あるセレティア至上主義者の思惑
シリーズ『置物聖女』の護衛騎士アレンの視点です。
セレティア様の世界に俺も混ざりたい。
彼女が望んで俺を欲しがる日を目指そう。
そう考えてから色々と準備をし、ようやく時が来て行動してみれば概ね好感触を得て第一段階は過ぎた。祈りの塔の世話人として勤めに来ていたアンジェラという、セレティア様と同じ年頃だったあの女とは短期間の接触で良い薬になった。
硬い殻を壊すには多少の衝撃は必要だったが、見た目ではセレティア様の様子にあまり変化はなかった。傷ついてしまわれるよりも、よっぽどマシではある。これで多少は外の世界を見てくれるようになったのだろうか。
自分という存在は他者からの評価から作られていくものでもある。今の俺だってセレティア様の護衛騎士であるから出来ている存在だ。俺の生きる指針の全てはセレティア様という他者によって決められているし、それ以外を受け入れたくないくらいに俺はセレティア様のいない世界で自分らしく生きることはできないだろう。セレティア様に同じものを求めているわけではないはずなのに、彼女を構築するものに俺だって混ざりたいという欲求は日毎増すばかりだ。
『セレティア様の幸せな暮らしに影響ありませんか』
王族の狗でもあるジュライがそんな問いをしてきたことがあった。あれはアンジェラの件を聞いてきた時だったか。狗らしく探りを入れてきたので、どうせ報告を聞くことになる飼い主へ牽制の意味も込めて教えてやることにした。
『セレティア様はきっと聖女の力を失わない』
国や教会はセレティア様の聖女としての力を計りかねている。平均7年程度しか勤められない聖女という職に、最年少の5歳でなってから16歳の現在まで勤め続け、衰えるどころか日増しに聖女の力が強くなるセレティア様は正に聖女の中の聖女様であり、初代聖女様に並ぶ逸材だろう。
そんな彼女を準成人の12歳までに囲い込めなかった権力者どもは、簡単に手が出せない国境の祈りの塔で一人祈りを捧げているセレティア様の聖女の力が失われるのをずっと恐れている。そんなことあるわけがないが、奴らはセレティア様の力しか見ず、彼女自身を見ないためにそんな杞憂をするのだから実に愚かでしかない。
セレティア様の聖女としてのお力は彼女自身の世界を守るための手段だ。だからセレティア様が望む限りこの世界の安寧は祈られる。いつか望まない日が来るのか。俺がそんなことをさせるわけがないし、セレティア様の線引きは明確だからその選択は来ないだろう。それを皆知らないし知ろうとしないから恐れている。
教会でも国でも上層部、権力者どもには全く不愉快なことが多い。セレティア様の護衛騎士として彼女の暮らしやすい環境を整えるために色々手をまわし作った繋がりの中で、出会ったのはマトモな人間よりも圧倒的に不快な奴らばかりだった。そのせいで俺は権力者どもを好きになれない。まあ、孤児の頃から気に食わなかったので元々ではあるがな。
そんな権力者の中で少しは認めているといってもいい一人がジュライの飼い主の王太子だ。アレにあったのは一度だけだが、正しく王の器である男だった。権力を誇示するような煌びやかな服装などしなくても、滲み出る雰囲気が上に立つ者のソレなのに、一切ひけらかすような態度などみせずに柔和な笑みを浮かべ丁寧な口調で話しかけてくる。
しかし、その内容は統率者の考えであり将来自らが国を背負って立つことを自覚している言葉ばかりだった。俺も一応所属していることになっている騎士団は国に忠誠を誓う騎士たちなので、将来はコレに傅く場もあるのだろうなと簡単にイメージすることができるくらいには王冠とマントが似合う男だった。まあ、俺は既に生涯をかけて尽くす相手は決めているので当てはまるつもりもないが。
