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誰がために僕は希う。  作者: 蓮見いち
第1幕
13/16

012 弱さの強さ

100,000字突破しました…!


「……!!」


「…ッ…ッ!!」


「カツキーー…ッッ!!」

「カツキ君ーー…っっ!!」


抗いがたい眠気の中で、そんな必死な2つの声を聞いた。

僕はそれを掴もうと、右手を伸ばしてーー…。


・・・


 遠い遠い意識の淀みのなかで、足に絡みついていた重たい闇の感触が、ここ数日ですっかり聴き馴染んだ声を知覚すると同時に、嘘のように霧散した。そんな今にも窒息しそうな意識の中で、必死に伸ばしていた右手は今、2人の存在によって支えられていた。1人は紫銀の髪に深く燃えるような紅玉の瞳を持つ少女ーー…ウィズだ。

「おはよう、カツキ君…っ」

最も、今は目にいっぱいの涙を蓄えており、澄んだ瞳は一層輝いて見える。久々にーーとはいっても体感で数時間程度だがーー見たウィズは相変わらずの可愛さと美しさをどちらも内包した成長途上の顔出ちだったが、ウィズは自身の泣き顔を隠したいのか、今は掴んだ僕の手をその顔に近づけてしまっており、もうよく見ることができない。

「くすぐったいよ」

ウィズはその細く華奢な両手のその親指を、何度も何度も僕の手の甲に滑らせるようにして動かしているのだ。まるで僕が生きている現実を確かめるみたいに、何度も、何度も。それがどうにもくすぐったいのだが、ウィズは掻き消えそうなほど小さな声で「うるさいよ…」と呟いたきり、何も言わなくなってしまった。これは好きにさせた方がいいだろうと思い、僕は右手をウィズに委ねることにした。だから、と言うわけではないが、珍しく何も喋らないもう1人に視線を向ける。

「ディディも看病してくれていたのか?」

そう、燃えるような深紅の髪に、輝く黄玉の瞳。手のひらサイズの小さな体躯に、何故か皺の目立つの2対4枚の翅ーー…。妖精族のはぐれ者で、僕の相棒ーーディディだ。突撃蜥蜴の突進に巻き込まれていなくなってから、必死に探したその姿は、特にこれと言った怪我の様子もないようで安心した。

「…悪い?」

彼女はウィズの握り込む両手の隙間から、ちょこんと申し訳程度に僕の右手に添えていたその小さな両手を離し、ゆっくりと僕の眼前に飛んできた。

「ううん。ありがとな」

ディディはどこか居心地が悪そうに顔を逸らして窓の方を向いたまま、両手を背中の方へ回していた。その仕草も、大人しさも、いつもの彼女とはかけ離れた雰囲気であり、若干戸惑ってしまう。

「ディディ」

「…」

呼びかけてみるも、今度は何も返事はしてくれない。その横顔からは、悲しそうな悔しそうな、そんな表情を見て取ることができた。

「ディディ」

彼女が今、何に悩んでいるかはまだ僕の想像の範疇でしか語ることができない。だが、普段見せるあの奔放さをこうまで抑え込んでしまっている様子は、見るに耐えないと思ってしまう。だからもう一度、いつもの姿を見せて欲しいと。そんな“僕の”願いを込めて、僕は僕のわがままに彼女を巻き込もうと、何度も彼女に呼びかけ続ける。

「ディーー…」

「なによ」

彼女は相変わらずそっぽを向いたままの姿勢だったが、3度目の呼びかけでようやくその視線をこっちに向けてくれた。しかし、今度は両腕を胸の前に組むような体勢となっており、少し“らしさ”を取り戻したように思う。もう一押しかな、と最後に一言かけることにした。

「ディディ」

「…ーーっ!だから、なによってーー…!!」

ついに小さな暴君は、隠れていた物陰からその顔をのぞかせてくれたようだった。いつものような調子で噛みつこうとして、まずいとばかりに語気を緩めていく。尻すぼみしていくその声を、僕はしめたとばかりに掴んで手繰り寄せることにした。


