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もう一人の彼女


 それほど長居をしたつもりは無かったが、辺りは既に暗くなり始めていた。

 だからだろうか、手元のスマホの画面が随分明るく感じてしまう。



『今夜20時、始まりの広場にて』



 画面にはそんな文字が躍っていた。

 差出人は南條さん。

 強引に押し切られる形で連絡先を交換した。


 ――アドレスを知りたい男子とか多いんだろうな。


 しかめっ面でそんな事を考えながら、帰路を歩いていた。



「バレないようにしないとな……」



 そんな事を独りごちる。

 もし康寅にでも知られると、大騒ぎになるに違いない。


 それに、もしこれが平折にバレたら――


 ……


 平折は義妹だ。一緒に住む家族だ。それ以上でもそれ以下でもないはずだ。

 もし平折にバレたとしても、何かを言われるような筋合いは無い。


 だと言うのに――何故か、平折を裏切っているかのような、後ろめたい気持ちになってしまった。

 いけない事をしているみたいで、ズキリと胸が痛んでしまう。


 そんな自分の気持ちに戸惑い、振り払うかのよう(かぶり)を振った。


 それよりも今朝の件と――南條さんの事だ。



 ゲームで平折と一緒に遊ばないという選択肢はない。

 南條さんと交わしたばかりの約束も反故できない。

 必然、2人は顔を合わすことになるはずだ。


 さて、どうしたものか……


 頭を悩ませ答えが出ないまま、家に着いてしまった。


「ただいま」


 玄関には既に灯りが点いており、当然ながら平折のローファーが置かれてあった。


 平折が家にいる――そう思うと、何故だか無性に顔を見たくなってしまった。

 顔を上げれば、リビングの扉から光とTVの音が漏れている。


 居ても立ってもいられなくなり、慌てる心を押さえつけながらゆっくりと扉を開ける。


 そこには地べたに座って不思議なポーズを取る平折がいた。


「平折?」

「っ!?」


 床に座りながら背筋をピンと伸ばし、手を合わせた合掌ポーズでぐぐぐと力を入れている。

 目の前には広げられた雑誌……何かのストレッチなのだろうか?


 そんな平折と目が合うと、その顔を羞恥でどんどん赤く染め上げていった。

 あわあわと慌てふためく様は、まるで見てはいけないものを見てしまった気にさせられる。


「~~~~っ!!」

「おっと!」


 我に返った平折は、近くのソファーからクッションを手に持つと、こちらを見るなとばかりにそれを俺の顔に押し付けてきた。


 ――いったい何なんだ?