そんな王太子だが、おそらく聖女に関する何かが王族には代々伝わっており、アレはそれらをきちんと把握しているのだろう。初代聖女様に並ぶ実力を持つまで時間の問題といわれる、聖女の中の聖女様であるセレティア様の扱いをまだ分かっているほうだった。
一度の話し合いの中で、最初から王太子が国の窓口にでもなっていれば防げていたであろう幾つもの問題を提示し、これからは王太子が教会の分も含めて管轄すると約束させたのは大きかった。対価として追加でジュライがセレティア様の護衛騎士となり俺だけがセレティア様の護衛騎士ではなくなったが、それでもセレティア様の暮らしやすい環境づくりに手間が掛からなくなったのは助かっている。その分、彼女を直接お世話することができるからな。
そんな訳で、時が来て第一段階が終わった後にジュライにも告げたが本格的に俺は動くようになり、事は第二段階へと進むことになった。まず、ジュライへは国境騎士団へ鍛錬に出かける回数や時間を減らすように話した。セレティア様の護衛騎士としては俺が上なので、そこはあっさりと了承されたが、どうやら狗としても飼い主から指示が出ていたようだ。鍛錬ばかりしているのであの飼い主は放し飼いをしているのかと思ったが、一応の指示は出していることを後で知った。まあ、知ったところでセレティア様に害がない限りは俺が関与することではない。
ジュライが鍛錬先として出かけていた国境騎士団は国の精鋭たちがいる組織であり、この国の国境維持には欠かせない存在だ。この国は王都の祈りの塔を中心として、聖女様たちの力が届く範囲を自分たちの国として守りその中で平和に暮らしている。そのため聖女様の力が薄くなる国境付近は危険が多く、そこの治安維持のために精鋭たちが集められているのだ。国の安寧は聖女様たちのお陰で保たれているので、中央に武力を注ぎ込むのではなく国境へと置かれているのがこの国の現状だ。
国境とは何か。実は何と境にしているのかを知る者は少ない。しかし、現在俺たちが暮らしている此処は何箇所かある国境の祈りの塔の一つであり、近くには国境騎士団の砦もある国境近くの地だと国民は認識している。俺も直接の国境を見た事はなく、その先を知らない。もしかしたら何かを知っているであろう王太子からその辺りの調査をジュライは任されているのかもしれないが、やはり俺には関係のない事だ。だがもしセレティア様が国境の先に興味を持たれるのならば、もちろん俺も共に行くのでそれを想定した準備はあった方がいいだろうと頭の片隅にメモは残してある。
さて、第二段階でやることはこうしてジュライを確保した後は二人で毎朝セレティア様へ朝食を運び、ひと時を過ごすようにするだけである。国境の祈りの塔でたった一人の聖女様として主人となったセレティア様だが専属の世話人を側に置いていないので、毎日の食事をするときは一階の食堂で済ませている。自分でできることは自分でやりたがる方だが料理はほとんど経験がないようで、日頃から居住区にあるキッチンには一通りの調理器具と食品を用意してあっても、湯を沸かすなどの簡単な利用形跡しか残っていないことが多い。
もちろん5歳の時から聖女として祈りの塔にいるのだし、そこに食堂があるのだから料理をする必要など全く無いのだが、普段自室で一人でいることを好むセレティア様が他人も集まる食堂で皆と同じように食事をしている姿は、食堂を利用するこの塔で暮らす他の者たちにとっては3年経った今でも珍事となっていた。毎回セレティア様に気付かれないように騒ぐ彼らの器用さには呆れ半分に感心するが、セレティア様専用の席と暗黙の了解でなっている窓際の席の周囲は、これまた誰も座ってはいけないことになっているため、いつも静寂は保たれている。
そこでセレティア様は慎ましく食事を済まされる。その時のお姿は俺にも読みきれない表情をしており、神聖な空気すらも感じてしまう。そんなセレティア様の食事風景も美しいが、俺は自分でもわかるセレティア様が見たかった。そんな俺の欲が第二段階の計画には多分に含まれている事は否定しない。