「また会えて嬉しいよ」

「…っ!?」

「無事でよかった」


僕は自分で想像していたよりもかなりの無茶をしていたようで、相変わらずまともに動けなかったが、なんとか手だけは動かせる。右手はウィズに占有されてしまっているから、今度は左手をゆっくりとディディの元へ。ただただ素直な気持ちだった。あのとき感じた絶望感は、もう二度と会えなくなるかもしれない現実は…。今までの人生では考えられないリアルな喪失の感覚だったのだから。

「ばっかじゃないの…?」

彼女はついに身体ごとこちらに振り向いて、ボロボロと泣きながら語気を荒げていく。そんな彼女を落ち着かせるように、人差し指で彼女の感触を確かめた。

「あんたが怪我をしたのはアタシのせいで…っ!!」

「うん」

「アタシがはぐれたのはアタシが何も出来なかったからで…ッッ!」

「うん」

「だから、だから…」

感情のままに泣き叫ぶディディの言葉を、真正面から受け止める。慰めも、励ましもしない。それはきっと、彼女のプライドを傷つけてしまうから。だから僕はディディをそっと左手で包み込んで、そのまま胸元に抱き寄せた。そうして手のひらで彼女を覆うようにすると、僕の胸にぐしゃぐしゃの顔を擦り付けながら、ディディは「ごめんなさい」と言ってついに泣き始めた。僕はそれを見て良かったと安堵する。溜め込んでそのままにされてしまえば、ディディがふらりとどこかへ消えてしまいそうだったからだ。そういう結末が、一番悲しいと思うからーー。


 それから10分くらい経って、ようやく2人とも落ち着いた。今はウィズに支えてもらいながら、僕も上半身を起こしている。正直、この状態からまともに歩けるようになるまでの過程を想像しただけでげんなりしてしまう。感じたことのない疲労感だった。しかしそういう理由があるにしても、やけにウィズの距離感を近く感じるのは気のせいだろうか。ちなみにディディは泣き疲れて今はすやすやと眠っている。起きた頃にはいつもの元気な姿を見せてくれることだろう。そんな穏やかな雰囲気が漂い始めたことで、僕もようやく落ち着いてきた。改めて周囲を見回せば、僕は小さな木製の部屋にいるようで、ベッドで横になっていたようだ。窓からは陽が差し込んでおり、その外側からはガヤガヤと喧騒が入り込んできていた。

(人…、まさか街か!!?)

この世界に来て、初めて感じる文明の気配にゆっくりと思考が追いついてきた。少なくとも僕の意識の中では、森→平原→部屋(new!!)となっており、そんな文明開化もびっくりの、あまりの環境の発展ぶりに何が起こったのか予測すらついていないのだ。

(それにーー…)

ディディが寝たことで自由になった左手で脚を確かめると、やはり抉れていた箇所がすっかり元通りになっていた。


この世界に回復魔法なんてものは存在しないのよ!

ーーそんなディディの声を思い出す。


僕はチラリとウィズを見やるが、彼女は穏やかに微笑みを返してくれるばかりだ。彼女以外にはこんな芸当はできないだろう。もしかすると、寝ている間のついでにマナの補給もしてくれていたのではないだろうか。

(こんなことができるなんて、ウィズの能力って一体ーー…)

今なら聞けるかもしれない。そんな予測はしかし、第三者の介入によって霧散させられることになってしまった。バンッ、と少し強めの音を響かせて扉が開け放たれる。

「よぉ、色男。ようやくお目覚めかい?」

僕たちが落ち着いたことを見計らっていたかのようなタイミングで、1人の男が扉を開けたのだ。この部屋に備え付けられた扉の高さではこの男には不十分だったようで、ややしゃがみ込むような形で部屋に入ってくる。その大きさは単純な高さだけによるものではない。鍛え上げられた肉体が、そのまま空気を圧迫してくるのだ。男が入ってきたと同時に、部屋の空気が重たくなった気がした。しかしその巨体に、刈り上げられた茶色い短髪と無精髭、そして浅黒い肌とくれば、嫌でも背筋は伸びると言うものだ。ごくりと一回、生唾を飲み込むんで、ついでウィズとディディをみる。そうしてようやく、僕は強がりの準備を整えた。

