第8-5話 暗黒球の暴走
「フェドくんっ……!」
たたたっ
だきっ!
「わぷっ!?」
全てのモンスターを倒したことを確認し、伊402の隣に停止したフレッチャーから伊402の甲板に降りた途端、僕に抱きついてくるイオニ。
いつも通りの柔らかさに安心する。
無事で本当に良かった。
「えへへ~、まだ数時間しか経ってないのになんか懐かしいかも~♪」
すりすりと甘えてくるイオニの頭を優しく撫でる。
「全く……抜け駆けするんじゃないわよ」
「はい、あたしの番だからアンタはこの子を抱いてなさい」
「ほ、ほえっ?」
「ふにっ……ふかふかのおねーちゃんだぁ」
ぷくっと頬を膨らませたセーラは、ハイエルフの少女をイオニに手渡すと僕の背中から抱きついてくる。
ぷにっ
おふぅ!
柔らかな感触と良い匂いがぁ!?
「え、なにこの子? 超かわいいんだけど」
僕のドキドキが天元突破しようとする中、イオニから掛けられた問いにセーラがなぜか頬を染める。
「あたしと……フェドの子」
「ぶはっ!?」
「うえええええええええっ!?
い、いつのまにいいいいっ!? 抜け駆けレベルじゃないよセーラちゃん!!」
「……んなわけないでしょ、冗談よ」
「セーラちゃ~~んっ!?!?」
セーラが放り込んできた特大の冗談に僕の頭はどうにかなりそうです。
「ふへへ、おもしろいひとたち~」
わいわいとじゃれ合う僕たちを見て、ハイエルフの少女はにへらっと笑う。
*** ***
「ふふっ……良い光景だな」
「……さて、私は己の責務を果たすとしよう」
イレーネは表情を引き締めると帝国艦隊の方を向き、通信魔法を発動させる。
右手にはフェドが集めてきた証拠とレヴィン女王のサインが入った告発状。
イレーネは告発状を胸の高さに掲げると、良く通る声で宣言する。
「オーベル帝国皇太子アルバン殿!
貴殿が主導した、国際条約で禁止されている違法な魔法装置の開発とレヴィン皇国人の拉致監禁についてだ」
「我々は決定的な証拠を押さえているし、レヴィン女王から正式な告発状も頂いている」
「今すぐ各ギフトの動力を停止し、我々の指示に従われることを望む!」
「……今回の暴挙は、魔の海の拡大を止め世界平和に貢献せんという使命感から行われたであろうことは理解している」
「私も弁護させて頂くゆえ、くれぐれも軽率な行いは……」
いくら傍若無人な面が大きくとも、アルバンもオーベル帝国の次期帝位継承者である。
世界の始祖国と言われるレヴィン女王からの告発状。
その意味を分からぬはずがない。
そう考えていたイレーネの言葉を、無遠慮な笑い声が遮った。
『ふっ……ふははははははっ!!』
『いやいや、失敬。 あまりに幼稚な告発だったのでね』
『イレーネ姫よ、いまさら正義ごっこかね?』
『決定的な証拠を押さえた? それで我々が止まるとでも?』
『おおかた、そのミカサとか言うバトルシップで我々を抑えられると踏んでるのだろうが』
「な、なにを……」
怯むどころか、より狂気を増してゆくアルバンの声。
得体のしれない圧力に、思わず後ずさるイレーネ。
『作戦は最終段階を迎えている……つまり、アビスホールの中心核である暗黒球は我々のコントロール下にあるという事だ』
『我々は好きなギフトを取り出すことが出来る……貴殿らを海の藻屑にした後、レヴィン女王を力で従わせることのできるレベルのギフトをなっ!!』
「!? いかんっ!
みんな、今すぐアルバンを……!」
『遅いわっ!!』
バシュン!
イレーネがイオニ達に指示を飛ばすよりも早く、キングアルバン1世号から小さな魔力球が撃ち出された。
ソイツが暗黒球に吸い込まれた瞬間……。
バチバチッ!
ズゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
強烈な時空震が周囲の空間全てを揺るがした。
*** ***
「わわっ!?」
「きゃあっ!?」
甲板は激しく揺さぶられ、とても立っていられない。
波の揺れとは異なる、周囲の物体全てを揺さぶる振動に本能的な恐怖を覚える。
「いったい何をした! アルバン!」
甲板に片膝をついたイレーネ殿下が、鋭い目つきでアルバンを見据える。
『くくくっ……紹介が遅くなってしまったが』
『魔の海にはびこるモンスター共を駆逐し……世界が我の前に膝まづく』
『刮目せよ! これが究極の”ギフト”だ!』
キングアルバン1世号の前甲板に降り立ったアルバンは、抑えきれぬ野望をむき出しにして両手を広げる。
『こほん。 君たちのギフトと比べて数世代の技術格差がある見込みです。
こちらの言う事に大人しく従った方が身の為ですよ』
キユーの安っぽい恫喝も耳に入らない。
暗黒球の正面に湧き出した暗雲を掻き分け、白い時空震のスパークをまき散らしながら巨大なギフトが出現しようとしている。
最初に見えたのはフレッチャー級に似たスラリとした艦首。
だがそのサイズは遥かに巨大で。
「うそ、でしょ……まさかあれは」
「アメちゃんの最新超ド級戦艦……」
「アイ……オワ?」
背後でイオニ達が呆然と呟いている。
やはり、彼女達の知っている艦のようだ。
ゆっくりと、しかし確実に巨大な艦体が見えてくる。
次に見えたのは見上げるほどの大きさの三連装砲塔。
「あれは50口径40.6㎝砲……資料で見たとおりじゃの」
確かミカさんの主砲は35.6㎝砲。
口径が5㎝違うと威力は数倍になるらしい。
あのギフトをアルバンに渡してはいけない。
そう思うのだけれど、アルバンの艦隊を包む防御魔法の壁はより輝きを増し、こちらの火器で貫けるかは分からない。
それに、向こうのフレッチャー級の中にはハイエルフの子供たちが囚われているのだ。
何もできないまま、最強のギフトがアルバンのモノになるのを見ているしかないのか?
勝利を確信したアルバンの高笑いが辺りに響く。
『ふはははははははっ!! 泣いて許しを請うなら、助けてやってもいいぞ?』
僕はちらりとイレーネ殿下を見る。
血がにじむほど唇をかむイレーネ殿下。
殿下が口を開こうとした瞬間、暗雲から生まれ落ちようとしていた戦艦アイオワの姿がわずかにブレた。
ブワン!
『はははははっ……なんだ?』
ビュオッ……キュボンッ!!
アルバン達は何が起きたか分からなかっただろう。
暗黒球の正面に浮かんでいた暗雲と戦艦の姿が、一瞬で暗黒球に取り込まれる。
同時に発生した突風が、アルバンとキユーの身体を宙に舞いあげ、暗黒球の中に吸いこんでしまった。
「くっ……! 全艦後進全速!!」
イオニ達の反応は素早かった。
一瞬で状況を把握すると、エンジンのギアをバックに切り替えた。
ズゴゴゴゴゴッ!
周囲のもの全てを飲み込み始めた暗黒球。
膨大な量の海水が竜巻となって吸い上げられていく。
「OK! 逃げ切れそうデスっ!」
反応が速かったことが幸いし、こちらの3隻は渦巻く海水の流れに逆らい、安全圏に後退していく。
だが、帝国艦隊はそうはいかない。
司令官であるアルバンが真っ先に吸い込まれてしまった事も影響したのか、逃げることが出来ず徐々に暗黒球に引き寄せられていく艦があるかと思えば、混乱して互いに衝突する艦もいる。
「いけない!! セーラ!」
あの艦の中にはハイエルフの子供たちが囚われたままだ!
その事を思い出した僕は、セーラに声を掛け伊402の格納庫に走る。
「!! 分かったわ!!」
「フェドくん!? セーラちゃん!?」
イオニが僕たちの様子を見て驚きの声を上げるが、説明している時間が惜しい!
バシュン!
僅か10秒後、大きなコンテナをぶら下げた晴嵐参号機がカタパルトから撃ち出される。
罪なき子供たちを救い出すために。




