厄介
酸素分子様からレビュー頂きました!
前話から平折の南條さんの呼び方を、キャラの性格を考慮して
「凜ちゃん→凛さん」
に変えました。どうぞよしなに。
※ラストに少しだけエピソード追加しました。
有瀬陽乃の変調に、直ぐ近くに居たマネージャーらしき女性はすぐに気が付いた。
「陽乃ちゃんどうしたの、急に?」
「あ、いえ……朝から撮りっぱなしちょっと疲れたのかも」
「ファンサービスも良いけど、ちゃんと休憩も取って体調管理もしなきゃ」
「そうですね……んちょっと奥に行きます」
忠告を受けた彼女は、いわゆるロケバスへと向かい引っ込んでいった。と同時に、周囲からは落胆のため息とともに、彼女の身を案じる励ましの声が上がる。それは有瀬陽乃の人気を物語るものでもあった。
夜空に輝く星が誰もを魅了されるように、見るものすべてを惹きつける美少女だ。
鎖骨にかかるゆるふわな明るい髪、少し幼さの残るあどけない顔、そして妙に惹き付けられ目が離せなくなる神秘的な笑み。
こうしてよく見ると――あれ、平折に少し似ているのか……?、
「……っ」
「平折?」
そんな風に有瀬陽乃を見ていた俺を、平折が袖を引っ張っていた。
どこか焦燥しており、顔色は悪いように見えた。
「……人混みに、酔ってしまって」
「……そうか」
周囲を見渡してみれば、有瀬陽乃を一目見ようとした人々でごった返していた。満員電車かそれ以上の人口密度だ。
平折の言葉の通り、人酔いを起こしてもおかしくはない。
だけどその表情は先程の有瀬陽乃と同じく、何か信じ難い予想外のモノを見る目に見えてしまった。
「そうね……どこかで腰を落ち着けて、甘いものでも食べる?」
「うっ……その、体重……」
「16時前か……確かに夕飯を考えると微妙な時間だな。ちょっと早いがお開きでもいいんじゃないか?」
少し逡巡した後、『そうね』と南條凛は寂しそうに首肯した。
◇◇◇
『あんた、ちゃんと平折ちゃんを送りなさいよ? 送り狼とかもってのほかだからね!』
初瀬谷駅で降りる時、南條凛に何度も強く念を押された。
俺と平折は微妙な顔で、曖昧に笑うしかなかった。
……帰る家は一緒なのだ。
「……」
「……」
駅からの帰り道、俺と平折の間は無言だった。
最近はめっきり陽が沈むのが早くなり、昼間は暑いほどだが、夕方も近くなれば上着が欲しくなるほど肌寒い。
今日は色々あり過ぎた。いくつかは平折とその事について話したい気持ちはあったのだが、何と言って話せばいいか分からなかった。そもそも自分でも分からないことが多かった。
――有瀬陽乃。
彼女が俺を見た時の表情と、平折が彼女を見た時の表情……それが何故か無関係ではないと感じてしまった。
平折の顔を見てみれば、どこか険しい顔を、思い詰めたかのような顔をしていた。
もしかしたら、有瀬陽乃の事を考えているのだろうか?
俺は彼女の事はよくわからないが、あの反応といい、平折は何か知っているのかもしれない。
俺達はお互い何か言いたいけれど言い出せない……そんな気まずい沈黙を演出していた。
「……凛さんと、付き合ってるん……です、か?」
「……………………え?」
沈黙を打ち破ったのは、予想外のセリフだった。
あまりにも突拍子もないと言える質問に、俺は固まってしまった。
俺と南條凛が付き合う――考えたこともない事だ。そもそも平凡な俺とお嬢様な彼女とはつり合いは取れないだろう。
そもそもどうして平折は付き合ってると思ったんだ?
