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サンク(南條さん)とフィーリアさん(平折)

ミミマルさまからレビューを頂きました!


 ザアアァァァと大粒の雨が、傘や地面、俺の右肩を叩く。


 強い雨足の音をBGMに、家までの短くない距離を歩く。


 小さな傘のため、自然と密着する形になった。

 時折剥き出しの腕が触れ合ってしまう。

 すぐ傍から息遣いも聞こえてくる。


 嫌が応にも、平折という少女を意識させられてしまっていた。


「……」

「……」


 いつもと同じ無言の時間。

 いつもと違い、俺は緊張に包まれている。


 すぐ隣に視線を移せば、平折の手入れの行き届いた髪が見える。 

 いつもより高い位置にある傘のせいで、毛先の方は雨に濡れてしまっていた。


 ――小さいな。


 そんな事を思ってしまう。

 平折は女子の中でも小柄な方なので、俺とは頭1つ分近く違う。


 華奢な肩が腕に当たれば、あまりの細さに不用意に触れると壊れてしまうんじゃないかと錯覚してしまうほどだ。庇護欲にも似た感情が込み上げてくる。


 しかし考えてみると、いつだって一歩踏み出すのは平折の方だった。

 ただただ凄いなと思う。

 性格だって積極的と言い難い……だけどいつも一歩踏み込んでくる行動に、驚かされてしまう。


 小さな肩だけど、果たして俺は胸を張って並べられるのだろうか?

 弱気な心が顔を出すが、それではいけないと、自戒するかのように傘を平折の方に傾けた。


 肩が物凄い勢いで濡れていくが、頭を冷やすという意味では都合が良かった。


 そして右半身が、バケツの水をひっくり返したくらいにずぶ濡れになった頃、家に着いた。



「ただい――」

「~~~~っ」

「――平折?」


 帰宅早々、びしょびしょになった靴を脱ぐ。

 すると、平折にぐいぐいと強引に背中を両手で押されたのだ。


 何故そんな事をされるのか見当もつかず、困惑する頭で振り返る。

 平折を見るも、ぷくーっと頬を膨らませた顔があるだけで、どういうつもりか全く意味がわからない。


 俺、怒らせるようなことしたっけ?


「か、肩!」

「肩?」


 その視線はびしょ濡れになった俺の右半身に固定されている。

 まるで睨むかのようなその眼差しは、どこまでも真剣だった。責めてるかのようにも見えた。


「お風呂!」

「あー、ごめん」


 だから俺が悪いことをしたような気になり、思わず謝ってしまった。



 …………


 ……



 風呂から上がると、脱衣所には俺の部屋着が用意されていた。

 平折が用意してくれていたのだろうか?


 着慣れたシャツと短パンに袖を通し、自分の部屋に戻る前に、コンコンと平折の部屋をノックした。


「先、使わせてもらったからな」

「……ん」


 扉からは、小さく平折の返事がした。


 ガシガシと濡れたままの頭を拭きながら、自分の部屋に戻る。

 鞄の中身を取り出していくと、スマホにメッセージの着信があることに気付いた。


『ねぇ、あんたまだインしないの?』

『そういやフィーリアさんっていつ頃インするの?』

『返事がないぞー、おーい!』

『ソロは飽きたんですけどー!』


 数分おきに、履歴が残っていた。


 ――結構せっかちなところがあるよな、南條って。


 そんな事を思ってしまう。


『俺がインするのは夕飯後だな』

『7時過ぎ位?』

『そんなところ』

『フィーリアさんは?』


 さて、なんて答えたものか。

 悩んでいると、ガチャリと隣の部屋の扉が開き、とてとてと階段を降りていく音が聞こえた。


 平折もそれなりに濡れていたし、お風呂に行ったのだろうか?


