死者を屠る者
俺は街中をただ歩いていた。まるで自分だけが取り残されたような気がして、本来はここに居ないんじゃないか、そんな気がして・・・。その時、急に後ろから布を被せられ車に連れ込まれた。布からは薬品の強い匂いがしてそのまま抵抗する間もなく気を失った。
「おい、起きろ」
そんな声と共に布がめくられ、眩い光が差し込んできた。見知らぬ部屋の中で椅子に拘束されている。それをガラス越しで見ている者達がいた。
「やぁ、初めまして。南方 冬夜君」
「ここはどこなんだ・・・あんたらは一体・・・」
「私達はゼウスという組織だよ。君が始末した通称アンデッドの処理係さ」
「アンデッド?・・・春奈のことか?」
まだ意識が朦朧としていてこいつらが何を言っているのかちゃんと頭に入ってこない。ゼウス?ふざけた名前しやがって、厨二病の子どもかっての。それに・・・アンデッド?専門用語ばっかりで何を言ってるのかさっぱりだ
「どうやら君には我々にはない特殊な能力を持っているようだ。アンデッドに有効な力、デリートと呼称しよう。その力は我々にとってとても素晴らしい力だ。今後は君にアンデッドの始末を頼みたい」
「は?何言ってんだお前・・・さっきから能力がなんだ神の名前がどうたらって・・・遊びに付き合ってる暇なんかないんだよ!こんな大掛かりな仕掛けまでして!」
「我々が嘘を言っていると?それは酷い誤解だ。これを見たまえ」
男が指を鳴らすと目の前の床が迫り出し、一枚の小さな黒いチップが出現した。
「それの名前はハデス。我々がアンデッド用に開発した試作品だ。君はそれを使ってアンデッドを始末してもらいたい。」
「話聞いてんのか、茶番に付き合ってる暇なんかーーー」
「君の御家族や仲の良い家族がどうなってもいいというのであれば無視してもらって構わないよ」
「・・・どういうことだよ」
「君をここに連れてきている時点で我々の力を少しは見せられたと思うのだがね?私が指示を下せば今すぐにでも君のご家族には土の中に眠ってもらうことになる。まぁ、そうしなくともアンデッドがそうするだろうがね」
「・・・俺を脅してるのか?」
「君は見たはずだ、アンデッドを。そして自らの手で始末したはずだ。君の代わりに我々が戦ってもいいのだが街の一つや二つ消えかねないのでね。現にもういくつかこの地図から消え失せている。君も覚えてすらいないだろう?君の街を火の海に変えてもいいと言うのであればそれはそれで結構なんだがね」
俺に選択肢はないってことかよ・・・やるしかない。
「・・・分かった、やればいいんだろ・・・」
「よろしい」
すると、椅子の拘束が解け、自由になった。
「そのチップを取りたまえ。そして、胸の中心に当てるんだ。もちろん、皮膚に直接付けるんだ」
指示された通りにやると、チップが皮膚にくい込んで同化していった。あまりの激痛に声が出ず、床で転げ回った。痛みが収まった頃に見てみるとチップは無くなっていた。
「どうやら成功したらしい。おめでとう。今日から君はアンデッドを屠る者となった。使い方も説明しよう。ハデスと名を呼びたまえ」
「・・・ハデス」
呼応するかのように胸を中心として全身を覆う鎧が装着された。
「次は武器の説明だ、イメージしたまえ。そうだな、鎌がいい、その容姿にピッタリだ」
文句のひとつも言いたいところだが、何も言わずに従う。・・・従うしかない。鎌をイメージすると、黒い霧のような物が形を成して鎌が出来上がった。それならこれも出来るはずだ。即座にイメージする。イメージしたのは拳銃だ。拳銃を片手に男の方へ向け、引き金を引く。しかし、何も起きない。
「残念だが、ハデスは我々の指揮下にある。我々を攻撃することは出来ない。残念だったね」
「・・・クソッ」
「では早速、君にはアンデッドを始末してもらう。アンデッドのいる場所まで飛ばすからそのままでいるんだ。では行くぞ?3、2、1、発射!」
その掛け声と共に俺は文字通り射出された。円を描くように飛ばされ、地面に激突する寸前に丸まって落ちた。
「痛・・・くない?」
どうやらこの鎧がダメージを吸収してくれたらしい。そんなことよりも自分が落下してきた場所を把握するのが先だ。辺りを見渡すとそこは墓地だった。既に何人か・・・いや、死体が歩いている。こんな場所で鎌なんか振れない。銃をイメージして二丁拳銃を手に取って狙う。だが、引き金が引けない。恐ろしいんだ、この人達もみんなの記憶から消されてしまうのではないかと・・・俺が殺すことで誰かの大切な人が消えてしまうのではないかと・・・でも、あいつらの言う通りこのまま放っておけば誰かが犠牲になる。手が震える。それでもと引き金を引く。弾丸はアンデッドの胸と肩に当たり、土塊になっていく。それを見たゼウスの者達は大喜びしていた。
「素晴らしい!我々がいくら切り刻んでも死ななかったアンデッドがこうもあっさりと・・・彼は素晴らしい才能を持っている」
「ーーークソックソックソッ!!」
胸糞が悪い、これで1人、みんなの記憶から消えてしまった。俺のせいで。それでもまだ残っている。やるしかない・・・。
「これが・・・毎日続くのか・・・」
絶望しながら俺は引き金を引いた。見たところ、これ以上の死体は居ない。終わった、そう安堵してハデスを解いた瞬間、全身に激痛が走った。
「ガハッーーーッッッ」
大量の血が口から零れる、視界が真っ赤に染まる。痛い、痛い痛い痛い痛い。そこで俺の意識は途絶えた。
「ふむ、やはり試作段階だと副作用が強いらしい。今すぐ彼を回収、回収後はポセイドンに収容せよ」
黒服の男達が一斉に動き出し、冬夜の回収へと向かう。
「さて、ここからどうするか・・・」
男は画面に映し出される冬夜を見ながらそう呟いた。