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素顔は

ハイファンタジーで連載中の由房様からレビューを頂きました!


 思えば不思議な状況だと思う。


 人気のない非常階段に女子と2人。

 しかも相手は学園のアイドルとまで言えるくらいの美少女だ。

 男子なら夢見るほどのシチュエーションだろう。


 ……相手が睨んでさえいなければ。



「あなた、隣のクラスの……倉井ね」

「知ってるのか?」

「えぇ、一応同じ学年の人の顔と名前くらいは覚えてるわ」

「……凄いな」


 俺なんて同じクラスの奴ですら、ちょっと自信が無い。


「こんな人気の無いところで一体……もしかして、あなたも?」

「ないない」


 悲しいかな、生まれてこの方女子と付き合った経験は無い。


 じゃあどうして? という訝しげな彼女の視線に、ため息をひとつ。

 俺は観念して、弁当の中身を見せた。



「これ、見られたくなかったから」


「ぷふぅっ!」


 みるみる目を見開いたかと思えば、その場にうずくまって顔を伏せ、肩を振るわせ始めた。


「見事な3色から揚げ弁当だろう?」

「ちょっ、なにそ……やだ、3色って……っ! 味で?! お腹いたい……っ!」


 どうやらツボに嵌まったようだった。

 面と向かって笑ってはいけないという思いがあるのか、必死に笑いを堪えている。


 俺はと言えば、またもや南條さんの意外な一面に戸惑ってしまた。



「ねぇ、どうしてそんなお弁当なの? いつもそうなの?」


 目尻に涙を浮かべつつ、好奇心に満ちた目で話しかけてくる。

 面白い返答を期待しているようにも見えるが、生憎とそんなものを求められても困る。



 ――だけど、先ほどの敵愾心剥きだしの目よりはマシか。



 説明する代わりにスマホを弄くり、とあるページを見せた。


「ヘブンとコラボ……Find Chronicle Onlineのアバター? 何これゲーム? あ、このキャラとか可愛い!」

「いわゆるネトゲ。この弁当は――まぁ、そういうことだ」

「だ、だからって、お弁当箱をから揚げだけって……っ!」

「まったくだな」

「でも自分で作ったんでしょ?」

「やり過ぎたか?」

「ぷっ……!!」


 またも堪えきれないとばかりに、肩を震わせはじめた。


 ――それほどツボなのだろうか?

 あまりこういう風に笑われるのに慣れていないので、どう反応していいかわからない。


 きっと俺は物凄いしかめっ面をしているに違いない。


「そういえば、ウリエたんって?」

「あー……見られてましたか……」


 あまりに笑われてばかりで居心地が悪いので、反撃とばかりに先ほどの気になったことを聞いてみた。


 すると今度は一転、どこか恥ずかしそうな顔に変わる。


 時間にして4秒か5秒。

 対した時間ではないが、無言で見詰め合うには気恥ずかしい空気が流れる。


 そして、「よし!」と可愛らしい掛け声と共に、南條さんは自身のスマホをこちらに見せてきた。


「うん?」


 映し出されていたのは、アイドルっぽい衣装を着た女の子のイラスト。

 どこかファンタジーっぽい感じで、耳が尖がっている。

 そしていくつかのコマンドが並んであった。


 それはバナー広告とかで見たことがある、ゲームだった。


「確かこれって、異世界でアイドルを育てる――」

「そう! そうなのよ! あたしの推しがこのウリエたんなの! ウリエたんの良い所はね――」


 そういって南條さんは前のめりになって色々説明してくる。

 あまりの興奮具合に、俺は若干引き気味になるくらいの勢いだ。


 タロット占いが趣味の癖に当たらない、水着コスが良い能力の癖にカナヅチだ、寡黙無口キャラを志してるはずなのにポンコツ可愛い、等々。

 ウリエたんが如何に可愛いかという事を、身振り手振り全身を使ってアピールしてくる。



 ――そんな顔もするんだな。



 興奮して捲くし立てる姿は、興奮してはしゃぐ童女のようだった。


 さっきから怒ったり笑ったり興奮したり……くるくると表情が多彩に変わる。いつもにこにこ愛想を振りまいているだけの彼女のイメージからは遠い。


 これが本来の南條さんなのだろうか?

 そうだとすると、普段周囲に見せている周囲を惹き付ける笑顔なんて、まるで仮面だ。


 だけど、こちらの方が親近感が沸き――そこで何かに引っかかった。



 ――フィーリアさん。



 何故か、フィーリアさん(ゲームの平折)と重なってしまった。


 人目を気にせず、好きなものをひたすら喋るその姿は、彼女と似ている。

 ああ、なるほど、引っかかったのはそれか。


 そう思うと、目の前ではしゃぐ南條さんが途端に微笑ましく感じてきてしまった。

 自然とまなじりが下がり口元が緩む。


「それ、好きなんだな」

「っ! えっ、いやその……おかしい、かな……?」


 俺の台詞で我に返ったのか、途端に恥ずかしそうに俯き、耳まで赤く染める。

 そして、何だか意外なものを見るような目をしていた。


 ……変な顔をしていたのだろうか?


