待ち人は……
あれから3日、あっという間に土曜日になった。
ちなみに昨日も一昨日もゲーム内でフィーリアさんと会っている。
『クラーケンのイカ墨パスタ……そういやイカ墨って食べたことないんだよね。クライス君はある?』
『いや、ないな。グロいって程じゃないけど見た目がなー』
『こういう時にこそ、冒険ってしてみたくならない?』
『それでもしハズレ引いたら目も当てられんぞ? これ1280円もするし』
『うぐっ!』
こんな感じで会話の内容も、カラオケセロリでこれを頼みたい、あれも頼みたいけど予算が、などと結構楽しみにしてくれているみたいだ。
誘った手前、楽しみにしてくれているのは嬉しい。
…………
……
「ふぁああぁ~ぁふ」
寝起きのボサボサ頭のまま、欠伸を噛み殺しながら階段を降りる。
丁度その時、バタンと玄関の扉が閉まる音がした。
どうやら平折はどこか出掛けたみたいだ。
冷蔵庫からお茶か牛乳どちらにするか逡巡し、コップに牛乳を注いで一気に呷る。
目の端に入った時計を見ると現在8時55分。
普段休日なら昼近くまで寝ているはずだが、俺も存外に楽しみにしているらしい。
それにしても平折のやつ、随分早くから出かけたんだな。
この5年間近く、挨拶以上の会話をしたことはほとんど無い。
家族になったとはいえ、どういう交友関係があるのか全くわからない。
学校で時折見かけるが、物静かで読書ばかりしているイメージだ。
誰かと馬鹿騒ぎをするような性格ではないが……友人がいないというわけじゃない。家では見せる事の無い笑顔を見たこともある。
学校で初めて笑う顔を見た時は、別人じゃないかと思うくらい意外に感じた。
そんな友人と遊びに行っているのだろうか?
それとも、俺が知らないだけで彼氏とデートだったりするのだろうか?
同じ屋根の下で見せる事の無い笑顔が、脳裏に浮かぶ。
何故か胸がモヤモヤした。
飲み干したコップをシンクに浸け、もやもやを振り払うかのように洗面所で顔を洗った。
「ふぅ」
幾分かすっきりした頭で気持ちを切り替える。
今日はフィーリアさんと遊ぶ日だ。
辛気臭い顔をされたら、たまったもんじゃないだろう。
待ち合わせ時間は12時。
お昼を食べつつカラオケで遊び、あとは流れに任せるというざっくりとしたプランだ。
まだまだ待ち合わせまで時間が有ったので、PCに電源を入れてゲームにログインした。
「おはよ――って、フィーリアさんはいないか」
最終確認でも出来ればよかったのだが……まぁ昨夜もしたし大丈夫か。
野良PTでどこか行ってもよかったが、そんな気分にはならなかった。
結局すぐにログアウトして、俺も準備に取り掛かることにした。
◇◇◇
初瀬谷という街は、よくある地方都市だ。
近隣に大都市があり、ベッドタウンという側面が強い。
それでも多くの人口を抱えるだけあって、駅前にはショッピングモールを始め様々な商業施設がある。
当然ながら、休日ともなれば非常に賑わっていた。
待ち合わせ場所は駅前の時計下だ。
そこも例に漏れず、人の往来でごった返していた。
「っと、まだそれらしい人は来ていないか」
スマホをみると11時47分。
約束の時間にはまだ少し時間がある、か。
実は連絡先を交換していない。
決めたのは場所と時間、そして目印だけだ。
目印にしたのは『くっ殺ゴブリン』のキーホルダー。
縄で縛られた、眉毛が太いやたら凛々しい緑肌の子鬼だ。
これは『くっ、いっそ殺せ!』という台詞が特徴的な、ゲーム内のマスコットキャラだったりする。
フィーリアさんもこのキャラが大好きで、よくモブの群れに突っ込んでやられそうになると真似して『くっ、いっそ殺せ! てかクライス君救援はよー!』なんてよく言っている。
俺たちの待ち合わせの目印にするには、これ以外ないだろう。
これに決めた時、俺たちらしいなとモニターの前でひとしきり笑ったものだ。
スマホケースに無理やり取り付けてみたのだが、結構な大きさもあってよく目立った。
もしフィーリアさんが見ると『なんだよ、それ!』と笑ってくれるだろうか?
そんな事を考え、目の前まで掲げてニヤニヤしていた時だった。
「えっ!?」
「ん?」
鈴を転がすような、可愛らしい声が聞こえた。
そこにはハイウエストで絞った桜色のワンピースを着た女の子。上からは白のカーディガン。
光の加減で青くも見える、艶のある濡羽色の長い黒髪が目を引いた。
どこか幼さの残る顔は、大きな瞳を揺らしながら驚愕と動揺に彩られている。
思わず二度見してしまうくらいの美少女だった。
その娘が俺のスマホケースのくっ殺ゴブリンを指差している。
「えっと、その……クライス……君?」
「あ、あぁ……」
だけど、どこか既視感めいたものを拭えなかった。
不躾だとはわかっていても、ジロジロと彼女を眺めてしまう。
ゲーム内で可愛いらしいコーデが好きなフィーリアさんらしい、いかにも女の子といった格好だ。
そんな俺の視線を恥ずかしがってか、フィーリアさんは身を捩じらせている。
可愛らしい見た目と違って、自信なさげにおどおどとした態度にギャップを感じる。そしてどこか見慣れ――いやまて、この娘は……
「平折……?」
こくん、と。
いつものように、その小さな顔を俯かせた。
「……フィーリア、です」
そしていつもと違って、蚊の鳴くような声で俺の呟きに応えた。
夜にもう1話上げます。