6.マリンが旅立ちます
マリンが学校を卒業してから二日後、大樹のダンジョンに向け出発する日がきました。
私は仕事があるのでマリンの一人旅です。
今は仕事を抜け出して馬車乗り場に来ています。
「ねぇ、ピピちゃんは来てくれないのかな?」
「今はみんな忙しいでしょうからね。本当に一人で大丈夫ですか?」
「うん……。でも今日マッシュ村で泊まるのが少しこわいかも……」
「じゃあマッシュ村までいっしょに行きましょうか? 明日は一人で行ってもらわないといけないですけど」
「いや、大丈夫! お姉ちゃんはしっかり仕事してきて!」
さすがに心配です。
マリンはまだ十二歳ですからね。
「明日もしマルセールに着くのが遅くなったらそこで宿に泊まるんですよ? 大樹のダンジョンまでの道は魔物が出ないとはいえ暗くてこわいですからね?」
「うん! あっ、もう出発しそう!」
馬車の御者さんが点呼を始めました。
「お姉ちゃん……もしだけどさ、十日間よりももう少しいたいと思っちゃったらどうしたらいい?」
マリンは四月から錬金術専門学校に通うことが決まってます。
入学式までに帰ってくるにはあちらに十日間しかいられないんです。
「師匠に怒られますよ? それにマリンだけじゃなくロイス君も師匠に怒られます」
「そうだよね……」
「でも私は帰ってきたくなるまでいてもいいと思いますよ」
「えっ!? そうなの!?」
「はい。実際私がそうでしたからね。学校に行くだけが人生じゃないんです。ダンジョンではマリンより一つ上の子たちも働いてますし。あそこでは色んな経験ができるはずです。年齢関係なくみんな仲良しですからきっと楽しいですよ」
「……お姉ちゃんは帰ってきたくなかったの?」
「いえ、帰りたくなったから帰ってきたんです。どうしてもマリンと師匠に会いたくなったからですよ。修行のためというのもありましたが、今はずっとここにいたいと思ってますし。もちろんマリンと師匠といっしょにです」
「お姉ちゃん……。でもそれじゃお兄ちゃんとの約束はどうなるの? 魔法付与を習得してもう一度ダンジョンに行くんじゃなかったの?」
「約束したわけじゃありませんからそれはまた別の話です。今回のマリンのように長いお休みがあったときにたまに遊びに行く程度で構わないんですよ。だから魔法付与の進捗具合は内緒にしておいてくださいね」
「……わかった。もし帰りたくなくてもお姉ちゃんと師匠のこと思い出して絶対に帰ってくるから安心して」
「そうですか。そうしてくれると私は嬉しいです。それにもしロイス君が大掛かりなことを考えてるとしたらすぐに帰りたくなるはずですからね、ふふっ」
「え……魔力の枯渇には気をつけるね……」
「はい。ほら、だいぶお待たせしてますよ?」
「あっ! すみません! じゃあ行ってくるね!」
御者さんも馬車に乗ってる人も嫌な顔一つせず待っててくれたようです。
こんな小さな女の子に怒る人なんて誰もいませんからね。
……行ってしまいましたか。
マリンには帰ってきたくなるまでいてもいいとは言いましたが本当は帰ってきてほしいです。
だって寂しいですもん。
九か月も帰らなかった私が言えたことではないですけどね……。
だからもしマリンが帰ってこなくても私が師匠の傍にずっといようと思います。
寂しい気持ちになったので冒険者ギルドまではゆっくり歩いてきました。
ふぅ、ここからは仕事です。
「あっ! カトレア! やっぱりダンジョン周辺の魔瘴が濃くなってきたみたい」
モニカちゃんも初日の緊張はどこへいったのかすっかり馴染んでいます。
「やはりですか。さすがに三日間も続けて二百人以上が入ればそうなりますよね」
魔王には自分の魔力を溜めるのと同時にダンジョン周辺の魔瘴を濃くする狙いもあったようです。
マルセールの報告書には書いてなかったので半分は疑ってたんですけどね。
それよりもこの状態が続くとマズいです。
「魔物も出現し始めてますよね?」
「あぁ。中に入らず外で戦う冒険者も出てきたようだ」
いったいどこまで魔瘴は拡がるんでしょうか?
大樹のマナは森全体まで拡がってますからそれを考えるとかなりの範囲になりそうです。
「浄化は可能なんでしょうか?」
「錬金術師ギルドにいる魔道士には声かけてるわ。ほかにも冒険者を引退した魔道士とかにもね」
さすが仕事が早いです。
それなら安心ですね。
もちろん浄化をしないですむのが一番いいんですけど。
「戻ったわ~。カトレア~、チーズ蒸しパンとコーヒーお願い」
師匠は冒険者ギルド長といっしょにお城へ行ってました。
だからマリンのお見送りには行けなかったんです。
「はい、どうぞ」
「うん、ありがとう」
「ねぇカトレア、私も久しぶりにチーズ蒸しパン食べたい……」
「はい…………どうぞ」
そういえばモニカちゃんは私が作るチーズ蒸しパンをたまに食べてくれてましたっけ。
「……昔よりさらに美味しくなってるよ! もしかしてクロワッサンも!?」
ふふっ、当然です。
どちらかというとクロワッサンのほうが得意です。
私自身はどちらもしばらく食べた記憶はありませんが。
「それより師匠、どうだったんですか?」
「ダメね。全く話にならない」
「ベビードラゴンが十匹程度いるってことはわかってたんですか?」
「えぇ。でも中級者もこわがってるみたい。騎士も同じね。だから第五階層には見張りすらつけてないわ。まぁ第四階層の最奥にはいるみたいだから実質五階だけどね」
ベビードラゴンですよ?
大樹のダンジョンでは地下三階とはいえ初級者向けに配置されてる魔物ですよ?
そんな魔物相手に中級冒険者や騎士がこわがってどうするんですか……。
そりゃ普通ではめったに見かける魔物じゃないですけど。
それに十匹はちょっとだけ多い気がしないでもないですけど。
魔王はダンジョンコアを守ることも覚えたようですね。
コスパがいい魔物ということでベビードラゴンを選んだのでしょう。
ロイス君もそうでしたからね。
ドラゴンなのにベビーなのがカッコいいしカワイイとも言ってましたっけ。
「でも理由はそれだけじゃないわ。この機会に冒険者や騎士に強くなってもらうっていうのと、魔石を稼いでもらうことによって経済を活性化したいみたいね」
「なぜそうなるのでしょうか? そうしてる間にも魔王はどんどん力を蓄えてるんですよ?」
「そう言っても聞く耳を持たないんだから仕方ないじゃない。ダンジョン周辺の魔瘴についても浄化すればいいだけだとしか言わないしね」
……がっかりです。
この国の王様はなにをお考えなんでしょうか。
あの騎士隊長さんも見掛け倒しなんですかね。
それとも魔王だと信じてないのでしょうか。
はぁ~、これは長期戦になりそうですね。




