第3-3話 新しいギフトを受け取りに行こう(前編)
「ねえ、”シュノーケル”って、そんなに凄いものなの?」
艦の心臓部である発令所の隣……”士官室”と札が掛けられた偉い人用の部屋で、僕たちはソファーに寝転びながらくつろいでいた。
お気に入りの小説……”イオニ達の世界”から落ちてきた本で、伊402と同じく潜水艦が舞台となる大冒険物である……を読んでいた僕は、ふとに気なってイオニに尋ねる。
イレーネ社長が持ってきた”面白い話”……ジェント王国の友好国であるリベラ公国で、興味深いギフトが見つかったという。
何に使うか見当もつかないので、”こういうヤツに強い”僕にブリーディングの依頼が来たっていうわけ。
リベラ公国は物流のほとんどをジェント王国に委託しているため、トランスポーターギルドの規模は小さく……ブリーディング後は僕たちがそのギフトを使える事になっている。
代金代わりの魔導水晶の原石や海産物をたっぷり積み込んでの航海である。
北にあるリベラ公国へは島伝いに行くことができ、”魔の海”を通る時間はごく短くて済むため、比較的楽な遠征と言えた。
「凄いなんてもんじゃないよフェドくん!」
同じく艦内の本棚に常備されている”漫画”を読んでいたイオニが、食い気味に身体を乗り出してくる。
その拍子に、豊かな胸がぷるんと揺れた。
潜航中の艦内は暑いので、タンクトップにショートパンツという大変に魅力的な服装をした彼女だが、海の戦士たちの習性なのか、イオニもセーラもいまいち羞恥心というものを持ち合わせておらず……。
私室として割り当てられた艦長室で、僕は毎夜もんもんとしているのである。
「ソイツがあれば水中でもディーゼルエンジンを動かせるのっ……!」
「つまり?」
「水上航行より速く水中を突っ走れるってことだよ!」
「ふふふ……これで駆逐艦も怖くないっ」
凄さがいまいち分からないけど、水中でも時速30キロ以上で動けるとしたら……海棲モンスターと格闘戦ができるかもしれない。
……いやまあ、しないけど。
「しかもしかもっ! エンジンを回せるという事は水を作り放題という事で……何と潜航中でもシャワーが浴びれてしまうのだっ!」
ぐっ! と拳を握り力説するイオニ。
確かに、年頃の女の子には重要な事だと思うけど……。
「……お湯なんて、僕の魔法で作り放題だけどね」
「そう! そうなんだよフェドくん!!」
「水の一滴は血の一滴……例えば赤道直下の長期航海」
「お風呂に入るなんて夢のまた夢で……アルコールを含ませた布で身体を拭くのが精々……潜航中はトイレもあまり使えないから、艦内の空気は……(自主規制)」
「そんな苦労をあざ笑うかのように、魔法でいつでも温かいシャワーを浴び放題とか、先人たちに謝れっ!」
涙目でびしりと僕に指を突き付けるイオニ。
僕は無類のお風呂好きなので、一日2回のシャワーと入浴は欠かさない。
氷系と炎系の魔法を組み合わせれば一瞬でバスタブは満杯だ。
ということで、艦内に漂うのは (自主規制)な香りではなく、石鹸の匂い。
当然のごとく、イオニも楽しそうにお風呂に入っているのだけれど……。
過去の苦労を思い出すと、微妙に納得できない事らしい。
「……なにやってんのよアンタ達」
ガコン……士官室入り口の耐水扉を開け、セーラが室内に入ってくる。
お風呂に入っていたのか、Tシャツ一枚に生足ショートパンツという無防備な格好でペタペタとサンダルの音を響かせる。
……あの~二人とも、僕も一応男なんですが……男なんですがっ!
ただでさえいい香りが漂っていた士官室が更に華やかになる。
「とりあえずここ、アジー島までは浮上航行でいいのよね?」
「うん。 フェドくんの話では、”もんすたー”が出ない海域らしいから」
「明朝マルゴーマルマル (午前五時)までは直進でオッケー……交代で寝ようよ~!」
ううっ……ちらちらとのぞく彼女たちの肌を見て赤面する僕。
……お風呂上りにはアイスクリームだよね。
どこまでもあけっぴろげな彼女たちに報いるべく、僕は艦内の烹炊所へと向かうのだった。