「えぇ、おかげさまで」

僕は震える声を必死に抑え込みながらにこりと微笑んでそう返答した。

「へぇ」

と男はつぶやいて、右手で顎下の無精髭を弄っている。理由はわからないが、男から感じていたプレッシャーが引いていく。何かされていたのかもしれない。

「坊主、お前さん何があったか覚えてるか?」

「…ウィズーーこの銀髪の子ですーーと別れて、突撃蜥蜴の予想進路に先回りしようとしていました。この妖精の子が突撃蜥蜴の突進に巻き込まれてしまったためです。ロープで罠を張り、強制的に転倒させる算段でした」

ウィズと顔を合わせながら、内容の齟齬を確かめるように話を進めてゆく。

「…途中までは順調に進んでいたのですが、平原にある大岩のところで、えらく素早い鳥に襲われてーー…」

そこで、と言いかけたところで踏みとどまる。

(怪我をしたことは言えない)

今はもう、僕の足に怪我など見当たらないのだ。怪我をした、なんて言えばどうやって治したんだと言う話になりかねない。下手なことは言わずに、でも嘘はつかずに慎重に話そうと決心する。

「…それで、鳴き声を頼りに避けて逃げました。なんとかあの鳥の縄張りの外に出ることができたようです」

ごまかせただろうか。時間にしても1,2秒程度の間だ。不自然ではないだろう。

「…ほー。そりゃ螺子燕ーー平原の殺戮者なんて呼ばれる上位の魔物だな」

男は魔物に詳しいのか、あの悪魔の名前を襲えてくれた。あの時は突然の事態に考える余裕もなかったが、今思い返しても肝が冷える相手だった。正直、もう2度と会いたくはない。幻肢痛のように、なんとなくえぐれていた箇所に手を持って行ってしまう。

「その時、僕はよほど必死に逃げていたのでしょう。気づけば罠を張ろうとしていた地点に到着していたのです。しかし予想以上に体力を消費していたようで、罠を張っている途中でーー…倒れてしまったようです」

そういえば、あの木にたどり着くまでの間に何かあったようなーー…。もやもやと霞がかった記憶に触れた気がしたが、やはりあのあたりのことはよく覚えていない。

「なるほどな、事情はわかったよ」

男は寄りかかっていた身体を起こし、少しこちらに近づいてきた。近くで見る程、やはり大きい。これではむこうがこちらを害しようとした瞬間、僕たちは蟻のように一方的み蹂躙されるだろう。そうなって仕舞えば、詰みだ。

「坊主、お前を助けたのは誰だと思う」

「貴方…ではないのですか?」

この状況を見れば十中八九、彼が助けてくれたことはわかる。ただし、僕は今起きたばかりでこの男の人となりを知らない。縛られることも、ウィズたちを人質に取られてもいないことから悪人ではないと思うがーー…ウィズの能力を知ってしまえば、何をされるか分からない以上警戒は解けない。つー、と汗が頬を流れる感触がした。正直、一刻も早くここから出たい。だが、身体は動かない。もどかしい状況だった。

「…」

男は片目を閉じ、相変わらず無精髭を弄りながら、僕を値踏みするような様子で黙っている。

「あの、カツキ君」

しかしそんな沈黙を破ったのはウィズだった。

「パウル様、私は彼を休ませたいのです。どうかそれ以上のお戯れは、ご容赦を…」

彼女は頭を下げて男に何かを頼み込んでいた。

「カツキ君、貴方は大怪我を負っていたわよね」

「っ!」

何を、と誤魔化そうとするがウィズはそのまま口を動かし、僕は口に指を添えらえれてそれ以上を言えなくなってしまった。ウィズは眉尻を下げて続ける。

「その貴方を見つけて、ここで治療してくれていたのが、彼。パウル様よ」

「嬢ちゃん、様は良してくれっていってるだろう?」

「いいえ、大恩あるお方に、不敬な真似はとてもできませんから」

彼女は凛とした受け答えで彼に接していた。やはり彼女は育ちがいいーー…ではなくて。

「そうだったんですね。助けていただき、本当にありがとうございます。立ち上がれない身体のためこのままでご容赦を」

僕は心底ホッとして、目の前の男に頭を下げた。すると、その頭にやたらと大きくて無骨な手が乗せられる。

「ったく、子どもが2人も揃ってこんなおっさん相手にかしこまってんじゃねぇよ。可愛くねぇ」

そう言ってわっしゃわっしゃと頭を撫でてきた。その大らかさに、なんとなく涙が出そうになるが、意地で堪えた。そんなスキンシップが落ち着いたタイミングで、ウィズは話を再開する。

