36.刺身
一層上がり、ガンギュウたちがいる階層へと戻る。ここならば、フィールが対応できる速さでしかモンスターはやってこないので、さっきのようなことは起こらない。ようやく回復してきたエリアがふぅと息を吐く。
「やれやれ……さっきはひどい目に遭ったわ」
「エリア、大丈夫?もう苦しくない?」
「ちょっとまだ痛いけど……だいぶ良くなったわね」
エリアはそう言って、ややぎこちないながらも笑顔を作った。
「ま、それじゃああたしにあんなことをした不届き物は食べてしまいましょう」
「これ、食べられるの?」
フィールは手に持ったソラノサカナを掲げて言う。大きさはフィールの手首からひじくらいまであるが、とにかく軽い。まるで空気を掴んでいるような気分になり、こんなものが食べられるのかと不安になった。もっとも、これくらい軽くなければエリアの怪我もこんなものでは済まなかっただろうが……
「ソラノサカナは空を飛ぶために、やたらめったら体を軽くしてっからなぁ、火を通したら綿みたいにじゅっと燃えちまうぞ」
バルイもフィールに同意する。しかしエリアは、それににやりといたずらっぽく笑って答えた。
「だれが焼き魚にするって言ったのよ、刺身よ、刺身」
「刺身……?」
「刺身ィ!?」
その言葉を初めて聞いたフィールと、すでに知っていたようなバルイで反応が分かれる。
「刺身っつたらあれじゃねーか、魚を生のままで食べるっつー、ヤベェ料理。東の海のあたりに住んでる奴らが食べてる……」
「そうよ、このソラノサカナも、刺身にして食べればおいしい、と『鑑定』に出てるわ」
「いやでも火を通さずにそんなもん食ったら腹壊すだろ……」
バルイは過熱しない調理という概念に抵抗があるらしく、嫌そうな顔をした。
「でもバルイ、エリアがいればダメかどうかも『鑑定』してくれるから、大丈夫じゃないかなぁ。トロメの肉だって食べられたじゃない」
「いや、まぁそうだけど、あんときは一応火を通してっからな……」
バルイにとっては、腐りやすいことで有名なトロメの肉を食べられてもなお、刺身を食べることには抵抗があるようだった。
「もう、それならあたしだけでも食べちゃうわよ。フィール、ここで捌いちゃうから、ガンギュウがやってきたら対応よろしくね」
「わかった。あ、僕も刺身にチャレンジしてみるよ」
「おめぇらマジかよ……脳みそトロットロのトロメになっちまったんじゃねぇか……?」
そういうことで、ガンギュウがうろつく横に陣取り、エリアはソラノサカナを捌きだした。適当な岩の上に布を敷いてまな板代わりにし、器用にナイフを使ってソラノサカナを切り分けていく。非常に透明度が高く、向こう側が透けているような刺身が何切れもできていった。フィールはその手際の良さに感嘆しながら、時々やってくるガンギュウを倒し、金をしっかり回収しておく。一時間もしないうちに、ソラノサカナの盛り合わせが完成した。
「フィール、できたわよ。食べましょう」
「うん、わかった」
ちょうど迫ってきたガンギュウをまた一頭やっつけて、しばらく新しいガンギュウが来ることはなさそうだと確認してから、フィールはエリアの横に座る。
「ちゃんと『鑑定』しているから安心してね」
「うん、それじゃあ、いただきます」
羽のように軽い刺身を一切れつまむと、口の中に放り込む。ほのかな甘みと、魚のうまみが口全体に広がった。
「おお、これはなかなか……」
「ね?おいしいでしょ?」
「うん!でも何かもう一つ、これにつけて食べるものがあってもいい気がするかも……」
「刺身が食べられている地域では醤油やワサビっていう独特のソースやスパイスがあったりもするわね」
「それも一緒に試してみたいなぁ……」
そんな風に話しながら、ぱくぱくと刺身を食べていく二人を、バルイはちらちらと横目で見ていた。
「バルイ、食べないの?なくなっちゃうよ?」
「お、俺は別にンなもん食べなくても……」
ぐうううううううううううううっ
言い終わる前に、バルイの腹が大きく鳴って、三人は思わず顔を見合わせ、噴き出した。
ひとしきり笑ったあと、バルイがやれやれと肩をすくめる。
「それじゃあ、俺もいただだくとするよ、俺たちの鑑定士様の腕はよく知ってるからな」




