表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/175

出会った頃の平折は……


 平折と初めて出会ったのは今から5年近く前だった。


 中学に上がる前で、まだまだ寒い季節だったのを覚えている。


 仕事一辺倒だった父が、突如再婚したいと言い出したのだ。


『よろしくね、昴くん。平折もあいさつなさい?』

『……』


 記憶の中の平折は、儚げで線の細い女性に連れられて、今と同じ様におどおどしていた。

 第一印象は、今と同じ地味で目立たない子だった。


『ん……よろしく』

『~~っ!』


 当時の俺は、女子と話すということが、やたらと気恥ずかしかった。

 ブスっとした顔で、ぶっきらぼうに手を差し出すものの、びっくりしたのか弥詠子さん(母親)の後ろに隠れられてしまう。


 ――失敗した。怖がらせてしまった。


 幼心にそんな事を思った。

 ただただ不器用で、そんな風に接することしか出来ない自分に嫌気が差した。


 どうしたものかと、俺は随分と困った顔をしてしまったのを覚えている。


 今更意味のない事だけど、ふと考えてしまう時がある。


 あの時、ちゃんと笑顔で手を差し出していれば、今の関係は変わっていたのだろうか?



 ……………………


 …………



「……」


 随分と懐かしい夢を見てしまったようだ。


 窓からはカーテン越しに、強烈な日差しがアピールしている。

 9月の半ばを過ぎたとは言え、今日も暑くなりそうだ。



「ふぁああぁ~あふ」



 寝巻きのまま、欠伸を噛み殺しながらリビングに降りた。


 昨夜は色々と平折の事を考えてしまい、寝不足だった。

 今日が月曜日だというのも、憂鬱に拍車をかける。


 瞼を擦りながらガチャリと扉をあけると、その音に驚いたのか、ビクリと身体を震わせる女の子がいた。


平折(ひおり)

「……っ!」


 同じ屋根の下に住んでいるわけだから、顔を合わすのはいつもの事と言える。


 今朝の平折は、見慣れた校則どおりの制服姿。

 他の女子は大体それに抵触しない程度にスカートを短くしたりするのだが、平折は見事に膝まで隠れて黒タイツ。

 髪も昨日と違い、後ろで無造作にひっつめただけ。


 出会ったときと同じく、地味で目立たない子だという印象そのものだ。


 果たして昨日出会った平折は本当に平折だったのか?


 思わず昨日の平折と重ねてしまう。

 だが、なかなか昨日のリアルフィーリアさん(平折)と重ならない。


 思い出すのは目の前のお堅そうな制服姿とは違い、ふんわりとした女の子。

 まるで、守ってあげないとと言う庇護欲に駆られる儚げな女の子だ。


 その子(先日の平折)を思い出しながら、5秒か6秒じっと見つめる。

 それはほんの僅かな時間だ。しかし、確かに見つめ合うような構図になってしまった。


 何とも言えない空気が流れる。


 まつ毛、長いな。唇もぷっくりとしていて……


 ……いやいや、俺はどこを見ているんだ? 相手は義妹だぞ?


 あと平折は何でいつものように逃げ――


 ――……


 何か、いつもと違うな。違和感を感じてしまう。

 いつもなら、顔を合わすとすぐに逃げられるからだ。


「――ええっとその、おはよう?」

「~~っ!」


 いつもはしない挨拶をしてしまう。

 だが、挨拶は何故か疑問系になってしまった。


 ……


 こういう時なんて言っていいのかわからない。


 思わず俺も気恥ずかしくなって目を逸らしてしまう。


 視界の端に移った平折の耳は、赤く染まっているのが見えた。


「…………ってきますっ」


 耐え切れられなくなったのか、平折に逃げられてしまった。

 搾り出した言葉は小さく、最後の語尾が聞こえるだけ。


 俺たちの関係は、出会った頃から変わっていない。


 だけど、確実に何かが変わろうとしている――そんな予感に心臓がけたたましく鳴り響いていた。




◇◇◇




 昼休みといえば、学生が一番活発に動き出す時間だ。

 どの教室でも様々な声が飛び交い、喧騒に包まれている。


 俺は隣のクラスに赴き、見慣れた男子生徒に話しかけた。

 雑誌を広げながら弁当を食べている、行儀の悪い奴だ。


「おい、次授業で使うから辞書返せよ」

「っと、昴か。わりぃわりぃ!」


 男子生徒は見た目同様、軽薄なノリで答える。

 へらへらと笑う顔は、悪いとは微塵にも思ってなさそうだ。


 彼は祖堅(そけん)康寅(やすとら)


