黄泉がえり
幼馴染が死んだ。酔っ払ったクソ野郎に轢かれて死んだ。その酔っ払ったクソ野郎も幼馴染を轢いた後、壁にぶつかって潰れて死んだ。20歳になったばかりだった。何も悪いことなんかしてないのに、まだ楽しいことがいっぱいあったのに、全部奪われて死んだ。
「南さんちのお子さんが轢かれて亡くなったそうよ」
「春奈ちゃんが?可哀想に・・・」
思ってもないことを口にするなクズどもが。タダ飯を食いに来ただけの親戚風情が。身内でもない癖に、何も知らない癖にヌケヌケと・・・まるで知ってるかのように喋るな。春奈が死んだと聞かされた時、俺はどうにかなってしまいそうだった。いつも俺を笑顔にしてくれた大切な人だった。まるで兄妹のようにいつも一緒だった、ずっとこれからも一緒だと思っていた。
「ねぇ、冬夜君。20歳になったら何がしたい?」
「そりゃお前、一緒に酒飲みたいだろ」
「えぇ、お酒ぇ?あんなの美味しくないよ」
「なんで分かるんだよ」
「だってパパとママが言ってたんだもん」
「実際に飲んでみねぇと分かんねぇだろ?」
「冬夜君、子ども舌だから止めといた方がいいんじゃない?」
「うるせぇ、そんときゃお前も道連れだ」
「はいはい、20歳になったらね」
・・・そんな約束もしてたっけ。遺体の損傷が激しく、春奈の両親以外誰も見ていない。春奈の両親が言うには顔以外はほとんど潰れてしまっていたそうだ。最後の別れなのに顔さえ見ることが出来ないなんて・・・そんなことって・・・。
「冬夜君、今日は春奈の為に来てくれてありがとうね」
「いえ・・・俺が来たかったんで・・・」
「本当だったら最後に春奈に会わせてあげたかったんだけど・・・きっとあんな姿を見られたくないだろうから・・・」
春奈の母親はそう言って泣き出してしまった。つられて泣きそうになるのをグッと堪えた。
「冬夜君、君も忙しいだろう?今日はもう帰ってもいいからーーー」
「いや、最後まで居ます。最後まで・・・」
それが俺があいつにしてやれる最後の恩返しだった。あいつが、春奈が俺にくれた優しさへの恩返し・・・。火葬が終わり、骨だけになったあいつを骨壷に入れて両親が持ってきた。
「冬夜君、最後に抱いてあげてくれる?」
そう言って春奈の母親が骨壷を渡してきた。俺は骨壷を受け取った。
「・・・熱いっすね・・・それに重い・・・」
「そんなこと言ったら私は重くないって怒られちゃうわよ?」
「そう、ですね・・・ごめんな、春奈」
俺は骨壷にそう言って、両親に返した。墓に入れる所まで俺はついて行った。その間ずっと見ていることしか出来なかった。そんな自分が不甲斐なくて・・・でもどうしようもなくて・・・情けなくて・・・涙が止まらなかった。それから数日が経ち、春奈の墓参りにやってきた。
「あいつ、喜ぶかな・・・」
春奈の好きなお菓子や果物を買って持ってきていた。流石にずっと置いとく訳には行かないから供えたあとは持って帰るようにしていた。・・・いつものルーティンだ。春奈の墓の前まで来て、誰かが立っていることに気付いた。髪の長い女性が立っていたからてっきり春奈の母親かと思ったが、それが違うことにすぐ気付いた。・・・春奈だ。あの姿は春奈そのものだった。でも、それは有り得ない。春奈は死んだんだ、俺はちゃんと骨壷だって抱いたんだ。心臓の鼓動が早くなる。ドクドクと音を立てて皮膚を強く叩く。
「春・・・奈?」
ゆっくり近付き話しかけるとそいつは振り向いた。・・・春奈だ、間違えるわけが無い。春奈だ、春奈が帰ってきた・・・俺は泣きそうになりながら走り寄っていく。そんな俺を春奈は・・・。
「ぐがっ!?・・・は、はる・・・な・・・」
俺の首を締めた。本当にアイツなのかと思うくらいの力で俺の首を締めつける。春奈の目は血走っていた。あの春奈からは考えられない程恐ろしい形相で俺を睨みつけている。
「殺してやる・・・パパもママも冬夜も!みんな!!」
おかしい、こいつは春奈じゃない!春奈の姿をした偽物だ!
「ぐっ・・・はな・・・せ、離せよ!!!!」
突き飛ばそうとして勢いよく押し倒してしまった。ゴツンという鈍い音が聞こえた。この春奈によく似た誰かが頭を打ったのだろう。手から力が抜け、解放された。咳き込みながらそいつに目をやると、土塊と骨だけになっていた。訳が分からない。意味が分からない。どうしていいか分からない。俺は一目散に走り出した。春奈の両親の家に。
「すいません!すいません!!」
「はいはい〜、どうしたの冬夜君!?そんな息を切らして・・・」
「すいません、あの・・・春奈が・・・いや、春奈に似た化物が・・・」
「冬夜君、落ち着いて。ゆっくり深呼吸して」
「・・・今日、春奈の墓参りに行ったんです。そしたら、春奈によく似た化物が俺に襲いかかってきて・・・それで、俺・・・」
「・・・ごめんなさい、冬夜君。春奈って誰?」
「・・・え?」
何かの聞き違いだろうか?今なんて言った?現実逃避でもしてるのか?
「いや、春奈ですよ、貴女の娘の・・・」
「うちに娘なんて居ないわよ?子どもは欲しいとは思ってるけど・・・」
「お、お父さんは!?お父さんはいますか!?」
「え?えぇ、いるけど・・・ねぇ!あなた!ちょっと来てくれる?」
部屋の奥から春奈の父親がやって来て、俺の顔を見て笑った。
「やぁ、冬夜君。一体どうしたんだい?そんなに焦ってーーー」
「春奈を覚えてますか!?」
「春奈?誰だいその子は」
「・・・失礼します!」
俺は急いで駆け出した。きっと2人は現実逃避しているに違いない。それは仕方のないことだ。母さんと父さんなら答えてくれるはずだ、きっと父さんと母さんならーーー
「誰だその子、冬夜の彼女か?」
・・・絶句した。父さんと母さんも春奈のことを知らないという。・・・他にも春奈のことを知っているであろう人達に聞いて回った。でも、みんなが口を揃えて言う。
「春奈?誰それ」
春奈の存在が消えた。みんなの中から。春奈だけが消えてしまった。でも、俺の携帯には春奈とのやりとりや電話の履歴が残ってる。みんなにも残ってた、それでもみんなが口々に知らないと言って消していった。みんなが知らない人の履歴が残っていると気味悪がっていた。嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!!!なんで、なんで俺だけが覚えてるんだ・・・。1人、絶望する冬夜を監視カメラで見ている者達がいた。
「彼はどうやら黄泉がえりに対して適性を持っているようだ。彼をここへ連れてきたまえ」
黒服の男達は男性の指示に従って冬夜の元へ向かった。
「まさか適性者が現れるとは・・・我々は運がいい」
男は不敵に微笑んだ。