平折と南條さん⑤
正直なところ意外だった。
そして疑問も沸いてくる。
果たして、南條さんにとっての平折は何なのだろうか?
猫かぶりの南條さんは、気さくで誰にでも分け隔てが無い。
それは誰か特定の相手に肩入れをしないという事でもある。
――『実は同じクラスに、守りたいって思う女の子が出来た、です』
だから、そこまで平折の事を気にかけるというのが、わからなかった。
「うんうん、そこまで好きな子なんだねー! 青春だー! ね、どんな子なの?!」
「ふぇっ?!」
「おい、フィーさん」
平折も女の子だ、もしかしたらそういう恋バナとか好きなのかもしれないが――それはいきなりストレート過ぎる。
思いも寄らない突っ込みに、サンクの挙動がどんどん不審になっていく。
まぁ、あの言い方だとそう思われても仕方ないとは思うが。
「誤解、です! そういうんじゃ、ないです!」
「ふひひ、照れなくていいよ~、わかってるよ~」
「クライスさん、何か言って、あげて!」
「あ~、サンク盾で狩りにいこうか?」
この場で俺に言えるのは、それくらいだった。
◇◇◇
数分後、俺たちは森林エリアにやってきていた。
「はい、追加でいっぱい引っ張ってきたよー! 頑張れ、サンク君! 傷は癒すよ!」
「お、おいフィーさん、ちょっと数が多すぎじゃ……」
「あわ、あわわわわわ」
そこではサンクが、数十匹の小鬼に群がられていた。
……全てフィーリアさんが引っ張って押し付けてきたものだ。
ゲームでの平折は、現実での平折と違って結構無茶な事をしでかすことがある。
今みたいに無茶な狩りを好む傾向があるし、あと何気に寝落ち徹夜の常習犯だったりもする。
「サンク、スキルの兆候が見えたら迷わず後ろに下がれ! 数は減らしてやる、死なない事だけ考えろ!」
「あははっ! だいじょーぶだいじょーぶ、回復は間に合うと思うから! ……多分!」
「ひ、ひぃいいぃいぃっ!」
目の前には混沌としたものが展開されていた。
数十匹の小鬼の塊を引き連れ、右往左往しているサンクがてんやわんやとしている。
明らかに初心者に押し付ける数ではない。
実際スマホの方にも『これどうすんの?! 耐えるの?!』『自己バフってリキャスト終えたらすぐに使っていいの?!』『あはははは一周回って楽しくなってきたんだけど!』といった慌てふためくメッセージが入っている。
だけど――
「倒しきった、です! やった、です!」
「うんうん、やったら案外できるもんだよねー」
「フィーさん、あんたな……」
確かに滅茶苦茶な狩りだった。
それだけに印象深い狩りになって、南條さんも楽しんでいるというのがわかった。
「いやぁ、それにしても美少女な男の娘が小鬼に群がられるのはなんだかグッと来ましたなぁ、ふひひ」
「フィーさん、またそんなおっさん臭い事を……」
「あはは、色々余裕なかった、です」
やれやれ、と言った感じで、モニター前でため息をついてしまう。
だけど――フィーリアさんと遊ぶとこういう事があって……思えばそれが楽しかったから、ずっと一緒だったんだ。
そんな平折の良さが、南條さんにも伝わって欲しいと思う。
興奮冷めやらぬといった様子のサンクは、まだ盾を構えたり突き出したりしている。
楽しんでくれたようで何よりだ。
「しかし、初めてにしては上手かったな」
「うんうん、そうだよ! この調子で意中の女の子も守っちゃえ!」
「……その子、好きでもなんでもない、です」
「ふぇ?!」
「サンク……?」
「その子の周囲が、気に入らないだけ、です……」
思わぬ台詞が、南條さんから飛び出した。
いきなりの事で、何て反応したらいいかわからない。
それは平折も一緒のようで、どうしたものかとあわあわしている。
「2人は仲間だから、守らなきゃって……でも、その子は……酷い奴、ですよね」
「サンク君……」
「……」
なんとなく、南條さんが平折を気にする理由がわかった気がした。
表面だけしか見ない人、表面が変わって態度を変える人――そんな手合いが嫌いなんだろう。
『先日ここで告白された相手、真理ちゃん……同じクラスでよく一緒の子が好きだったんだって』
『おかげで影じゃビッチ呼ばわり。まぁ珍しいことじゃないけどね』
そして、そういう人は陰で何を言っているか分からない。
自分ではなく、客観的にそうなる対象を目の当たりにして、ああいった行動に出てしまったという事か。
少しだけ、南條さんの事が分かった気がした。
だけど、それだけに気に入らなかった。
つまるところ、南條さんは平折の事は好きでもなんでもないという事を告白したのに等しいからだ。
――平折は、南條さんに憧れてさえいるというのに……っ!
別に誰が悪いというものじゃない。
ただ、こうして2人の心の内を知ってしまうと、なんだかもどかしくて、そして悔しくて……思わずギリリと奥歯を噛みしめてしまう。
「サンク君って優しい人なんだね」
「そ、そんなこと!」
「フィーさん……?」
だというのに、当の平折からは今の俺の感情からはかけ離れた言葉が飛び出していた。
「本当にサンク君が酷い人なら、そんなこと言わないでしょ? その人のことが気になってるから、私たちに話を聞いてもらいたかったんじゃないかな?」
「それはっ……そうかも、です……」
「ゲームだからこそ、言えることってあるよね。それは悪い事じゃないと思うよ……!」
「フィーリア、さん……」
…………
あー、なんだ。くそっ!
平折に、人としての器の違いを見せ付けられたかのような気分になってしまう。
やっぱり平折は変わった。良い方に変わった。
「僕、その子と話してみようとおもう、です!」
「うんうん、頑張って! 付き合ったら教えてね!」
「そ、それはないです!」
「ふひひ」
そう言って、サンクを諭すフィーリアさん。
学校では絶対に見られないような光景だ。
でも――なんだか平折と南條さんは、存外に良い親友になれるんじゃ……そんな事を思ってしまった。
「『その相手とこれからどうしたいか――過去より未来の方が重要じゃないかな?』」
「……っ!」
「おおーその通りだね、クライス君」
気付けば、あの時南條さんに背を押してもらった時と同じ言葉を送り返していた。
『今日の私あからさまだったけど、吉田さん変に思ってないかな?』
その返事はスマホに返ってきた。
なんだか不安に思っているのが伝わってくる。
『大丈夫だ、フィーリアさんに誓って』
『あはは、そっか』
目の前の画面では、ニコニコしているフィーリアさんがエールを送っていた。