9.翌朝
柔らかい日差しがフィールの瞼をくすぐる。すわ、寝過ごしたか、見習いの仕事をせねばリーダーに叱られる!と、飛び起きたところでフィールは、昨日までとはまったく違う状況にいるのだということを思い出した。
「おはよう、フィール。よく眠れた?」
隣のベッドではやはり今起きたところのようなエリアが、寝間着姿でこちらに微笑んでいた。少しはだけた寝間着の首元からエリアの素肌が見えて、フィールは少し目のやり場に困る。
「う、うん……こんなによく眠れたのは何年ぶりかもわからないよ」
「冒険者として稼げば、明日からはずっとこんな風にいい生活ができるわ。それにはまず作戦会議ね」
エリアはそう言うとベッドから抜け出し、寝間着の上にそのまま服を羽織った。
「とりあえず浅いところからダンジョンに潜りましょう。それで雑魚モンスターを相手にしながら、どうやったら安全にフィールの力を使えるか考えるのがいいと思うわ。フィール一人でいきなり潜ってもらうのもちょっと考えたんだけど、それはまだ避けた方がよさそうね。例えば罠があって閉じ込められたりしても、フィールの能力じゃ脱出することはできないし。あと戦い続ければ勝てるのは間違いないんだけど、不意打ちを食らっても大丈夫なのかは要検証ね。何が能力の条件になっているのか慎重に見極めないと、思わぬところで危険に陥るわ。それから――」
「ちょ、ちょっと待ってよエリア。まずどうやって冒険者登録をするか考えないと。昨日も言ったように、僕は見習いの時点でクビになってるんだ」
「あ、そうだったわね。ここは完全見習制なの?」
完全見習制とは、登録されたパーティで見習い修行を終えた者にしか冒険者としての活動を認めない制度のことであり、主に経験不足の者が冒険で命を落とすことを防ぐために採用されている。フィールが見習いとして下働きをしなければならなかったのも、それ以外に冒険者として独り立ちする方法がこの街には存在しないからだった。
フィールは既にパーティを抜けてしまっているため、正式な制度に従えばまたどこかのパーティに所属し、見習い修行を終えたと認められる必要がある。パーティの義務として五年以上見習いをすれば、正式メンバーとして迎えるかを判断しなければならないというきまりがあるが、それまでは働かせ放題と題ということになる。フィールもこの決まりを悪用されて、五年間ただ働きに近いことをさせられたのだった。
「完全見習制だね、残念ながら……」
「そう……あたしも鑑定士だから冒険者としてのライセンス登録はしてないわ……まさか最前線に出る気になるとは思ってなかったから、街中での鑑定以外にろくに活動してこなかったんだけど、しくったわ」
町から町へと渡り歩く冒険者もおり、腕がよければ腕がよいほど難易度の高い仕事を探して、かえってそのような稼ぎ方をすることになる。完全見習制といっても、そういった冒険者に仕事をしてもらえないと大きな損失になることもあるため、複数の町で使える共通のライセンスというものがあった。しかしエリアの鑑定士は冒険者とはまた異なった仕事である。
だが彼女としてもフィールの力を見れば、彼に付き添って迷宮に入る方が効率のいい稼ぎができるのではないかという考えを持つに至ったということだろう。確かに希少なモンスターを効率よく発見することができる彼女の力と、どんな相手にも負けることがないフィールの力を合わせれば鬼に金棒だ。
「まぁ、作戦はこれから考えることにしましょう。とりあえず、ドラゴンの部位を売ってフィールはお金を手に入れるべきだと思うわ。一緒に素材屋に行きましょう」
「そうだね、せっかくだしついてきてもらってもいい?」
「もちろん、変な値切り方をしてきたらしっかりあたしが守ってあげるわ」