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第8-8話 取り戻した平和

 

「Hey! フェドCaptain! もうすぐ到着デスよっ!」


「うん、今行くよ」


 艦橋から掛けられたフィルの声に、右手を上げて答える。


 ザザッ


 外洋を疾走する駆逐艦フレッチャー。

 空はどこまでも蒼く澄み渡り、波も穏やかだ。


 ……今から半年前、アルバン元オーベル帝国皇太子の暴挙をきっかけにレヴィン皇国沖で繰り広げられたアビスホール中心核の暴走事件は、イオニとセーラの捨て身の攻撃によりその幕を閉じた。


 ハイエルフの子供たちと残存帝国艦隊をレヴィン皇国の港に送り届けた僕たちは、レヴィン女王の全面協力も得てイオニ達の捜索を開始。


 だけど、3週間にわたる大捜索にもかかわらず、イオニ達の行方を掴むことは出来なかった。

 伊402の部品一つすら発見できなかったことから、元居た世界に存在そのものが戻ってしまったのかも、とレヴィン女王はおっしゃっていた。


 もし彼女たちが元の世界に戻ってしまったのなら、精霊としての身体は霊的に初期化され……仮に同じギフトがもう一度ボトムランドに落ちてきたとしても、その時には別の人格になっているだろう。


 最終的にそう結論付けられた皇立魔導研究所の調査結果を聞いて、失意に沈む僕。

 だけど、一つだけ良いことがあった。

 カイザーファーマとの契約を破棄し、一時的にレヴィン皇国の所属となっていたフィルが正式にジェント運輸に転属することになったのだ。


 イレーネ殿下は気落ちする僕を気遣ってくれたけれど、いつまでも落ち込んでいるわけにはいかない。


 僕とイレーネ殿下は駆逐艦フレッチャーに乗ってジェント王国への帰路についた。

 その途中でアビスホール領域の近くを通った僕たちは、魔の海領域が大幅に縮小していることを発見。


 中心核である暗黒球が以前に比べて小さくなったことも影響しているのかもしれない。

 世界中で発見されるギフトの数も少なくなったという事だ。


 ブリーダーとしては失職のピンチだけど、海上航路は活発となり世界で唯一の高速大型船を持つジェント運輸の業績はうなぎ上りだった。


「ふぅ……」


 モンスターと遭遇する確率が減ったので後部主砲を撤去したフレッチャーの後甲板には、うず高く荷物が積まれている。

 レイニー共和国に届ける希少鉱物である。


 そしてその後ろには……。


「相変わらず綺麗だなぁ……」


 翼を折り畳んだ緑の巨鳥。

 僕の手元にただ一機残された晴嵐弐号機である。


「よいしょっと」


 僕は機体によじ登ると、操縦席に身を沈める。

 セーラの操縦で大空を駆けた光景が脳裏によみがえってくる。


 セーラがいないため、弐号機はもう飛ばせない。

 だけど、コイツが消えていない事がセーラたちがどこかで生きている証のような気がして……。


 僕はたまに弐号機の操縦席に座るのだ。


 ちらりと視線を右にやると、真っ白な砂浜が見えてくる。

 そういえば、彼女達に初めて会ったのはあの砂浜だったっけ……わずか1年半ほど前の出来事なのに、遠い昔に感じてしまう。


「フェド……」


 いつまでも戻ってこない僕を心配してくれたのか、艦橋から降りてきたフィル。

 シュンと下がった眉が彼女の心情を表わしている。


 いけない、いけない。

 フィルに心配ばかり掛けるのは艦長失格である。


「っと、ごめん! もうすぐ到着だったよね」

「通信魔法で王国通関に連絡を……」



 ザザッ



「……えっ?」


 操縦席から降りようと身を乗り出した僕の耳に、僅かなノイズが届く。


「フェド、どうしたノ?」


 フィルの問いに答える余裕がない。

 なぜなら、そのノイズは操縦席の横に掛けられたヘッドセットから聞こえてきたからだ。


 ヘッドセットは”機械”なので、魔法で勝手に動作することは無い。


 もしかして……。


 僕は震える手でヘッドセットを頭に装着する。

 そこから聞こえてきたのは……。



『……むぎゅう! 狭いよセーラちゃん!』


『我慢しなさい! 零観は晴嵐に比べてちっちゃいんだから!

 そもそもあんたの荷物が多いのが悪いんでしょ!』


『あうう~! はやくフェドくんに伊402を修理して欲しいよ~』


『……ガメてきたのはガワだけだもんね。 あたしも早く晴嵐を飛ばしたいわ』



「……はは、はははっ」


 もう聞くことは無いと半ばあきらめていた、大事な大事なふたりの声。


『むっ……なんか向こうに光が見えるわ!

 イオニ! しっかり捕まってなさい!』


『ふ、ふえっ!?』


 イオニとセーラの声がよりはっきりと耳に届いた瞬間。



 カッ……!

 ドオオオオオオンッ!!



 激しい時空震が駆逐艦フレッチャーを揺らす。


 まばゆい光が消えたとき、そこに浮かんでいたのは。



「あいたたた……もう少し優しく降りてよセーラちゃん」


「ふん、なんかアンタの胸が一回り成長してるのが気に入らないけど……腹クッションも成長してるようね」


 ぷにっ!


「がび~ん! いきなり乙女の秘密暴露!?

 せっかくフェドくんと久しぶりに会えたのに~!」


 4枚の翼を持つ飛行機の操縦席の中でわちゃわちゃとじゃれ合うイオニとセーラ。

 その向こうには巨大な潜水艦が浮かんでいる。


「イオニ、セーラっ!」


 たまらず僕は駆け出した。


 ぱちゃん!


 フレッチャーの甲板から海に飛び降り、海上歩行の魔法で彼女たちが乗る飛行機の元へ。


「えへへ、ただいま! フェドくん!」


「久しぶりね、フェド。 会いたかったわ!」


 満面の笑みを浮かべるふたり。

 僕は二人に思いっきり抱きついて……歓喜の笑い声が穏やかな海の上に響くのだった。


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