少女に恋した風の物語
北の方にあるその地方は、いつも冬になると雪が深く深く積もるところでした。
そのためにその地方に住む人達は冬の間ほとんど家に閉じこもっているのです。
しかし、ある村だけなぜか今年はほとんど雪が降りません。
「あれ、おかしいな?」
空から世界を見下ろしていた神様はそのことに気づいて首をかしげます。
「ちゃんと風達に雪を降らすように言ったのに」
雪は毎年神様が決めた量だけ風達が降らせます。
一年中の季節は大勢の風達によって動かされているのです。
ですが神様は風のことを信頼しているので、その時は何も言いませんでした。
しかしその翌年、翌々年とだんだん雪の量が減ってゆきます。
それどころかついにその村だけ一年中春のような陽気になってしまいました。
夏も秋も冬も来ません。
春のまま季節が止まってしまったのです。
これには神様も驚いてその村のあたりの『風』に使いをやりました。
神様から遣わされた風は、春の陽気になってしまった村を担当している風に会いに行きました。
みると、その村を担当している風はなにもしないで惚けています。
「君、一体なにをしているんだい。
僕は神様から君の様子を見てくるように言われたんだ。この辺はずっと春のままだけど何かあったのかい」
使いの風が問いかけると、担当の風は頭を振りました。
「神様の言うことを聞くのがいやなの?」
また担当の風は頭を振ります。
「働くのは嫌かい」
担当の風は「そういうわけじゃない」と呟きました。
さて、使いの風は困り果ててしまいました。なぜここだけ春なのでしょうか。
担当の風に聞いてもちっとも答えてくれないのです。
このままでは使いの風が神様に怒られてしまいます。
「ねえ、お願いだから、理由を教えてよ」
一生懸命頼み込むと、やっと担当の風は答えてくれました。
「この村に住んでいるあの子が好きなんだ」
そういって風は少女を指さしました。
それはとてもかわいい女の子でした。
美しい金髪は春の光を集めたようで、愛らしい碧眼は雪解けの後に一生懸命咲いた花のようです。
使いの風は思いました。
(この風が恋をしていたから、このあたりはずっと春だったんだな)
「よし、わかった。僕がこのあたりの季節を動かしておいてあげるから、神様に人間にしてもらうようにお願いしておいでよ。風のままじゃ彼女と話だってできないじゃないか」
すると喜んで担当の風は出かけて行きました。
さて、それからしばらく経ちました。
人間の時間にすると七十年くらいでしょうか。
しかし担当だった風はいくら待っても帰ってきません。
どうしてしまったのでしょうか?
実は担当だった風は神様に会いに行ったのですが、人間にしてもらえるどころか逆にひどく叱られ牢屋に閉じ込められていました。
神様の命令に従わなかったのは大きな罪なのです。
それから二十年くらいして牢屋から出してもらえた風は、何とか人間なる方法はないかと探し始めました。
どれくらい探したでしょう。
気がつくと魔女の家で人間にしてもらえるようにお願いしていました。
魔女は悪魔の手先です。
神様の僕である風には近づくことさえいけないことなのですが、掟を破ってしまうほど風はあの少女を愛していたのです。
「どうか僕を人間にしてください」
魔女は快く引き受けてくれました。
魔女は、この小さな魔法の壺の中で一眠りすれば目が覚めたときには人間になっていると言いました。
うさんくさい気もしましたが、風は藁にもすがる思いで言う通りにしました。
しかし中に入ると魔女は大声で笑い出したのです。
「あっはっは! 馬鹿め! 壺に入ったくらいで人間になれるはずがないだろう! あっはっは!」
後悔しても後の祭りです。
悔しくて悔しくて涙を流しても外には出られません。
魔女は風の入った壺で人間に悪戯をして楽しんでいます。
小さな壺に風が押し込められているのですから、蓋を少し開けただけでも強い風が起こります。
しかも中にいる風は深く悲しんでいる最中なので、ちょっと蓋を開けただけでも大嵐になります。
そして五十年くらい経ちました。
壺の中で風は十分に反省していました。
神様の命令に逆らって季節を動かさなかったこと、神様がしてはいけないと言ったのに魔女に会ってお願いしたこと。
そしてもう二度としないから許してください、と神様に祈りました。
と、そのときです。神様がその魔女を打ち倒し壺の中の風を助け出してくれたのです。
「ああ!神様ありがとう!」
にっこりと神様は微笑みました。
「もう二度としてはいけないよ。さあ、あの少女のところに行ってきなさい」
驚いて自分の姿を見ると、なんと若い人間の姿になっているではありませんか!
神様が風を人間にしてくれたのです。
風は嬉しくて嬉しくて何度もお礼を言いました。
神様はただ笑っています。
そしてゆっくりとささやきました。
「さあ、早く行きなさい」
言われた通り急いで懐かしい村へと行くとあの神様から遣わされてきた風が青い顔で出てきました。
「早く急いで! あの子はもうすぐ天国へ行くのだから」
風はびっくりしてあの子の家へ入っていきました。
するとあの子はしわくちゃのおばあさんで、家族に見守られ息を引き取ろうとしています。
それもその筈です。
風は二十年牢屋に入れられ五十年壺に閉じ込められていたのですから、人間はその間に年を取ってしまいます。
でもいくらおばあさんになっていても、その人は風が愛したあの少女と変わりありませんでした。
髪は白くなっていましたが、愛らしい碧眼も、にじみ出る優しく温かい雰囲気も、ちっとも変わっていません。
するとおばあさんになってしまったあの子はこちらに手を伸ばしてきました。
握りしめると、
「ああ、あなたは私が少女のころずっと側にいてくれた人ですね」
と、彼女は言いました。
「この温かさはいつも私を包んでいてくれたあの風と同じ。ああ、やっと会えた……」
満足そうに微笑んで、彼女は息を引き取りました。
そっと彼女の唇に自分の唇を重ねた風のその横顔には、涙の粒が光っていました。
その後、風がどうしたのかということはわかりません。
ですが彼の人間としての人生はきっと素晴らしいものとなったことでしょう。
ただ確かに言えるのは、地上での人生をの全うして天国へ行ったとき、彼女が温かく彼を迎えてくれた、ということです。




