49.絶望と奇跡
「はぁっ……、はぁっ……、はぁっ……クソッ、あと十年若けりゃあ……」
レラーナの目の前で、ガルスががっくりと膝をつく。一人でアンデッドたちの猛攻を受け続けていた彼も、ついに限界がきたようだった。レラーナは腰の剣に手を当てる。アンデッドの攻撃を受けきるために必須のスキルを持っているがゆえ、温存されていた彼女だったが、もはや彼女以外に動ける者はいなかった。
「どいてくださいガルス!まだ私がいます!」
「ああ、だがもうさすがにダメだろ……助けはこねぇよ……」
これまでどんな苦境にも泣き言一つ言わなかったパーティリーダーの瞳が灰色に濁っている。それでもレラーナは腰から剣を抜くと、彼の前に立ってアンデッドの突進を受け止めた。骸骨の騎士が振り下ろす剣を自らの剣ではじき返す。ボス級の魔物の攻撃を受け止めてはじけるあたり、彼女もまたスキルだけしか使えないお客様ではなく、優秀な一人の冒険者であることの証明だった。
「いえ、リーダー、諦めないでください!必ず来ます、きっと助けは――!!」
――その、願いが。
まさに通じたのか、レラーナたちのいる部屋の、反対側の扉が開いたのはちょうどそのときだった。
「ここよ!!――って何このアンデッドの群れ!!みんなボス級じゃないの!!」
「くそっ、フィールお前だけ行ってこい!!」
「無理だよ二人を置いてなんて!こっちの部屋のゾンビも二人じゃ手に負えないでしょ!?」
辺りを埋め尽くすアンデッドの群れに紛れてよくわからないが、どうやら三人ほどのパーティらしい、だがせっかくの助けだというのに、その声を聴いたガルスは暗い顔をした。
「せっかく見つけてくれたみたいだが、聞いたこともねー声だな、上位のパーティじゃねぇ、ここまで助けに来るのは無理だよ」
「そんな……」
少しだけ花開いた希望の蕾があっという間に枯れ果ててしまう。だが、ガルスの言う通りそのパーティがアンデッドの群れをかき分けて、こちらに来てくれる様子はなかった。
ガルスは虚ろな目のまま、レラーナに語り掛ける。
「なあ、タイマン姫よ、これは提案なんだが、あんたのスキルをあいつらに使ってやらねぇか?ここまで来れたとはいえ、ここから帰る実力があるかも定かじゃねーパーティだが、あんたのスキルがあれば助けにはなるだろう。俺たちを助けに来たせいで、あいつらまで死ぬようなことがあっちゃ申し訳が立たねえ、そうは思わねぇか?」
その、完全に自分の生は諦めてしまったかのようなパーティリーダーの言葉を聞いて、いよいよレラーナの心の中にあったものも、ぽきんと折れてしまったようだった。アンデッドの攻撃を押し返す力が、尽きてしまいそうになる。弱弱しい声が、レラーナの口の端から漏れた。
「……仕方ありませんね、そうしましょう。……それはそれとして、わたしが嫌いなあだ名で呼んだの、覚えておきますからね」
「おうよ、あの世でいくらでも文句に付き合ってやらぁ」
「――ええ、覚悟していてくださいね」
前に似た会話をしたときのような空元気すらない、それでも二人とも、ちょっとだけ口の端に笑顔を浮かべた。それはこれまで第一線で戦ってきたパーティのメンバーとしての、ささやかな矜持だった。
そしてレラーナは自分たちを助けに来てくれたパーティに向かって声を張り上げる。
「そこの方!!どなたかは存じませんが、私たちはもうだめです!巻き添えになる前にお逃げください!私の名前は『深森のライチ』のレラーナ!どうか我々のことを知る人に最後まで勇敢に戦ったと伝えてください!」
自分で口に出して、改めてこれで本当に死ぬのだと恐ろしくなる。だが、レラーナは自らの誇りにかけてでもそれを表に出すことはしなかった。そして、彼女は自らのスキルを自分に使うのをやめ、代わって遠くにいる三人に対してかける。
「貴方達が少しでも安全に帰還できるように、私の力を最後に貴方達に使います!スキルの名は、『決闘者』、効果は、『複数の敵がいるとき、必ず一体一体、順番に襲って来るようになり、同時攻撃はされない』というもの!どうか、この力が貴方達の帰還を助けますように――」
その力のせいで『タイマン姫』などとありがたくもないあだ名をつけられたこともあったが、それでも冒険者としてずっと世話になってきたスキル。それを自らから外して名も知らぬパーティにかけなおすと同時に、四方八方からアンデッドが群がってくる。
もはやこれまで、とレラーナは覚悟を決めて――
――そして、奇跡が起きた。