計画の第二段階を初めて実行した日は、朝からセレティア様の普段の表情が少し崩れて目を見開き驚いた表情だった。その愛らしいお顔が見れたことで、食事を貰う際にセレティア様が今後朝食を食堂で取らなくなることに対して一斉にブーイングされたことなど全くの些細な出来事となった。横でジュライもそのセレティア様の可愛らしい表情を見たことが腹立たしいが、この狗が第二段階では必要な薬なので次の鍛錬の時間に憂さを晴らすだけに留めた。
セレティア様の世界に俺も混ぜてもらうために、第一段階の薬として同じ年頃の女の価値観をぶつけた。結果セレティア様は少しだけ外の世界を体感されたようで、ご自身と外の世界の間を強くしたようだった。間を知れば自分という形ははっきりする。セレティア様はずっと自分と他者つまり内と外の境界は明確にあったが、そのことを意識していなかったはずだ。
意識するためには外の世界に触れて知って、これは自分とは違うと線引きする必要がある。第一段階で同じ年頃の考えを直に触れることは刺激的だっただろう。手応えはあった。セレティア様は外の世界に驚いてはいたが拒絶はしていなかったから。セレティア様が自分から飛び込むような事はないが、まずは外の世界というものを意識したということが重要なのだ。
第一段階では外の世界を意識させることができたので、第二段階は外の世界に慣らすことにした。俺という存在だけではセレティア様を外の世界へ目を向けさせるのに時間が掛かると考え、新しい刺激としてジュライを用意した。この狗は王都の祈りの塔の時から護衛騎士ではあったが、先のアンジェラの件でセレティア様にきちんと認識されていないことがわかったので次の薬に選んだ。
毎朝、食事を持って訪れる俺とジュライに、想定どおりセレティア様は順応していく。いつものように慎ましく食事をしている姿を見ても食堂の時より何を考えているのか分かるので嬉しくなる。セレティア様のお気持ちが知れて、もっと喜ばせたい俺はジュライと気安い会話をするようにもなった。ジュライも最初は緊張して狗のくせに猫のように固まっていたが、徐々にこの時間に慣れて打ち解けるようになっていったようで、すっかりキャンキャンと吠える狗になった。こっちは全く関心がないので計算にすら入れてなかったが、時々セレティア様が俺とジュライを眺めては砕けた雰囲気を醸すのでそれだけは誉めてやってもいい。
「アレンさんはこの後どうするつもりなんですか」
またジュライからの問いである。朝食をセレティア様の元へ届けるようになって3ヶ月が過ぎた頃だった。朝の鍛錬も気付けば毎日ジュライとするようになっていたが、ジュライは未だ俺から一本も取れない。良い動きも増えてはいるのだが俺だって簡単に取らせたくはないのでね。
木刀で打ち合っているところで口を開いて質問とはジュライも余裕があるようで、もっとキツめに当たってやろうかとも考えたが、それはひとまずやめて質問の経緯を思案する。毎朝の習慣にもなれた頃だからそろそろ俺が次に何かするのだろうと考え、それを俺に聞こうと思い付いたのは、狗自身なのかそれとも飼い主なのか。まあ、どちらでも構わなかった俺は適当に答えてやった。
「まだ暫くはこのままだ」
「どうしてですか?」
「俺はセレティア様本人については気が長いほうでな。大切に大切にしたいんだ」
「本音は?」
再度質問する駄犬に俺は端的に気持ちを伝えたが、目の前の狗はそれなりに整っている顔を顰めながらまた問いかけてきたので、今度は懇切丁寧に本心を告げてやる。孤児院の時から人気のある人好きな笑みまで浮かべるサービス付きだ。
「毎日朝からセレティア様が色々な表情を見せて反応してくれるのがすごく可愛らしくて嬉しいから、まだ暫くはこのまま堪能していたい」
「うわあ」