「それでね、カツキ君。カツキ君はうわ言で私たちのことを助けてって、彼に頼んだんだって」

そんな記憶はないため僕はびっくりしたままパウルのことを見てしまう。彼は特に気にした風もなく、小指で耳を穿りながらニッと笑いかけてきた。

「お前さん、さっきの話でずっとその嬢ちゃんのこと庇ってたろ」

「っ!?」

僕は思わず身体を反応させてしまう。

「安心しな。お前さんは怪我なんかしていないーー…だろ?」

ん?と片目を閉じた状態で僕の返事を催促してきた。正直手のひらの上で転がされているようで癪だが、大人しく頷いておくことにした。

「僕としては、そこさえ担保されれば特に警戒する理由もありません。失礼しました」

「謝んなよ。俺はお前さんを気に入ったからこうして手を差し伸べたんだからよ」

はぁ?と気の抜けた返事をしてしまうが、ウィズは少し上機嫌そうだ。

「こうして話してみて改めて確信した。坊主と、そこの嬢ちゃん。お前さんたちは、賢い」

「あの、なんの話をーー…」

「まーぁまぁまぁ落ち着けって」

パウルはカラカラと豪快に笑い、続けた。

「死なせるには惜しいと思った。それにさっきまでの様子を見ていても思う。お前さんたちは仲間を思いやれる心を持ってる」

「「…」」

「そう言う人間はな、滅多にいねぇ。なんでかわかるか」

僕はなんとなく考えてみるが、価値観の違うこの世界で何を求められているのかをうまく予想できなかった。黙って話を聞くことにする。

「きっとーー…、きっと、遅かれ早かれ、みんな忘れてしまうからではないでしょうか」

ウィズはそんなふうに答える。彼女もきっと、今までの人生で特殊な価値観を育んできたのだろう。

「あぁ、いい答えだ」

男はどっかりと床に腰を下ろし、あぐらをかいて僕たちに向き直った。


「弱いからだ」


深く、力強く。パウルは一言、そう言い放った。その言葉には、彼の全てがこもっているように感じられた。言いようのない説得力があったのだ。

「弱い…」

「弱いから奪われる。弱いから失う。弱いから嫉妬する。この世のあらゆる人間同士の問題ってのはな、大体が本人の弱さに帰結する」

なるほど、と思った。同時に、彼が求める力の本質を垣間見た気がした。気づけば、僕は彼を信用できる人間だと感じ始めている。

「でもな、子どもは違う。子どもは弱さを学ぶ時期だ。身体、知恵…そう言う足りないものがあると知って、鍛えるものを選んで、ようやくこれから学ぶ時期だ。その弱さは必要なものだと俺は思ってる」