「誤解だ、勘違いしている。別に俺は凛と付き合ってなんて――」
「嘘……あんな楽しそうな凜さんを見たことなっ――ちゃ、ちゃんと言ってくれば、私だって遠慮、します……」
それは幾度となく見てきた、自分に我慢を強いる顔だった。俺の、気に入らない顔だった。
不意に、幼い頃の誰かの顔と重なる――だが、それは今はいい。それより目の前の平折だ。
かつての顔よりも、今の平折の顔の方が重要だ。とにかく、そんな顔をさせたくなかった。
「確かに平折に黙っていたことはある……その、実は凛がどうやったら平折と仲良くなれるか相談を受けていたんだ」
「……ふぇっ?!」
「ちょっとしたことが切っ掛けでな……だからその事で色々話はしていたが、その、そういうことは一切無いんだ。信じてくれ」
「ぇっ、ぁっ……はぃ……」
やましい事は何もないのだと、信じてくれと、平折の肩を掴んでじっと目を見つめた。
平折は目をぱちくりさせて、そして色々理解が及んできたのか、顔を真っ赤にして「はぅ」「ふぇ」と呟く。
確かに俺と南條凛の関係というのは複雑だ。
彼女の事は信頼しているし、恩も感じている。だけど男女としてのそれは無い……はずだ。
俺も思いが通じたのか、どんどん平折の表情が変わっていく。
そしてどこか意を決したかのように――
「え、えぃっ!」
「ひ、平折?」
――腕に手を絡めてきた。
今までにない密着具合だった。
平折の夕暮れで少し冷えた肌が、直接俺の肌に触れ――そして今までにない面積で平折のぬくもりを感じてしまった。
それだけではない。平折の胸に抱かれた俺の腕を通して、嫌が応にも彼女の胸部の女性の象徴を感じさせられてしまう。
「つ、付き合っている人いないんです……よね?」
「か、悲しいかな今まで彼女が居たことは無い」
「だったらそ、その、私は、か、かぞ……ええっとその、甘えても……良いです……よね?」
「そ、そうだな、別に問題ないな……っ」
「~~~~っ!!」
「お、おぃっ」
より一層、腕の力が籠められた。
強制的に感じさせられる平折の熱と柔らかさに、意識が奪われて行ってしまう。
チラリと平折を見てみれば、顔を赤らめながらも機嫌の良さそうな顔をしていて――何とも言えなくなってしまった。
お互い、顔は真っ赤だった。
◇◇◇
その後、家に帰るまで平折はご機嫌だった。
それだけじゃなく、夕食の後もそれからもすこぶる上機嫌だった。
俺もそれにつられて気分が高揚していた。
だがそれも、南條凛からの電話で吹き飛んでしまった。
「もしもし、どうし――」
『ちょっとヤバイ事になったわ』
「は、どういう?」
『今から送るメッセージを見て』
通話が切れると共に、南條凛から画像付きのファイルが送られてきた。
どうやらSNSに投稿されたモノの様だった。
『南條凛と吉田平折、そして謎のイケメンの三角関係』
『吉田ってやっぱりビッチ、男捕まえてヤリまくりの証拠写真、南條凛添え』
『この後3人で楽しみました』
それは今日の俺達を撮った画像だった。
どうやら有瀬陽乃の撮影の時に俺達3人を見かけて盗撮、それを各SNSに投稿されたモノの様だった。
いずれも平折と凛への嫉妬から生まれる一方ならぬ悪意の言葉で彩られていた。
「おい、これ……っ!」
『うちの学校の女子……ていうか平折ちゃんを叩いた奴の裏の裏のアカウントってとこかしらね……やられたわ。ふふっ、これはウカウカしてられない、あたしも動くわ……っ!』
「ちょっ――切るなよ」
くそっ!
こんなものを見せられて、俺の中ではどうしようもない怒りが渦巻いていた。
もしこれを書き込んだ者が目の前に居たら、例え女子だろうと暴力に訴えかねない……それほどまでに冷静さを欠いている自覚があった。
「ぁ、ぁのっ……」
「……っ! 平折?」
だがそれも、控えめに鳴らされたノックの音で、多少の冷静さを取り戻す。
部屋に入ってきた平折は泣きそうな顔をしており、手にはスマホを持っていた。
――あぁ、そうだ。平折にもこの事を知らせないハズが無いか。
ここまで自分を貶められるような事を書かれた平折の気持ちを考えると胸が痛くて仕方がない。
だというのに、平折は――
「わ、私、2人に迷惑かけちゃ――」
「平折っ!」
――俺や南條凛に、自分のせいで迷惑かけてるだなんて、言い出した。
それは先程の、平折達に対する中傷を見せられた時よりも腹が立ってしまった。
どうしてそんなに自分の事を考えないだとか、俺よりも自分の事を考えろだとか、様々な思いが胸で渦巻く。
あぁ、そうだ。平折はそういう娘だった。
何かあっても自分が我慢をすればと考えてしまうところのある女の子だった。
だからこそ、自分の中で腹が据わる。
「いいか、平折」
「ぇ……きゃっ!」
強引に手を取り俺に引き寄せ、覚悟を述べる。
「平折は何があっても守るからな」
「ふぇっ?! ……ぁ……ぅ…………でもっ!」
平折には随分驚かされてきた。
何か迷ったような顔をしたのは一瞬、小さく手を胸の前で握り、どこまでまっすぐ俺の瞳を射抜く。
「わ、私も守るからっ!」
そして今度もまた、驚かされた。
互いに目が合い、そして不敵な笑みが同時に零れる。
今なら何だって出来る気がした。
鬱展開にはなりません。