 ストレッチの何が恥ずかしいのか、よくわからなかった。


 俺はその場に立ち尽くし、脱兎の如く部屋に戻る平折の背中を見つめていた。



◇◇◇



 夕食の時、平折は目を合わそうとしなかった。

 気まずい空気の中、手と口を動かす羽目になってしまった。


 平折の顔はまだ赤いままで、どこか恨めしそうな空気すら出しており、何か話そうにも取り付く島がない状態だった。


 あからさまに何かありましたという態度に、弥詠子(義母)さんに何か突っ込まれるような気がしたが、特に触れられることはなかった。

 よくよく考えれば、俺と平折が家で仲良く話をしている光景なんて見たことがないだろう。きっと、いつもの事と思われたに違いない。


 その事を考えると、胸中は複雑になる。


「……ごちそうさま」


 先に食べ終えた平折は、そのままそそくさと自分の部屋に戻っていった。

 結局、何も話が出来ないままだ。


 今朝の事にしろ南條さんの件にしろ、その間の悪さを呪ってしまいそうだ。

 モヤモヤとした気持ちだけが募っていく。


「ごちそうさま」


 それらの気持ちを夕食と一緒に飲み込んで、席を立つ。


 何だか重い足取りで自分の部屋に戻った。

 時計を見れば19時半を少し回ったところ。約束の20時が差し迫っていた。


 とにかく、それまでに平折と話をしなければ――そう思って、PCを立ち上げた。



「クライス君は何も見なかった、いいね?!」


「あ、あぁ」



 ログインしたら挨拶をする間もなく、待ち構えていた平折に釘を刺された。

 いまいちよくわからないが、とにかくあれは平折にとって見られてはいけないもののようだ。

 何度も念を押すところをみると、よほど恥ずかしかったものらしい。



 ――女の子って難しいな。



 つくづくそう思う。平折には色々振り回されてばかりだ。

 だけど、不思議とそう悪いもんじゃないな、と思ってしまい――なんだか笑いが零れてしまった。


 気付けば、今朝の事はどうでも良いような雰囲気になっていた。


 南條さんの事を言うなら今か。


「所で平折――いやフィーさん(・・・・・)、ちょっと話があるんだが……」

「どうしたの? 改まっちゃってさ」

「知り合いがこのゲームを始めるみたいでさ、それで今日は約束をしているんだ」

「……なるほど」

「だからフィーさん(・・・・・)にも紹介しておこうと思ってね」

「それでフィーさん(・・・・・)、ね」


 敢えて、俺が先日まで平折と知らなかった頃の呼び方にしたことに、どういう事か理解してくれたようだった。


 基本的に、俺達が義理の兄妹だというのは秘密にしている。

 ただの兄妹だと言い張ってもいいのだが、学年も同じだし、誕生日も3か月しか変わらない。


 血の繋がりのない年頃の男女が、一つ屋根に暮らしている――その事実に、妙な勘繰りをしてくる人が、どうしたっているからだ。


「で、どんな人なの?」

「……そうだな」


 答えにくい質問だった。

 馬鹿正直に南條さんだと言う事は出来ない。

 それに、南條さんがどんなキャラを作ったかも聞いていない。


 もしかしたら、平折のように現実とは違った雰囲気のキャラを作っているかもしれない。



「ちょっと強引で、面倒くさい奴かな」



 だから、俺の中の南條さんのイメージを言ってみた。

 まるで良い所が無い様な、自分でもどうかと思うような返答だ。



「あはは、そっかぁ。随分仲の良い友達なんだ」


「はぁ? どうしてそうなる?」



 だというのに、平折からの返事は予想外のものだった。

 全くの間違いだ。

 そもそも南條さんとの関係は、友人といえるかどうか……


「誰かな? もしかして祖堅君?」

「……違う、知らない人だと思う」


 嘘をついた。


 理由は色々あるが――何故か平折に南條さんとのつながりを知られたくなかった。

 これでいい筈だ……だけど、少し胸が痛んだ。



 ――~~~~♪



 そんな中、俺のスマホが鳴った。

 南條さんからのメッセージだった。


 一瞬、アプリを開くかどうか躊躇うが――先程別れた南條さんの顔を思い出すと、それは出来そうになかった。


『今からログインするわ! そっちはどう?』

『既にログインしている。今から待ち合わせ場所に向かうが――一人、紹介したい人がいる』

『へ?』

『……一緒にゲームをしている友人だ』



 平折と合わせていいのか――そんな事が脳裏を過ぎった。

 しかしこのゲームをする以上、俺と平折の事は切って離せない。


 ならば、早めに紹介したほうが余計な混乱を生まないと思ったのだ。


「フィーさん、知り合いがインした。着いてきてくれ」

「どんな人かなぁ、ちょっと楽しみ!」



 ――平折の憧れてる娘だ、とは言えなかった。


 ウキウキとした様子なだけに尚更だった。

 ……なんだか、自分が卑怯者になったような気がして、胸が軋む。



 待ち合わせは、ゲーム開始の街の広場だ。

 様々なプレイヤーが行きかっており、狩りへの待ち合わせ場所にも使われることから、様々なキャラクターでごった返していた。


 俺はまだ南條さんのキャラを見たことがない。これは探すのに苦労しそうだ。


 一体どんなキャラなんだろうか?

 南條さんは猫被りの達人だ。

 いわゆる"姫"と呼ばれるような存在になるのもお手の物だろう。


 普段教室で見かける、キラキラしたアイドルの様なキャラを作っているのだろうか?


 平折を見てみれば、耳をピクピクさせながら周囲を見渡していた。

 どんな人を探せばいいか分かっているのだろうか?


 ……


 これは埒があかないな。

 直接連絡して聞いた方が――


「あ、あの……」

「ん?」


 何か陰鬱な黒い物体から話しかけられた。

 俺の周りをうろちょろと回っては、何か言いたそうにそわそわとしている。


 背の低い少年だった。

 どこか自分に自信無さげな挙動で、ビクビクとした様子だ。

 外見の装備的に、初心者に毛が生えたような感じだろう。 


 ゲームの知り合いの心当たりは無かった。

 しかしタイミング的にどう考えても――気付けばスマホのアプリを開いていた。


『なぁ、南條。もしかして目の前にいる黒くて小さいガキがお前か?』

『もしかして、目の前の大きな斧を持ったのが倉井君かしら?』


 ……まじか。


 目の前のちんまい少年をジロジロみてしまう。

 まさか、男性キャラだとは思いもよらなかった。


 普段教室で中心人物になっている南條さんからは、想像できない姿だった。

 いかにもボッチで教室の隅の方に隠れていそうな――そんな感じのキャラクターだった。


 スマホでお互いの確認を取って確信したのか、どことなく嬉しそうに周囲をぐるぐる回っている。



「僕、サンク。こちらあdでも、よろしうくね」

「あ、あぁ……」



 たどたどしく打つチャットに、先ほど南條さんの家の中同様、相槌を打つくらいしかできなかった。


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