3.ドラゴン
ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
生命として刻み込まれた本能にフィールの恐怖というスイッチを全力で押させるような、そのおどろおどろしい咆哮が聞こえた方角に彼が目をやると、水平線のかなたから、飛んでくる一つの影が見えた。
「うそ、だろ……」
その正体を察した時、フィールの口からは思わずそんな声がこぼれてしまった。こんなに治安のいい街道で、現れるなど聞いたことがない。それでも確かに、その羽の生えた蜥蜴のようなシルエットは、フィールに一つの種を想起させた。
「ド、ドラゴン……」
話にしか聞いたことのないそのモンスターは、米粒くらいの大きさからあっという間にフィールの視界を多い尽くすほどに大きくなると、二人の目の前にどしんと着地した。逃げようかと考える意味も失われるほどにその速度は速く、その体躯は大きい。
フィールは突然現れたドラゴンにあっけにとられ思考を奪われていたが、エリアの方は更に恐怖で思考を上書きされていた。フィールの隣でガタガタと震えだすと、これまた耳をつんざくような悲鳴を上げる。
「い、い、いやあああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!!!!!」
さっきまで、優しい姉のようにフィールに接していたエリアは見る影もなく、今は突然現れたドラゴンに心底おびえきって、それは幼子よりも弱弱しく見えた。フィールはとっさに、エリアの前に立ちドラゴンから彼女を守ろうとした。今のエリアは絶対にそうしなければならない、と思えるほどにおびえ、錯乱していた。ドラゴンに対して何か心の傷があるのかもしれないが、今はそのことを考えている余裕はない。
ドラゴンはぐるる……とうなって二人をじっと睨んでいる。知性が高く友好的な種もいるが、どうやら目の前にいるドラゴンはそうではないらしい。大きさとしては二階建ての家くらいで、ドラゴンとしては小型な方だったが、フィール達にとって楽観できるような要素は何もなかった。
(どうしよう、せめて、エリアだけでも逃がすことが出来れば……)
スライムにも苦戦する自分が、とても勝てるような相手ではない。咄嗟にそんなことを考えるフィールの耳に聞こえてきたのは、エリアのか細い声だった。
「フィ、イル、おねっ、がいっ、たた、かって……あなっ、たは……」
蚊の鳴くようなエリアの声。
「やれやれ、結局僕は搾取されるのか」
自嘲するようにフィールは呟く。とはいえ、エリアに対して悪い感情があるわけではない。彼女は本気でおびえていた。自らの汚い利益のことしか考えないベルルたちとは違う。だから、彼女を守ることは構わなかった。それでもそんな皮肉が飛び出てしまったのは、あまりにもあっけなく、そしてなんら報われることなく終わってしまう自らの運命へのささやかな呪い。
「ちがうのっ、そうじゃ――だって、あなたは……」
エリアには悪い言い方だったかとは思う。だが、もう訂正する間もなくドラゴンの爪が迫り、フィールの体を木っ端微塵に――
切り裂かなかった。