掌から伝わる熱
バトルアクションものを連載中のぼたもちまる様と、ローファンタジーを連載中の滝藤秀一様からレビューを頂きました。ありがとうございます!
その日、俺は早朝からダイニングで混乱していた。
「なんだこれ?」
目の前には朝食と思われるから揚げ。付け合わせも何もなく、から揚げだけだ。
朝から重くないか?
誰が用意したんだ?
もしかして平折が?
そんな考えが浮かんではぐるぐると頭の中を駆け巡り、どうしていいか戸惑ってしまう。
現在、先週から単身赴任中の父の世話をするため弥詠子さんもおらず、家には平折と2人の状態だ。
もちろんの事ながら、今まで平折が朝食を用意してくれたなんてことはない。
「ん? これは……」
ダイニングテーブルにあるのはから揚げだけではく、メモ書きも置かれていた。
『協力して下さい』
平折の丸っこい字で簡潔にそれだけ書かれており、更にゲーム雑誌とお弁当箱がある。
どうやら本当に平折が用意してくれたらしい。
しかし協力してくださいとはどういうことだろう?
そんな事を思いながら、雑誌に付けられていた付箋を開いてみた。
『ヘブン11とコラボ! から揚げを食べて限定アバターを貰おう!』
「……」
どうやら大手コンビニのヘブン11でから揚げを一定個数購入すると、ゲーム内のアバターがもらえるというモノらしい。
コラボ期間は今日からだ。
約1か月の間に7回、週に2回も買えば貰える計算になるのだが……どうやら平折はすぐにでも欲しかったようだ。
まったく……
長年親しんできたフィーリアさんらしい行動に、思わず笑みが零れてしまった。
包みに入った弁当箱を取ると、まだほんのりと温い。
きっかけはどうであれ、平折が作ってくれたものだ。
掌から伝わる熱がじんわりと胸を温め、心が浮ついてしまうのを感じる。
どうやら俺はかなり嬉しいらしい。
◇◇◇
――お礼を言ったほうがいいのだろうか? でもどうやって?
昼までの間、そんな事ばかり考えていた。
平折は隣のクラスだ。
特に訪れなくとも移動教室などがあれば、その姿を見かけることがある。
「お、南條さんだ」
「隣のクラスの奴はいいよなぁ、目の保養になって」
「……フラれた相手と同じクラスはちょっと気まずいかも」
クラスの男子グループの話の先を見てみれば、南條さんを中心とした女子グループがいた。手にある教材から、生物の移動教室のようだった。
その中には平折も混じっていた。
長い黒髪を一つに束ねてひっつめ、夏の制服は襟まできっちり一部の隙も無い。スカートは膝が隠れるほどの長さで、晩夏でまだ暑いと言うのに黒タイツ。
どこにでもいる、地味で目立たない女の子だ。
わざわざ彼女を見る物好きなんて、この場には俺しか居ないだろう。
平折はグループの隅の方で教材を持って移動していた。
心なしか足取りが軽そうで、顔もいつもより機嫌が良さそうで浮かれているように見えた。
――わかりやすい奴。
「お、ついに昴も南條さんが気になりはじめたか?」
「ちげーよ」
と、南條さん達のグループを眺めていたクラスメイトに突っ込まれる。
俺もその1人と思われたようだ。
確かに南條さんは人目を惹いてしまう美少女だ。
背中にかかる明るい髪は手入れが行き届いており、校則に抵触しない程度に短くされたスカートから伸びるスラリとした長い足が目にも眩しい。そして穏やかに顔に浮かべる人懐っこい笑みは男女問わず魅了する。
それと――大き目のニットベストを着ているのでわかりにくいが、よく見れば胸部を豊かに押し上げているのもわかる。
――まったく、平折に言われなければ、そのようなところに目が行かなかったんだけどな。
ついつい見てしまった自分に、はぁ、とため息をついてしまう。
奇しくも周囲の男子と同じ行動を取ってしまった。
視線を戻して平折を見た感じ、昨日と違って話の中心になっているわけではない。
さりとて、仲間はずれにされているという空気でもない。
グループの中心になっているのは南條さんだ。
注意深く見てみれば、グループに万遍なく話を振ったりして、話の輪にみんなが入っていけるように気を配っている。
