15.バルイ
ぶわしゃっ!と水を被せられたバルイは思わず叫ぶ。
「なにしやがるんでいっ!!!!」
「あら、それはあたしの連れの台詞よ。それよりも酔いは覚めたかしら」
すました顔のエリアにそう言われると、かけられた水の効果もありバルイも少し冷静になったようで、ばつの悪そうな顔をした。
「んなぁっ、俺は……別に……」
バルイの力が抜けるのを感じ、フィールも徐々にバルイを抑える力を緩める。そこにマスターもようやく声をかけた。
「まぁ、そのくらいで落ち着いてくれよバルイさん。これ以上されちゃ俺も考えなきゃならん」
「……悪かったよ、マスター。さっきも言ったかもしれんが、パーティメンバーに逃げられてな」
「ま、人生そんなときもあるさ。落ち込むのは仕方ないから、ほかに迷惑をかけないようにしてくれや」
マスターに諭されて、バルイはすっかり小さくなってしまった。フィールはとりあえず安心したものの、また変な絡まれ方をされてはかなわないと思い、エリアと店を出ようとする。しかしエリアは、何か思いついたような顔をしてにやりと笑うと、バルイにぐっと顔を近づけた。
「バルイさん、あたしもちょっと手荒な真似をして申し訳なかったわ。お詫びにここは奢らせてちょうだい」
「え、あ、まあ、そう言ってくれんなら……」
バルイはいきなりのエリアの申し出に面食らう。徐々にエリアのペースになってきた。
「パーティメンバーに出て行かれちゃったんですって?そりゃあ機嫌も悪くなるわよね?ってことは、あなたパーティリーダーだったの?」
「あ、ああ……『牛鍋のセロリ』って名前のパーティでな、俺が確かにリーダーをやってたんだが、俺が手塩にかけて育てた奴らがみな独立するって出て行きやがったんだ」
「まあ!それは随分恩知らずな話ね……」
見習い期間を終えたあとで正式にパーティメンバーに採用された冒険者は、分け前をもらえるなど待遇が改善される一方で、五年間はほかのパーティに所属することはできなくなる。これはパーティ側が見習いを育て損にならないようにするための仕組みである。逆に言えば、所属が五年を超えた冒険者は、自らの裁量でより待遇のよいパーティに所属したり、独立してパーティを運営したりすることもできるということだった。
「まったくだよ!これでパーティは俺一人になっちまった。大仕事もできなくなるし今から見習いを育てるのも、もう嫌だ。廃業しかねぇよおおおおおおおおおおおんおんおん!!!!!」
まだ酒が残っていたのか、バルイは大声で泣きだしてしまった。それを見ていたマスターが肩をすくめるが、特にトラブルを起こしているわけではないので今度は何も言わない。
そんなバルイの肩に、エリアは優しく手を置いた。
「ねえバルイ、ちょっと提案があるんだけど……」
「なんだよお嬢ちゃん!?」
「あたしとフィールを、あなたのパーティに入れてくれない?それで、すぐに見習い期間を卒業させてもらえると、ありがたいんだけど」
「なっ!?エリア!?」
さっきまで喧嘩みたいなことをしていた相手のパーティに入る、そんなの大丈夫なのかとフィールは心配になって思わず叫ぶ、バルイはバルイで胡散臭そうにエリアの方を見た。
「手っ取り早く冒険者の資格が欲しいのか?考えたな嬢ちゃん、だがそんなことをして、俺に何のメリットがある?」
「お金を払うわ。パーティ再建のために必要でしょう?」
そう言いながら、エリアは数枚の金貨をバルイにちらりと見せた。
「それに……あたしとしてはあなたのパーティに所属し続けてもいいと思ってるんだけど……まあこの口約束は、裏切られたばっかりのあなたに信じろっていう方が無理だろうから信じなくてもいいわ。ビジネスライクにいきましょう」
エリアにそう言われて、バルイはしばしば考えこむ。
「だがなぁ……実力も定かでない奴を見習い卒業させたとあっちゃ、今はしのげても後々何があるか……?」
「酔ったあなたと喧嘩して負けなかったのは実力としては不十分?」
「うーん……」
腕を組み、しばらく考え込んだあとで、バルイは一つ大きく頷いた。
「とりあえず前金をもらおうか。で、まずは見習い登録をしておめぇらの力量を見せてもらおう。本当に冒険者として問題ないようなら、そのまま卒業手続きしてやるよ。だけど明らかにダメだったらそこまでだ。それでどうだ?証人はそこのマスターってことで」
「急に部外者を巻き込むんじゃないよ」
マスターは苦笑いしながらそう言った。
「だが条件はいいんじゃないか?万が一バルイが嘘をついても、見習いを自分から辞めてまた別のパーティリーダーを探すこともできるし――」
そう言いながら、マスターはフィールの方を見る。
「自分から辞めることもせず、騙され続けていた人はもういないみたいだしな」
「マスター、やっぱりあのパーティの裏を知ってたんだ……」
「ああ、だが悪く思うなよ?あんな奴らでもお得意さんだ。憐れな見習いに正体を教えて、お得意さんをなくすような義理はない。それにどうやらうまいこと再出発できたみたいじゃねーか」
そう言って笑うマスターに、改めて、冒険者の町は油断がならないことをフィールは心に刻み込んだのだった。