「…なるほど」


「坊主」


パウルはなんの脈絡もなく、僕に問いかけてきた。

「お前は、弱い。わかるか?」

森の中でのサバイバル。小鬼や盗賊、螺子燕との戦闘。

ーーこの世界に来てからというもの、自らの弱さしか感じていない。

「…いやと言うほど」

パウルはそんな俺を苦笑しながら見つめ、再びわしゃわしゃと頭を撫でてきた。

「それがわかっているなら、いい」

つまりパウルはこう言っているのだろう。


その弱さは悪ではない。学んで、活かして、考え続けろとーー。

「お前は嬢ちゃんを守れ。そんでもって、嬢ちゃんは坊主を守ってやれ。そうやって補い合って、ゆっくり強くなればいい」


パウルの言葉は、荒々しくも心に染みた。色々と思うところがあったのだ。その感情に引きずられるように、元いた世界でのことを思い返す。そういえば、良くも悪くも「個」の世界であったなと、そう今になって思うのだ。平和な世界。システム化された社会の仕組みーー…。1人では生きられないという当たり前の感覚が、知らず失われていく環境にいたように思うのだ。命を預けなければならない状況が日常的に起こりうるこの世界で、信用できる仲間が居ることの心強さはもう身に染みている。今回の件だってそうだ。ディディがいなくなったと思ったとき、言いようのない恐怖感が胸いっぱいに広がっていた。その後ウィズをおいて一人で行かなければならないという選択肢だって”僕が彼女をかかえられれば”取る必要のなかった選択肢かもしれないのだ。ウィズも、ディディも、僕のために泣いてくれるこの子たちを、僕は失いたくはないーー…と同時に、彼女たちであれば「頼る」ことがすんなりできると、自分の気持ちが素直なことに、気づいた。今まで過ごしてきたときには、無意識に取っていた人との距離感があったように思う。けれど、こうして自分の手を握り、少し硬くなった皮膚の感触を感じてふと考える。僕が夜な夜な剣を振っていた理由は何だったのだろうか、と。たしかに前衛が不足していると言った理由はあった。あったのだが…。


「理由なんて、後付けだよな」

「カツキ君ーー…?」


僕の呟きに、近くにいたウィズが反応し、心配そうに覗き込んでくる。僕はその純粋な瞳を見て、確信した。僕は、自分の手で彼女たちを守れるようになりたいと思ったから剣を振っていたのだと。自分の中に、すとんとはまり込んだその結論に、今までに感じたことのない清々しさを覚える。他人のために頑張るということが、自分のために繋がるこの関係は、なんだかとても居心地がいい。そしてそんな気持ちの整理がついたことで、次にやるべきことも自然と見えてくる。

「パウルさん」

「おぅ、なんだ?」

僕が声をかけるまでーー…つまり僕が頭の中を整理し終わるまで待ってくれていたパウルが、問いかけにはしっかりと応じてくれる。やっぱりこの人は、粗雑な雰囲気の割に色々と察しがいい。だからこそ、また一つパウルという男を信用できる気がしてきた。そんな男が、今僕に必要なものを持っている。ならばこれからやるべきことは、一つだけだ。


「僕に剣を教えて下さい」


僕は深々と頭を下げた。誠心誠意頼み込む。僕は直接この人の剣を見たことがあるわけではない。だが、この人に教わることが正解だと、なんとなく直感がするのだ。それをみて隣ではウィズも頭を下げてくれる。

「私からも、お願いします」

パウルはぼりぼりと後頭部を掻いて、「わかったよ、焚き付けたのも俺だしな」と返答を受けてくれた。

「「ありがとうございます…!!」」

僕たちはがばっと勢いよく顔を上げて、満面の笑みで笑い合う。そんな僕とウィズの様子を見てパウルはゆっくりと立ち上がると、纏う雰囲気を変え、凄むようにして続けた。

「ただし、条件が2つ」

「…はい」

僕もその雰囲気に逆らわず、真剣にパウルの話を聞く体勢を整える。

「まずはその身体を直すことは前提として、だ。1つ目、剣を教えるのは坊主、お前さんだけだ」

「…わかりました。ただ、一応理由は聞いてもいいでしょうか」

「言ったろ、補い合って強くなれって。単純だが、嬢ちゃんは後衛の動きを覚えろ」

「はいっ」

ウィズもその辺りは納得しているらしい。素直に返事をしていた。

「まぁ正直、俺は後衛の動きなんぞ感覚でしかわからん。変な癖をつけるつもりはない。だから、嬢ちゃんは戦闘訓練というよりは坊主を助ける手段を磨けばいいんじゃないかと考えている」

「助ける手段…」

「俯瞰した視点で戦況をみて支持を出す。モンスターの知識を蓄えて効率的に倒す。戦闘面じゃなくたって、何が食える、何が罠に使える…、そういうサポートだって旅には必要だ」

パウルの言うことはまさに僕が不足を感じていることばかりだった。人が死ぬのは、必ずしも敵が命を狙うシチュエーションだけではないのだから。

「そうですね、納得しました」

ウィズは元々知識が豊富だ。これで年齢がほぼ変わらないはずなのだから末恐ろしい。図らずも得意分野を伸ばす形となるのだから、いい采配だと僕も感じた。

「そして2つ目。お前達の旅に同行する形で、お前たちの面倒を見ることにする。これは絶対だ」

旅をしながらーー…?