随分とその辺りの気が利く人だ。
そして、皆に頼りにされているというのもわかる。
男子だけじゃなく、女子にも人気が高い。それが南條さんだ。
平折が憧れるという気持ちもわかる。
だけれども、どうしても、まるで何かをロールプレイしているような、そんな錯覚を覚えてしまう。
『私ね、南條さんみたいになりたかった』
ふいに、昨日のフィーリアさんの言葉が蘇った。
そして平折と南條さんの姿を重ねてしまった。
「――ッ!」
何故か、とても嫌な感じがした。
どうしてなのかは自分でもわからない。
もやもやとした黒い霧のような感情が胸に漂い、苛立ちに似た感情を呼び起こす。
平折はどちら――
「あっ」
「大丈夫、吉田さん?!」
「っ!!」
ふと、なんでもない所で平折が転びかけた。
どうやら浮かれていて足元が疎かになっていたらしい。
――子供みたいな奴だな。
「ごめんなさい、ぼぅっとしてて」
「気をつけてね」
とっさに、南條さんが腕を取って事なきを得た。
しかし弾みで教材を落としてしまったので、廊下に散らばっている。
それを南條さんを中心に『大丈夫?』『しっかりしなよ~』等と言われつつ皆で拾い集めていた。
平折は皆にそれを手渡され、あたふたしている。
――ったく、手間が掛かる奴。
平折に対して、微笑ましく思いつつも失礼なことを考えた。
いつの間にか口元は緩んでいた。
◇◇◇
そうこう考えているうちに昼休みになった。
康寅がわざわざこちらの教室に顔を出し、声を掛けてくる。
「すばるー、今日は学食か?」
「今日は弁当があるんだ」
包みに入った弁当箱を取り出し、康寅に見せる。
中に入っているのは、十中八九から揚げ弁当。
コラボアバターの為とはいえ、作ってくれたのは――
「じゃあ購買にするかな」
「……ッ! あー、いや、ちょっと昼は用事があってな今日は1人で食べててくれ」
「昴?」
それじゃ、と開けかけた弁当箱に蓋をして、一目散に飛び出した。
人目を忍びつつ、非常階段を目指した。
そこは校舎の北側にあり、通常時は立ち入り禁止だ。
鍵は掛かっているが開けるのは容易い。
もちろんの事ながら、人は誰も居ない。
「あいつ……っ」
周りに誰もいない事を確認してから、弁当を開けて独りごちた。
それは見事にから揚げしか入っていない、から揚げだけ弁当だった。
弁当箱にみっしりと敷き詰められている。
赤、白、こげ茶……唐辛子、塩、しょうゆ味か? ご丁寧に3色に分けられ彩りも考えられていた。
もし誰かに見られたらツッコミを入れられる様な弁当だ。
これをどうしたかと馬鹿正直に言えることでもないし、上手く言い訳する自信もない。
だから人気の無いこの場所へとやってきたのだ。
普段の優等生然とした平折からは考えられない弁当の内容だが、不思議とフィーリアさんならと考えると腑に落ちてしまい、くつくつと笑いが漏れてしまった。
まったく。
困ったような、でも可笑しいような不思議な感覚だ。
まるで悪友の悪戯に引っかかったような――
「ここなら誰も居ないな」
「……そうね」
「っ?!」
から揚げを摘もうとした時、不意に誰かがこの場所にやって来た。
幸いにしてやってきた階が違うので、俺の姿を見られることは無い。
だというのに思わず息を潜め、こっそりと彼らの上方からその様子を伺ってしまった。
そこにいたのは一組の男女だった。
「この間の返事、聞かせてもらえるかな?」
男子が女子に何らかの答えを催促していた。
これがどういうことか、そういった機微に疎い自覚がある俺でもわかる。
どうやら、青春の1ページともいえるイベントが繰り広げられているようだった。
――これは覗き見をしていいような類のモノじゃないな。
そそくさと退散しようとしたのだが、困った顔をする女子の顔を見て、俺の足が止まってしまった。
言い訳をすれば、普段の俺なら強引にでもこの場を去っていた。
『私ね、南條さんみたいになりたかった』
思わず、平折の言葉が蘇ってしまう。
その女子は――南條凛だった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。