 クラスは違うが、俺の数少ない友人である。


「ちょっと待ってろ。確か机に入れっぱに……あれ?」

「ったく」


 ない、ない! と言いながら、康寅は机や鞄の中身をひっくり返し始めた。

 基本的に良い奴なのだが、こういう困ったところがある奴だ。



「え、うそ、これが吉田さん?!」

「気合入ってるけどデート?! ねぇこれデート?!」

「きゃー、うそー! イメージ全然違う~!」

「でしょ~、コーデしたあたしもびっくりしたんだから!」


「あの、ちがっ……」



 聞き耳を立てていたわけじゃないが、教室内の女子グループの話し声が聞こえてきた。


 吉田さんと言われたその子は、顔を真っ赤にして、おろおろと俯き恥ずかしそうにしている。

 何やらスマホの画面と見比べられている様子だ。


 あわあわしているその姿は、俺の良く知る平折そのものだった。


 旧姓、吉田平折。


 平折は学校では倉井姓ではなく、吉田姓を名乗っている。

 これを知るのは学内では一部の教師だけだ。


「はぁ、南條(なんじょう)さん可愛いよなぁ」

「康寅」


 いつの間にか康寅が、だらしない顔をしながら隣に来ていた。

 視線の先は同じく、平折がいる女子グループだ。


 その中で、飛び抜けて可愛い女子がいる。

 肩甲骨までかかる明るい髪をひと房編みこみ、愛嬌と華がある容姿の美少女。


 南條(なんじょう)(りん)


 学内でも知らぬ者が居ないほどの有名人。


 入学以来定期試験は1位を維持し、代理で出た数々のスポーツの大会でも良い成績を残している。

 更には街に出れば、モデルのスカウトをされては断るのに苦労するという。

 断った告白は100を超え、事実、去年まではひっきりなしに呼び出されていた。


「はぁ、あんな子が彼女になってくれればなぁ」

「でもお前振られたじゃん」

「うっせ!」


 かくいうこの友人(康寅)も、南條凛に告白して振られていた。

 当時は大泣きに泣き、慰めるのに苦労したものだ。

 そんな事があったとはいえ、それでも、康寅はこうして傍からうっとりと眺めている。


 康寅だけでなく、他の男子も何人か似たような視線で彼女を眺めていた。

 それだけ、彼女に魅力があるという事だろう。


 実際、彼女はかなり可愛いと思う。


 それだけでなく勉強もスポーツも出来、更には容姿にも恵まれている。

 人当たりも良く、男女共に好かれている。

 おおよそ欠点とは無縁な感じの女の子だ。


 だけど――


「――どこかうそ臭いんだよな」

「何か言ったか、昴?」

「いいや、何も」


 見るものを魅了するような笑顔を振りまき、会話を牽引している南條さんを見る。

 見た目だけでなく、時に皆の興味を引く話題を出し、また時には聞き役に徹する。

 あまりにも、誰かが(こしら)えたかのように出来すぎていて、()()()()()()()()()()()んじゃないか――などと感じてしまった。


 俺の考え過ぎだろうか?


 それよりも、今は平折の方が気になった。


 ぐるぐる目を回して大変そうな様子だが、決してイジメとかそういうモノでは無いようだ。

 南條さんが平折を不快にさせないよう、絶妙に会話の流れをコントロールしている。


 ……ま、大丈夫か。


「ほい、辞書。机の奥底で眠ってたわ」

「失くしてなかったか」

「さすがにオレも借りたものを失くしたりは! した時は……新品にして返すよ?」

「……失くすなよ、その前に忘れるなよ」


 へへ、悪かったって、と手を合わせる康寅を横目に、教室を後にする。

 やれやれ。


「……」

「……っ!」


 最後に振り返ったとき、涙目の平折と目が合った。


 助けを求めているのは明白だったが、残念ながら学校での俺と平折に接点は無い。

 もし話に割って入っていけば、彼女達に新たな燃料を注ぐことになるのは想像に難くない。


 ――だから俺は、曖昧に笑って誤魔化した。


「吉田さん、他にもお勧めがあるんだけど――」

「え、いや、その、私――」


 余所見をしていた平折をどう思ったかはわからない。

 ただ南條さんが、平折が誰を見ていたか追求されないよう、強引に話を切り出したかのように見えた。


 ……


 何故だろう?

 自分でも分からないが、どうしてか南條さんとフィーリアさん(ゲームの平折)が重なってしまった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] そけん・・・w
[一言] 吉田さんと祖堅さん!? にゃーーーーん!!
[一言] にゃ~(はじめまして) にゃ~ん(面白かったです) みゃあ、みゃあ(でも、個人的には凛さんルートを見たかったです) ミャ~~~(それはさておき、幼馴染の話も楽しんでおります) ニャ~ンっ!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