第7-6話 女王とイレーネの秘策(前編)
「皇都の北側から大回りして湖に降りよう」
「こないだ出かけたレヴィンセントラルを目印にすればいいよ」
「ん……了解っ」
イレーネ殿下から承った特殊任務を開始してから30分後、皇都に残っているオーベル帝国関係者に目撃されないよう大回りでの飛行コースを取った僕たちは、最初の目的地であるレヴィン湖の近くまで飛んできていた。
「確か、女王陛下の離宮があるのよね……あ、あそこかしら」
湖の北側、入り江の奥にひっそりとたたずむ白亜の建物が見える。
皇国の象徴であるフェニックスの紋章が屋根に刻まれている。
「間違いなさそうだね。
殿下と女王陛下の間で話は付いてるそうだから、このままあそこに降りちゃおう」
「わかったわ!」
ざぶんっ!
セーラは晴嵐弐号機を鏡のような湖面に着水させる。
そのままゆっくりと水上を滑走し、離宮から湖面に突き出している展望台のような建物へ向かう。
「フェド様! セーラ様! ギフトはこちらにお泊めください」
数人の皇国軍兵士が、僕たちに向かって手を振る。
彼らの指示に従い、晴嵐弐号機を展望台の真下に停止させるセーラ。
「ジェント王国特使のおふたりですね、女王から話は聞いております」
ひときわ背の高い銀髪の兵士さんが僕たちに手を伸ばし、操縦席から引っ張り上げてくれる。
よくよく見れば近衛師団の団長さんだ。
この特殊任務が皇国の全面バックアップで行われているのがよく分かる。
「セイランは私共が隠しておきますので、おふたりは皇都へお急ぎを」
「目的地はレヴィン中央港にある一番奥のドックになります」
「現時刻より2時間後、出撃式典の終了に伴い警備の交代があります」
「10分間だけですが、警備に穴を空けますので、その隙に潜入してください。
ご武運を!!」
「ありがとうございます!」
「そちらも気を付けてくださいね!」
近衛師団長さんから詳細な情報を聞いた僕たちは、離宮から皇都へ向かう街道を走る。
「中央港までおよそ30㎞……急ぐわよフェド!」
「了解っ!!」
目立ってしまうので馬車は使えない。
自慢の脚力でダッシュするセーラに遅れないよう、僕も両脚に力を込めるのだった。
*** ***
「あそこがオーベル帝国のドックね……フェド、息が上がってるけど大丈夫?」
「ふぅ……ふぅ……う、うん、大丈夫だよ」
30㎞の全力ダッシュ。
強化魔法で補助したとはいえ、正直吐きそうだけどそこは男の子の意地である。
師団長さんから聞いた警備交代時間まであと5分。
僕たちはなんとか目的地であるオーベル帝国の施設近くまでたどり着いていた。
帝国に貸与されているドックにはフィルの艦体が浮かび、煙突から少し煙が出ていることから、エンジンに火が入っていることがわかる。
ドックに隣接する三角屋根の工場の入り口には2人の帝国兵士が警備に立っているようだ。
警備は手薄と言えるのだが……。
「あのふたり、相当な使い手だね」
ギフトを動かすのに大事なのはブリーダーの魔力であり、腕っぷしはあまり関係ない。
それだけに、アルバン皇太子は警備の兵士のうち一番の使い手をここに残したのだろう。
「あっ……来たわよ!」
手近な木箱に隠れて様子をうかがっていたセーラが戻ってくる。
レヴィン皇国近衛師団の兵士さんが警備の交代に来たようだ。
「……!……!」
「……!……!」
「なんか揉めてるわね……」
師団長さんの話では、帝国軍兵士と警備を交代する際に僕たちが潜入するための隙を作ってくれるという事だったが、帝国軍の兵士は警備の交代に難色を示しているみたいだ。
よほど大事な物があの工場の中にあるのか……。
「う~ん、流石に拳銃で脅すわけにはいかないわよね」
「かといって、格闘術で押さえるのは難しいか……」
ひたすら続く押し問答に、セーラもしびれを切らしてきたようだ。
ダミーとして残した晴嵐壱号機が飛んでいられるのはあと2時間ほど……セーラの焦りも仕方ないと言える。
ここは僕の奥の手を出す必要がありそうだ。
「任せてセーラ……ここは僕の魔法で」
「”ハイ・マスカレード”!」
ふわわん
僕がとっておきの魔法を唱えると、自分やセーラの姿がわずかにブレる。
「なに、これ?」
「フェドが目の前にいるのに何かいないみたいな?」
「潜入捜査などに使う偽装魔法だよ」
「周りの人間から道端の石ころのように気にされなくなるんだ」
「相手のレベルが高い場合は見破られる危険もあるけど……今なら」
ぐいっ
「ちょっ、フェド!?」
注意がそれている今がチャンス!
僕はセーラの手を引くと物陰から飛び出す。
「ごくっ……」
見つかるんじゃないかと息を飲むセーラだが、帝国軍の兵士二人は僕たちの動きを気にする事は無く。
「よしっ!」
僕たちはまんまと警備を突破すると、工場の入り口までやってきていた。
「当然鍵がかかっているけど……」
僕は腰に下げた道具袋から何の変哲もない針金を取り出すと、そこに魔力を込める。
シュイン!
ふにゃりと変形した針金を鍵穴にツッコむ。
魔法的ロックも併用されているけどこれくらいなら。
がちゃん!
ここまでわずか10秒。
熟練の開錠テクニックのお陰であっさりと扉が開いた。
「フェド……あんたの過去がいまさらながらに気になって来たけど、今はツッコまないでおくわね」
背後に立つセーラが微妙に引いてる気がするけど、男子には色々な事情がある物なのだ。
「ま、それはおいおい……流石に中に罠は無いと思うけど、慎重に行くよ」
「わかったわ」
僕はセーラに声を掛けると、工場の内部に足を踏み入れる。
*** ***
「なんか、普通ね……」
廃工場を転用したのか、だだっ広いが無機質な室内。
新型ギフトの部品と思わしき機械や、よく分からない魔導術式が書かれた資料などが転がっているけど、突如出現した大量のフレッチャー級の手掛かりになるようなものは見当たらない。
もしかしたらヤバい物は船に積んでいるのかも。
ここは外れか?
それでも一回りはしてみよう……そう思っていると、セーラが何かに気付いたようだ。
「あれ、この感じ……フィル?」
彼女はそう言うと、天井を見上げる。
この工場には屋根裏部屋のようなものがあるのかもしれない。
「セーラ、こっち!」
僕は室内を見渡し、天井に向かって伸びる梯子が壁に掛かっているのを発見する。
そういえば、この1週間フィルの姿を見ていない。
フィルの艦体は停泊したままだし、彼女が今回の遠征に参加していない可能性もある。
「もしかして……」
梯子を上った天井に、扉がある。
屋根裏部屋に通じると思わしき扉は、魔法鍵で厳重に封印されていた。
「これくらいなら……」
がちゃん!
ギギギギギ……
入り口と同じ要領で鍵を開けた僕は、金属製の扉をゆっくりと押し上げる。
「What? フェド……?」
5メートル四方ほどの羽根裏部屋でしょんぼりと椅子に座っていたのは、駆逐艦フレッチャーの精霊であるフィルだった。




