自らの命を狙ってきたあの賊に武器を向け、対峙する程度の冷たさはあった。しかし結局はその意味を理解できていなかった。僕は構え、それで終わってしまったのだから。


であれば、これは善悪の観念によるブレーキではない。生理的な嫌悪感ーー言ってしまえば血の通うものに刃を立てることへの拒否反応だったのだと今になって思う。この両手の震えは、自覚ができていないというのはかくも恐ろしいものだったのかという自身への怖れの表れだ。そして当たり前の禁忌として刷り込まれた常識モノはこうも打ち壊すのが難しいものなのかと驚きを禁じ得なかった。


「ねぇ、カツキ君ーー…」


はっと気づけばウィズが僕の両手をまとめて包み込むようにして僕の顔を覗き込んでいた。その眉尻はこれでもかというほど垂れ下がっており、しかし心配というよりは柔らかく微笑もうと努めた表情は、そのまま彼女の配慮の深さを物語っている。何を言われるだろうか。心配やねぎらいの言葉だろうか。そんな考えが頭を高速で駆け巡るが、何にせよ自分の欠点についてしっかり伝えよう、そう思っていたのだがーー…。


「カツキ君は、これからも私…たちを守ってくれますか?」


「ーー。」

思わず固まってしまう。その問いかけはあまりにもこの状況にそぐわない。僕は君の目の前で失敗よりも酷い醜態を晒したというのに。この子はそれでも僕に助力を願うのか。彼女は一体何を求めているのだろう、そんなパニック状態では頭が回るはずもなく、当初の身構えていた自らの欠点についての話題を口走ってしまった。

「何を言って…、僕は、だって、殺しに来た相手にすら情けをかけるような欠陥品じゃないか」

「うん」

「それは君だって見ていたはずだ…っっ。気安く守ると豪語しておきながら、いざその状況になってみれば何もできない僕を。そんなクソ野郎になんでそんなお願いをするんだよ!!?自分の命が大事じゃないのか?それともバカにして焚き付けようとでもしているのか…っ!?」


懊悩、自責、劣等感。

短期間に、かつ連続的に降ってかかってきた負の感情により圧縮されていたものが、一息に疑念となって口から溢れ出す。それこそ培ってきた常識や理性によって無意識的に殺されていた想いは、その栓そのものが揺らいだことで一気に洪水を起こして止まらない。

「僕は大切でさえ仕方ないと扱うような、そんなーー…っっ!!」


「それは違うよ」


彼女は一瞬だけ厳しい眼差しでそう言ってからもう一度微笑んで振り向くと、何やら背中越しに作業を始めた。カチャリカチャリと金属製の道具が触れ合う音が響く。

「あのね、カツキ君はきっと、とても素敵な方々に育てられたんだなって感じるの」

その声音はひどく優しく、迷子の幼子に言い聞かせるようなゆったりとしたものであった。その一言一言が、ささくれた心にじわりと染み渡り、僕の中に生まれた穴という穴を埋めていく。

「ただ優しいとか、ただ強いとかそんなことじゃないんだ。悩んで、苦しんで、もがいて。でもそれでも他人のことを慮って“しまう”ような、そんな根っこの優しさを感じるの」

「…それは、どういう」

彼女はくすりと吐息をこぼした。

「ううん。なんでもない。出会ったばかりの私に分かったつもりのことを言われるなんて気分も良くないだろうし、これ以上は言わない。だからここからは私の気持ち」

「…」


「とりあえず、はい、どうぞ」

そうして渡されたのは一杯の水だった。しかしただ水を入れるには少し準備が大仰だ。

「これは?さっき何かしていたように見えたけど」

「今のカツキくんには嬉しいものだと思うよ。飲んでみて」

「…うん?」

彼女の出したものである以上、毒などではないのだろう。勧められるままに一口飲むことにする。

(!?)