「そんなこたねぇよ。俺だってゲームが好きで弁当がこんなだし」

「そうだよね! 3色弁と……ぷふっ」

「てわけだ」

「ぷっ……あははっ!!」


 心底可笑しいと言わんばかりに、お腹を抱えて笑い出した。


 まるで、何かを吹っ切ったかのような勢いだ。


 ひとしきり笑った南條さんは、不意に真面目な顔をして俺の目を見つめてきた。


「はーおかしー! ……ね、さっきのこと、皆には黙っていてくれないかな?」

「スマホのゲームの事?」

「うん」

「わかったよ」


 ゲームが好きなくらい、特に変な趣味だとは思わないが……平折なんて相当なゲーマーだ。


 確かに、先ほどの溺愛や壊れっぷりはビックリしたけれど。


「しかし、隠すほどのものでもないんじゃないか? 周囲に好きな奴も――」

「ダメ」


 有無を言わさぬ迫力だった。


「いや、その……」

「絶対ダメ」



 その瞳は何も映さず、底冷えするかのような昏いものを湛えていた。

 先ほどの男子を振った時とは比べ物にならない迫力だった。


 ……これは、踏み込んだらいけない部分だ。


 せっかく友好的な雰囲気だったのに、どんどんと良くない空気に侵食されそうになる。


 やれやれと肩をすくめ、空気を払うかのように、一つ大きなため息をつき――


「そうかい……だけどさっきみたいな風にはしゃいでる方が、いい顔してるよ」

「な、なっ!」


 ――からかう様な声色で南條さんを茶化した。


 目論見は成功で、どんどん顔を真っ赤にしていく。

 それを見て俺はニヤニヤしていたと思う。


「う、うるさいっ!!」

「おっと!」


 だからポスっと、癇癪を起こした子供の様に、足を蹴飛ばされた。



◇◇◇



 ――誰かに言ったら承知しないから!


 南條さんはそう言って、何重にも猫を被りなおしてから立ち去った。


 猫を被る必要性はわからない。

 それを追及するほど仲が良いわけでもないし、憧れているわけでもない。

 何か事情があるのなら、触れずにいよう。


 素の自分と猫を被った自分。

 ……平折はどっち(・・・)なんだろう?


 それだけが気になった。


 だとしても、軽々しく聞ける程の仲かと問われれば答えられない。


「――くそっ」


 もやもやした気持ちと一緒に、から揚げを飲み込んでいった。



 ……


 ………………



「どーしたんだ、昴?」

「別に……暇でな」


 食べ終えた俺は、気付けば康寅の教室に足が向かっていた。


 それだけ平折が気になっていたのだろうか?

 無意識に姿を探してしまう。


「大丈夫、吉田さん?」

「急にきちゃったの? 薬ある?」

「保健室行く?」


「ん、大丈夫、すぐに良くなると思うから……」


 そこには、南條さん達に気遣われる平折の姿があった。

 席に座っている平折はお腹に手を当て、どこか顔色が悪い。


 女子特有の障りを気遣われているようだったが、そのぷっくりとした唇を見てみれば、油でほんの少しテカっていた。


 ……から揚げの食べ過ぎか。


「なんだ吉田の奴、生理重いのか? 大丈夫か、保健室で薬もらってこようか!」


「ちょっと、祖堅君!」

「祖堅さいてー、デリカシーなさ過ぎ!」

「吉田さん本当につらそうにしてるっていうのに!」


 気遣いが出来る男を南條さんにアピールしようとしたのだろうか?

 しかし、それはデリカシーが欠如した台詞によって裏目に出ていた。


 当の平折と言えば、皆の気遣いや康寅の台詞によって、羞恥に顔を赤らめ俯いていた。


「康寅お前……」


「祖堅バッカでー!」

「男が口出したらダメな領分だろ」

「ははっ、謝っとけよ」


 康寅は男子連中にも馬鹿にされ、笑いものにされていた。


 ……ははっ。


 違うぞ、皆。平折のあれはただの食べ過ぎだ。

 周りが変に勘違いしてるから恥ずかしがってるだけだ。


 まったく、あいつはこっちでもポンコツなんじゃ――


「くぅ、昴まで笑ってんじゃねぇよ!」


 ――ああ、そうか。


 平折はフィーリアさん(平折)だ。


 そう思うと、俺は口の端が上がるのを抑えきれなかった。


いつも応援ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 現実世界とネトゲ世界の少女たちのギャップがかわいすぎる!! [一言] どうしても人前では猫をかぶっちゃいますよね。 見せたい自分と本当の自分が違うのはどうしてなんだろう?
2022/03/19 21:36 退会済み
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