きちんと本当のことを口にしてやったのに相変わらずの態度をとる狗である。少し頭に来たのでジュライの腑抜けた振りの木刀を速度を変えて打ち返してやれば、狗は簡単に倒れた。地面に転がったまま息を整えているジュライを見下ろす。痛がってはいるがそれはいつものことなので特に気にしていないが、狗の口から出るセレティア様至上主義者が怖いなどという世迷言が耳に入り表情が固まってしまう。俺がセレティア様至上主義以外の何者でもない事は都度教えてやっているのに、毎度ブツブツ言っているこの狗はやはり駄犬だ。まあともかくこれで飼い主にも話は行くだろうから、別にそれでいいだろうと切り替える。
セレティア様のお姿をずっと見ていたいのは勿論だが、この計画は3ヶ月ではまだ万全ではないので続ける必要があった。聞いた事はないだろうか。人が習慣づけたい事を日常として過ごせるようになるには3ヶ月以上かかるらしい。日常として、むしろそれがないと違和感を感じるようになるまで3ヶ月以上続けること、俺はセレティア様に朝食を持っていきジュライと会話をしながら、それを楽しそうに見ているセレティア様をお側で見守りたい。それがセレティア様の日常になり、ないと違和感を感じるようにさせたい。そのために念には念を入れて半年は次の段階に進めないと決めていた。
セレティア様を大切に想っているからじっくりと慣らしたかった。だから第一段階のように短期ではなく、ゆっくりと時間を掛けているのだ。セレティア様の日常に違和感なく溶け込んでいくのが狙いなのだから焦ってはいけない。
「アレンさんはどんだけ長期戦狙ってるんですか」
「別に俺はセレティア様が聖女になられた時から護衛騎士として側にいたからな。もう最低限の日常は手に入れているんだ。あとはそこからセレティア様が動いてくれるのを、ただ待っているだけでいい」
「待っているだけでいいとか言ってグイグイ仕掛けているじゃないですか」
「まだ成人の18歳になられるまで2年ある」
そう、俺は既にセレティア様の日常になっている。俺が執事みたいなことをしていても当たり前であるとセレティア様は考えているはずだ。でもそれはセレティア様の世界に俺がいるわけではなかった。セレティア様の世界は一人で完結しているのを俺は間近で見守り続けていた。だからこそ自分の欲望に気づいたらダメだった。彼女の明確な線引きの内側に今度こそ俺は入りたい。セレティア様が成人になられる18歳までに達成すればいい。そのための計画を立てて確実に実行する。
「本当に聖女の力は無くならないんですかね」
「セレティア様の場合は大丈夫だろう。偉大なる初代聖女様に並ぶお方だ」
ジュライの言わんとしている事は理解する。聖女の力が失われやすいのは成人を過ぎた二十代前半だからだ。聖女という職業についていなくても多感とされる年頃なのだし色々考えてしまうのだろう。聖女の力は個人の資質、心持ちも大いに関係があるとされている。だからもしセレティア様の今の暮らしが変わったらお心も変化して、聖女の力を失ってしまうかもとジュライもその飼い主の王太子も考えているのだろう。
セレティア様自身もその辺りの事はよく考えているようだ。他の聖女様が力を失う原因や自分が他の聖女様と違って聖女の力が増えていくことも色々と検討しているみたいで、俺の予想ではお話しにならないだけでセレティア様は上層部が知りたい聖女の力の仕組みなどを理解しているはずだ。ご自身のその仮説に不安はないようなのでセレティア様は力を失ったりすることはないと俺も確信している。生涯現役だった初代聖女様という前例が存在するのだからあり得ないことではない。
「ところでお前は初代聖女様について飼い主から何か聞いたことはあるか?」