「僕は構いません、がこれもなにか理由があるのでしょうか?」

ウィズが私も、と異論がない旨を伝えると、パウルは少し考える素振りを見せながら説明してくれた。(ちなみにディディはずっと寝ている。)

「詳細は追々、機会があればはなすかもしれないが…、故あって俺は同じ場所にとどまれないことがまず理由としてある」

私情ですまないがな、と彼はいうが、その言い方は少し苦々しい顔を浮かべながらの様子だった。

「それに、やはり実践に勝る経験はないという俺の考え方があるからだ」

ガハハ、と豪快に笑い、自らの太ももを盛大に叩くパウル。さっきまでの表情からの切り替わりが激しく、正直拍子抜けしてしまった。

「私達の旅の目的を考えれば、旅をしながら鍛えていただけるなら願ってもないです…!ありがとうございます」

たしかにそうだ。正直自覚もあまりないため、目の前のことに集中せざるを得ない中で完全に失念していたが、この度は僕の寿命問題を解決するための旅路なのだ。いたずらに一箇所で時間を消費してしまえば、どちらにせよ待っているのは死なのである。

「…そういえば、お前さんたちはどうして旅をしているのか聞いてもいいのか?」

再び真剣な様子に戻り、パウルは床に座り込んだ。

「実はーー…」

ウィズはかいつまんで、パウルに事情を説明しはじめる。


森で出会い、子鬼と盗賊に囲まれたことーー

カツキがマナ器官をもたないことーー

ディディの力を借りることで、カツキがオドを暴走させて窮地を乗り切ったことーー

代わりに魔力欠乏を起こし、命の危険な状態にあることーー

ウィズが魔力を補填することで、なんとか寿命を繋いでいることーー

そして、根本的な寿命問題の解決のために、魔法の専門家である西の魔女の噂に一縷の望みを掛けて旅を始めたことーー


一通りの説明が終わると、パウルは目を閉じ、腕を組んだ状態で静かに頷いていた。

「なるほど、な。お前らも色々とワケありというわけか…」

そりゃ子どもの癖に小狡くもなるか、なんて言いながら、彼は馬鹿にするでも疑うでもなくちゃんと話を聞いてくれている。やはりこの男は信用に値すると改めて感じさせる。普通、子どもの言い分など”子どもだから”で十分否定に値する根拠なのだ。それをこうまで真摯に聞かれてしまえば、拍子抜けもいいところである。

「というか、そっちの妖精チビはともかく、なんであんな辺鄙な森にいたんだよ」

今思いついたとばかりにぽろっとそんなことをこぼすパウル。お前さんたち、そんなに戦闘ができないのに普通あんな森にいるわけないだろ、と付け加えながら。


僕はウィズと顔を合わせ、いたずらっ子みたいな笑みを浮かべる。そしてわざとらしくにこにことした顔を作りながら、こう答えた。


「迷子だったから」

「誘拐されたから」


「はぁ…??」

パウルのそのあまりに間抜けな表情に、僕もウィズも大笑いしてしまった。あぁ、本当に久しぶりにこんなに気が抜けた気がする。そんな風に感じた。頼り切るわけじゃない。そんなつもりは毛頭ない。けれど、奇しくも仲間がバラバラになるという絶望的な状況を幸運によって脱した先で、奇跡的に頼れる人物の助力を得ることができたのだ。世間的にも、大人が一人いるというだけでーーましてこんな強面の偉丈夫がいるのならばーー人との交渉は随分と簡単になるものだ。なんにせよ、こうして、一時的にでもリラックスできる状況が今後確保しやすくなるのだから、精神的な疲労感は格段に軽減するだろう。そんなことを考えながら、やれやれと後頭部を掻くパウルの様子をみて、心のなかで感謝を述べた。

(ありがとうございます…)


そんな目まぐるしくも和やかな時間の中で、僕は小さな目標を一つ手に入れることができた。

(僕は強くなりたい。何があっても、仲間を守れるようにーー…!!)

パウルにも当然、目的があって旅をしているのだろう。つまりいつまで彼が一緒にいてくれるのかは分からない。だからこそ、一日一日を大切に、取りこぼしの無いように過ごそうと固く誓う。

「あ、最後にひとつだけいいか」

パウルは困ったように俺たちに”お願い”をした。

「敬語とかさんづけはやめてくれ」


俺はお前たちにそんな扱いをされるべき人間じゃねぇんだーー

そう呟いた彼の言葉は、どこか悲しげな雰囲気を孕んでいた。

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