4.『辛勝』
フィールは混乱していた。
「うわああああああああああっ!!?!??!!??」
痛みはある。血も少し出ている。だが木の幹ほどもある巨大なドラゴンの指と、それについている鋭利な包丁のような爪がフィールの腕を攻撃したにしては、そのダメージは驚くほどに小さかった。
まるで普通の人間に殴られたかのような、そんな感覚。視覚的に観測した現実と、実際の感覚がかみ合わない。とにかくフィールの腕はドラゴンの初撃をかろうじてはじいていた。
ぐるるるるるるるるるるるるるるるるぅ?????????
ドラゴンの方も、不思議そうな顔をして自らの手に視線を落とす。ネズミのように小さい獲物のはずなのに、なぜまだ生きているのだ?と言いたそうな様子だった。それでももう一度攻撃すれば殺せると踏んだのか、ドラゴンは再び逆の手をフィールの頭に振り下ろす。咄嗟にフィールは両の腕を交差させて頭の上に置いた。
「うわわわわわわわわっ!!!!!」
強い衝撃が頭上から伝わり、膝にとてつもない重みが走る――しかし、そこまでだった。車輪に踏みつぶされた蛙のようなことには、フィールはならずなぜかドラゴンの体重を乗せた叩きを受け止められていた。
「いったい……何が……」
そのまま押しつぶしてくるドラゴン重みは確かに辛い。だがそれだけで耐えられている。虫の頭を押しつぶしたはずなのに、なぜか押し戻されるような奇妙さ。フィールは何が起こっているのか理解できなかった。しかし、さらに信じられないことが起こる。
「えいっ!!」
ドラゴンの腕を受け止める自らの両腕に力を込めて押すようにすると、なんとドラゴンの腕をはじくことができた。ドラゴンは腕を押し返され、一歩バランスを崩してよろめく。
がるるるるるるるるるるるるるるるるるるうううううっっ!!!!!!!!!
ドラゴンは苛立ったように唸った。相手にするまでもない小動物のはずなのに、なぜオレをここまで手こずらせる?そう言いたげな目で、ドラゴンはフィールをねめつける。
「僕が、ドラゴンと戦えてる……?」
信じられない、という気持ちで呟くフィールに、ようやく少し冷静さを取り戻したエリアの声が聞こえてきた。
「そ、そうよ、フィール。あなたが持っているのは、私もこれまで見たことのないスキル、『辛勝』。その効果は――任意の相手に対して、辛うじて勝つことができるというもの。実質的には、無敵のチートスキルよ」
「しん、しょう……?」
そんな力のことなんて聞いたことがない。だけど、スライムにすら苦戦する自分が、ドラゴンと戦えているという事実をうまく説明できるものはなかった。
「来るわ!殴ってみて!」
誇り高き竜の血にかけて、意地でもフィールを殺さねばとでも思ったのか、ドラゴンは三度フィールの頭に腕を振り下ろす。それに対して、フィールはカウンターを打つかのように拳を合わせた。
――衝撃
フィールはよろめき、尻餅をつく。しかし、尻餅をついたのはフィールだけではなかった。
ぐがああああああああああああああああああぁぁぁっっ???????????????
困惑したかのような唸り声を上げて、ドラゴンもまた尻餅をついていた。どしんという衝撃音が辺りに響き渡り、土煙がもうもうと立ち込める。巨大な竜が尻餅をついて狐につままれたような顔をしているのは、どこか滑稽ですらあった。エリアの感嘆が聞こえる。
「すごい……」
そしてそれを成し遂げたのが自分であるということに、フィールはまだ理解が追い付いていなかった。しかし、太古の昔に刻み込まれた本能は、今や、恐怖、から闘争へと変化しようといていた。フィールは一歩、ドラゴンへと足を踏み込む。
フィールの反撃が始まった。