「んー、教会とは別に王族が代々管理している聖女様関連の資料があるとは聞いたことがあります。それらはアイツにとって興味深いものだったみたいで、当時の殿下は父上である国王陛下にセレティア様との付き合いを改めるように提案して自分でアレンさんと話し合いに行ったと聞きました」
殿下と会った事あるんですよね、とジュライが問うので俺は頷いて認めながら王太子の思惑を考えていた。初代聖女様は謎の多い人物だ。俺が調べた限りでは御伽噺のようなものばかりで実在するのか怪しい話ばかりだった。そんな初代聖女様が存在していたと信じるきっかけの書物は、王都の祈りの塔で懇意にしてくれた神官が特別に読ませてくれた、教会が歴代の聖女のことを記録した資料の第二巻だ。それは初めに初代聖女様の晩年が書かれており、彼女は祈りの塔の仕組みなどを後任に引き継いだ後、長年連れ添った伴侶に感謝の言葉を述べて永遠の眠りについたと書かれていた。
当時の俺が初代聖女様に伴侶がいたことを知り、セレティア様との関係を変えることができるのではないか、変えたいと今の計画を考え始めるきっかけになった書物だった。残念なことにもっと詳しく載っているでだろう第一巻は、俺に書物を見せてくれた神官でも読むことが出来ないらしい。王太子なら王族という立場上教会とはまた違う資料を持っているとは思っていたが、そこには一体何が書いてあるのか。
この国の成り立ちに王族と教会と初代聖女様が関わっていることは、国民の誰もが御伽噺として耳にしているが、実際歴史の資料として残されているものを目にした人間は少ないだろう。それを疑問に思うことなく国民は国の安寧を受け入れている。昔から国の上層部は何を隠しているのか。
セレティア様に話せばきっと面倒ごとの気配を感じて聞きたくなかったと嫌な顔をするんだろうなと、すぐその顔が浮かんでは心が温かくなる。とりあえず王太子の思惑は何であれ対処するべき時が来たら対処しようと切り替え、まずはこの駄犬を遠方の飼い主の代わりに注意してやることにした。一応は俺の後輩になるわけだしな。
「そういうことをベラベラ喋るからお前は本当駄犬なんだ。所構わず尻尾を振るんじゃない」
「アレンさんだって俺の先輩だから話してるだけですし、このくらい機密でもないでしょう」
「機密でないと判断するお前は公に出来ない王命で此処にいるはずだが」
「俺がセレティア様の護衛騎士になることは公になってますもん。聖女の力について探って報告することが公に出来ないことです」
「それは俺にも言ってはいけないことだと思うぞ」
注意した矢先で簡単に話してしまうこの狗を送り込んできて本当に良かったのかと飼い主に問いたくなるが、俺にとっては都合が良いこともあるので目を瞑ることにした。まあ王太子の目的の一つが聖女の力について調べることだったのは想定内だしな。セレティア様の力の仕組みがわかれば、もしかしたら他の聖女様も力を失わずにいられるかもしれないとでも考えているのだろう。
その辺りは上層部どもの永遠の課題になっているようだから、ジュライの報告は何でも貴重な資料になるのかもしれない。俺はジュライの報告書を読んだ事はないが、どうせ大したことは書かれていないと踏んでいる。叱られている様子もないので、あの優秀な飼い主は駄犬の報告書から色々と読めるんだろう、多分。その目の前の狗がニコリと笑って話しかけてくる。
「王太子殿下からはアレンさんになら話して良い、何なら色々と教えてもらってこいと許可が出ています」
「やはり権力者は嫌いだ。あの腹黒優男め」
この狗にあの飼い主ありなのか、普通なら秘すべき観察対象相手に教育係を押し付けてきやがった。協力体制を築きましょうとは言っていたがそこまで含まれているのは想定外だ。全く権力者どもの強欲さはどいつも変わらないのか。王太子の場合は此方が不利になるばかりでないのが余計に腹が立つ。普段の仮面の笑みなど忘れて盛大にしかめ面をしていると、そんな俺の顔が面白かったようでジュライはケラケラと笑っていた。