その水を口に含んだ瞬間、想像以上の冷たさが喉にかけて抜けていくのが分かった。それは川の水などが持つ冷たさとは別の清涼感だ。次いで気管を通して鼻から抜けていくのは爽やかな香りだった。そう、つまりこれはー…。

「ミントだ」

「あれ、ミントは知ってるの?丁度そこの茂みで採れたから、簡単にミント水にしてみました」

「ありがとう。でもなんで僕が喜ぶって…?」

「え、だってカツキくん、げーってしてたじゃない」

「…ぁ」

それは賊との戦闘中の話だ。確かに僕は人を切る感触の生々しさに耐えることができず、盛大に胃を逆流させていたのだった。

「口の中、気持ち悪かったでしょう?ミント水はそういう時の定番だからね」

「ありがとう。起き抜けで忘れていたけど、本当に助かったよ」

「いいえ。あと、話しながらだから微々たるものになってしまうけれど…マナの補給もしちゃおうか」


彼女は服越しに僕の胸元へその指先を触れさせる。同時に、僕のオドに彼女のマナが入り込むのがわかる。直接触れているわけでもなく、いつものやり方でないからかその回復量はゆったりとしたものだったけれど。なぜかいつもより心地よいと感じるから不思議だ。

「助けてくれてありがとう。守ろうとしてくれてありがとう。それと、苦手なことをさせることになってしまってごめんなさい」

「ーー?」

思わず彼女の顔を見ようと首を上げれば、抱きしめられた状態であるから当然ではあるのだが至近距離で見つめ合うことになってしまった。いつもの彼女なら照れて離れていくものだが、しかし今日はその気配がない。それどころか、彼女の頬から僕の頬へ、ぽたりと雫が流れ落ちてくる。

「多分カツキ君は自覚していないんだよね。パウルさんの言っていたことも意味わからないっていう感じだったでしょう?」

なぜ彼女はこんな体勢で、しかも泣きながらその話をするのだろうか。僕の頭は次から次へと湧き上がる疑問符でいっぱいだ。

「カツキ君、パウルさんと打ち合いをしている時にね、パウルさんじゃなくて剣を見て剣に攻撃するように動いてた自覚はある?」

「いや、そんなこと…」

そこまで言いかけて口をつぐむ。

「でもね、パウルさんが真剣に持ち替えた途端、急に全力で斬りかかってた。まるで“何をしても受けてくれる”って信頼しているみたいに」

「…っ」

それを、側から見ていたウィズに指摘されてはいよいよ持って何も言い返せなくなる。そういうつもりではなかったにせよ、確かに僕は剣を持ち替えた彼に“傷つけられない”と感じていた。

「カツキ君。もし、もしもね、この先盗賊とかが襲って来た時は」

彼女はそこで一拍置いて、決定的な質問を投げかけてくる。


「その人たちを、斬れる?」


「で…ッ」

斬る、即ち殺せるか。できると返すのは簡単だった。だが他ならない僕自身が、絶対にできると言い切ることを躊躇うほどに確信をついた質問であった。言い淀んだその間が答えとなってしまう。

「森を出る前に、狩りをしたでしょう?その時も吐きそうな顔をしながら、頑張ってとどめをさしていたよね。不思議だったんだ。普通、カツキ君みたいな教養のある人が狩りの基礎も学ばないなんてことはない。かといって病弱そうな気配もないし、何よりこの世界は遅かれ早かれ血を見ることの方が当たり前なんだから」


「最初は優しいんだなって思ってた。でも、だんだん疑問を感じてもいたの。どんな育ち方をしたらこんなに余裕のある考え方をするようになるんだろう、ってーー…」

「余裕…?」

「うん。他人にも動物にも、相手はなんでもいいのだけれど。自分に対して襲いかかってくるものを傷つけることをを怖がるだなんて、弱者がしていい思考じゃないもの」

「…っ」

「でも圧倒的な実力があるわけでもないし、カツキくんの在り方はとても歪に見えるの」

言葉に詰まるとはまさにこのことだった。覚悟だのなんだのといったところで、僕に根付いた思考の根本は、肥料たっぷりのぬるま湯によって整えられたものであるということだ。全ての思考が“殺し=悪”の前提を元にしているからこそ、どこまで行っても“甘さ”が残るのだ。

「確かにそうかもしれない。でも、きっとこれはそう簡単に変えられるものじゃない」

いわば癖のようなものなのだろう。いざとなれば、傷つけるくらいのことはできると思う。そこまで理想論に浸れるほど子供ではないし、ウィズやディディが殺されそうになった時に敵を無傷で許せるほど善人ではないつもりだ。けれど、そもそも僕の抱える“甘さ”が彼女たちを危険に晒すことがあるのならば、確かに僕は剣を握ることに向いていないのだろう。