 ……


『大体同じくらいじゃないか?』

『わかった』



◇◇◇



 夕食後、俺は平折が部屋へ戻ったの確認し、敢えて十数分程時間をずらしてログインした。


「よぉ、皆もう既に来ていたか」


「あ、クライス君こんばんわ!」

「こんばんわ、です」


 我ながら自演くさい挨拶に、なんだかなと思ってしまう。


 先にインしていたフィーリアさん(平折)サンク(南條さん)は、アバターのコーデの組み合わせ談義に花を咲かせているようだった。

 こういう系統はどんなのがある? こういうやつはどう組み合わせたらいい? と、女子特有とも言える話の熱気に、つい尻込みしてしまう。

 横から話を聞いていて、南條さんがから揚げを食べ切っていないというのだけはわかった。


 そして、話が途切れた頃、サンク(南條さん)が真剣な口調で話を切り出した。


「相談、いいですか?」


 その緊張感がフィーリアさん(平折)にも伝わったのか、昨日の話の続きだと思い居住まいを正す。

 俺とも目が合い頷きあう。



「友達って、どうやったら、なれますか?」



 それは、昼休みに聞いたときと同じ質問だった。


 正直明確な答えが無い質問だ。

 人によってその答えも違うだろう。

 ただ、ここではフィーリアさん(平折)の意見を聞くのが重要だ。


 俺は固唾を飲んで、その発言を待った。


 ……


 …………


 時間にして精々1分か2分。

 傍で聞いている俺でさえドキドキとしてしまった。

 実際に聞いた南條さんにとっては、相当に長い時間に感じているかもしれない。


「うんうん、そうだね……よし、サンク君今からミッション弾丸ツアーに行こう」


「「へ?」」


 だがフィーリアさん(平折)から飛び出したのは、予想もしない言葉だった。

 どういう意図があるのかわからず、サンク(南條さん)と顔を見合わせてしまう。


「それじゃあ行こう! さぁ、さぁ!」

「ちょ、フィーさん!」

「え? へ?」


 強引にパーティ申請を飛ばしてきたかと思うと、すぐさまギルドの受付へと直行し、片っ端から俺たち3人で行けるものを受注していく。


「こないだと同じく、サンク君が盾でクライス君がアタッカー、わたしがヒーラーね!」

「あー、もうっ!」

「ま、待って! 行きますっ!」


 スタスタと先をどんどん行くフィーリアさん(平折)を、一体どういうつもりなのかと、疑問に思いながら追いかけた。


 それは怒涛の行軍だった。


「あはは、氷の洞窟は滑りまくっちゃうねー!」

「ちょ、ここの属性対策とか何も持ってきてないぞ!」

「あわ、あわわわ上手く進めなっ」


「ひゃー! 砂漠だと面白いくらい熱気でHPが減ってくねー!」

「サンクにフィーさん、急がないと手持ちの水魔石が切れちまう!」

「えっ、あれっ、蜃気楼?! ま、迷子ですっ!」


「うーん、天峰の空中庭園っていつ見ても周囲の景色が綺麗だよね! 雲海とかすごーい!」

「気を付けろよ、ここの落とし穴のトラップは、ほぼ全部即死コースだ」

「う、あ、ご、ごめんなさい、今何か変なの踏んで……っ」


 息をつかせぬ暇もなく、フィーリアさん(平折)に強引に連れ回されて、様々な場所へと足を運ぶ。


 南條さんはゲームを始めたばかりだ。

 だから、初見の場所がほとんどだ。

 当然のことながら、トラップやギミックに面白いほど引っかかる。

 しかもタンク役ということもあり、それによってパーティが壊滅しかかった事も一度や二度じゃない。

 その度にサンク(南條さん)は申し訳ないと思って、謝ろうとするのだが――


「あはは、良いって良いって! さ、次に行こ?」


 笑って続きを促すだけだった。

 なんだか色々可笑しくなって、俺は笑ってしまっていた。

 きっと南條さんも画面の向こうで笑っているに違いない。


 ぐだぐだだったけど、むしろトラップやギミックに引っかかる事自体を楽しんでしまっていた。


 正直、目茶苦茶なプレイをしていたと思う。

 だけど俺達は、確かにゲームを通じて楽しいという気持ちを共有していた。


 ――あぁ、やはりフィーリアさんと遊ぶと、こうした下らないことでも楽しくなってしまうな。


 ……


 気付けば3時間はとうに経っており、23時を回っていた。


「さ、さすがに疲れたー!」

「俺だってへとへとだ」

「でも、楽しかった、です!」


「でしょ?!」

「っ!」

「フィーさん?」


 その言葉を聞きたかったとばかりに、フィーリアさんはサンクに詰め寄った。

 食い気味に迫られたサンクはびっくした様子だ。


「サンク君、私たちって友達だよね。クライス君もそう思うでしょ?」

「え? あ、はい。そうです」

「そうだな」


 先日から一緒にプレイして楽しい時間を共有している。

 友達、と改まって言われるとこそばゆい感じがするが、確かにそう言っても差し支えない。


「きっとね、私たちのように一緒に楽しい時間を過ごせれば、自然と仲良くなれると思うよ」

「そう……かな……そう、ですね……」

「……」


 その言葉は、まるで俺に向けられているかのようだった。


「思い切ってその子に向かって一歩踏み出せばいいよ。私はね、このゲームで勇気を出すってのを学んだよ」


 ――……あ。


 その時、何故か――


 初めてフィーリアさんだと思って、平折と会った時の姿を思い出してしまった。

 思えば話も全然しなかったし、コラボフードも無言。カラオケだって俺がちょっと一人で歌うだけと散々なものだった。

 でもその姿は、きっとゲームをしてきたからこそ……勇気を振り絞って一歩踏み出した平折の象徴の姿だ。


 ――それが、今、目の前のフィーリアさんと明確に重なって見えた。



「だからね、サンク君も頑張れ! 私も頑張るよ!」



 私は一歩踏み出したぞと言いたげなその言葉は、サンク(南條さん)だけでなく、俺にも向けられているように錯覚してしまった。



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