「やっぱり二人とも面白いな。あ、王太子殿下にも報告しておきますね」
「勝手にしろ。あとセレティア様のことを知ろうとするな減る」
「えー、俺の仕事ですから無理ですよ。これから俺だってグイグイ行くつもりですから。セレティア様もだいぶ打ち解けてくれたみたいで嬉しいですよね。俺の方が年上なのに、なんだか俺を見る目が優しくてめっちゃ懐きたくなるんですよね」
ジュライの正確な年齢など興味がないので忘れたが、確か出会った頃は成人の18歳辺りだったはずだ。確かにセレティア様より年齢は上だが、精神の年齢をいえばそうではないだろう。セレティア様は16歳とは思えないほど達観していらっしゃるからな。それは5歳だった俺が出会った頃から変わらない素晴らしいところの一つだ。
しかしそんな可愛らしいセレティア様に優しく見つめられているとかこの駄犬は何を言っているんだ。あくまでそれは動物を見る目であってジュライを見ている目ではないというのに。そうでないと俺が辛い。セレティア様に外の世界を知ってほしいが一番近くには俺が居たい。計画に必要な段階なのでジュライも共に居させているが、もういっそ消してしまおうか。
「よし、ジュライ木刀を持て。本物を見せてやる」
「ちょっ!殺気がダダ漏れですからやめてくださいって!!」
「このくらいの殺気でビビるなジュライ。それでもセレティア様の護衛騎士か?」
「いやいやいや、それを言うなら嫉妬で殺気がヤバいアレンさんだって!」
セレティア様の護衛騎士に相応しくないとでも続ける気なのか。そんなこと知ったことではないと俺はすっかり萎縮している不甲斐ない狗を見やる。躾は大切だからな、お前の飼い主にも頼まれたのだから致し方ない。
「俺はお前がよく言うセレティア様至上主義者だからな。不埒な輩を成敗する義務がある」
「そういう意味で言ったんじゃないですから!てか、セレティア様のことそんな目で見てるのアレンさんだけですって」
「よしよし、お前は自分で墓の穴を掘るのが上手だなぁ」
「それ誉めてないです」
細やかな抵抗なのか全然起き上がる気配のないジュライを木刀で突きながら誉めてやったのに、キャンキャン吠えながら嫌がる狗に分かりやすくため息をついてやる。しかし自分で言っておきながら考えてしまうが、俺の感情は不埒なのか。道理に外れた感情。護衛騎士がその対象を愛おしく思うのは外れているのか。
5歳の時から一人ぼっちの殻の中で世界の安寧を祈るセレティア様を、俺は誰よりも側で見守り続けた。初めから愛おしいと見守りたいと考えていたが、それはあくまで庇護欲からくるようなものだったはずだ。それが聖女が誰かを愛することと世界の安寧への祈りが両立できる可能性を知り、一人で生きるセレティア様に選ばれて愛されるのが俺であればいいと思う感情に気づいた。望まれたい。望まれるために行動しよう。それは道を外れていく事なのだろうか。
誰にとっての道か。俺が俺である意味はセレティア様がいるからだ。俺の道は全てセレティア様に向かっているのだから道を外れているはずもなく、ただ彼女の元へと歩んでいるだけではないか。
そう、セレティア様の世界に俺が立つ日はやってくる。そのための段階を一つずつ踏んでいき、彼女が行動する様に出来るだけ促してあとは待つだけになるよう、今はただ進むだけだ。ねえ、セレティア様。ご自身が決めて踏み出したはずの一歩が、長い年月を掛けて俺に用意されていた道にあったと知った時、貴女は俺を恨みますか。出来ることならば、仕方ないなと許して欲しいのです。最近貴女が見せてくれる様になったあの表情で許し、俺を隣に置いて欲しいと願うのです。そのためにも俺は時間を掛けて事を成すだけだ。ああ、それでも。
それでも、早く貴女の世界に俺も混ざりたい。
そう考える俺のセレティア様へと真っ直ぐと続く道の正しさは、俺だけが知っていればいい。