「うん、そうだよね。でもーー…」

「でも、それじゃあすぐに死んじゃうって?」

「ううん、違うよ。私はカツキ君にはそのままでいて欲しい」

「…へ?」

言っていることがわからない。彼女の論理はどこに向かおうとしているのだろうか。

「私、守られるならカツキ君がいい」

「いや、ごめん、それは男冥利に尽きる。けど、さっきまでの話だと僕は守りきれないって話になるよな??」

「そうだね。でも私は、カツキ君がカツキ君のままでいてくれて、なおかつ守ってくれるすごくすごく強い人になってほしいって思ってる」

可愛らしく、とんでもないお願いをしてくる少女に思わず顔を引き攣らせる。

「それで、私もカツキ君を守りたい」

「…ーーぁ」


彼女のありえないほどの無茶振りと、おそらく今の3倍努力しても届かないであろう、彼女の求める理想の自分に途方に暮れる暇もなく。平然と告げる彼女の一言に心が揺り動かされた。それはつまり、庇護されるのではなく“対等”でありたいという彼女の申し出なのだから。そして、その一言が僕の中の何かを溶かしていくのがわかる。

「もしね、斬るだとかそういった直接的な武器が苦手なら、剣にこだわる必要はないんじゃないかな」

確かに、ファンタジーで戦闘といえばなんとなく剣だろ!となるが、どうにもフィクションの常識に囚われているような気がしないでもない。自分に合った武器を探すと言うのも重要なのだろう。

「なるほど…。確かに、一理あるのかもな…」

ただ、パウルという期間限定の同行者から、剣を教わる機会が貴重であることもまた事実だ。それに彼は一つを使いこなせとも言っていた。もしかすると、初日で心折れたと判断されて、呆れられてしまう可能性さえ大いにあり得る。

(これは、一旦パウルに相談してみるのもありかもしれないな…)

別の意味で悩ましい事態に後頭部をかいて思案する。ただ、パウルが何を問題視していたのかが理解できた。そう、つまり“始まってすらいなかった”のだ。まさかウィズからその答えが出るとは思わなかったけれど。

「私も頑張るから」

ふんす、と意気込む彼女はもしかすると、とても良い観察眼を持っているのかもしれない。

「ありがとう。色々悩んでいたことがスッキリしたから、これからどうするか考えてみるよ」

「魔法も練習したかったら言ってね。マナの補給はいくらでも付き合うから」

そう、僕は魔法が使えない訳ではない。ただ文字通り命懸けであるだけでーー…。

「あぁ。とりあえず使える分だけは使うように習慣づけようと思う。もしかしたらそのうち、マナプールも増えていくかもしれないしな」

この身体はまだ幼い。だったら、成長期に合わせて基礎能力の向上だって考えられるのだ。今できることはやっておくべきだろう。

「うん。これからは毎晩マナをあげるね」

そういって満開の笑みを浮かべるウィズ。なんともまぁいいように転がされている気がしないでもないが、僕が彼女を守りたいのだ。だったらそれだけを考えて走り続ければいい。

「って、ごめん。そもそもカツキ君が寝る番なのに長話しちゃった」

「いや、おかげで思考がスッキリしたよ。まだ少し考え続ける必要はあると思うけど、多分前には進める」

「…そっか」

「あぁ。だから今日はもう寝るよ。おやすみ」

「うん、おやすみ」


ウィズが遠ざかり、再び静寂の時が訪れる。

気持ちはすっかり落ち着いて、耳には木々の擦れる音が感じられた。

かつてーーと言ってもまだ極最近のことだがーーこの葉擦れの音にさえ怖がっていた自分。けれど今はこうして穏やかなものとして甘受している。そう、例え気づけないほどにゆっくりなものだったとしても。

(変わってる、ちゃんと、変わってるんだ)


賊の正体、男の唱えた祈祷のような術のこと、手に取るべき適切な武器の形ーー…。

考えなくてはならないことは山ほどある。


(まずは一つずつ片付けていこう)


人知れず手を上げて、星を掴むようにして拳を握る。

「強くなる」ーー。

つぶやいたその誓いは、少しだけその形を変えようとしていたーー。

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