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だから、彼女は……


 なんとも理解しがたい状況だった。


 俺は何とも言えない顔をしながら、ノートPCで南條さんの登録の代行を進めていた。

 時折メールアドレスなどを聞くために隣の南條さんに目を移すが――全身をそわそわと小刻みに揺らしながら「まだ? まだ?」と言いたげな顔で画面を覗いている。


 これだけの為に俺を呼んだのだろうか?


 その無邪気な態度に……色々と突っ込みたい気持ちをグッと堪える。


 Find Chronicle Onlineは、いわゆる月額課金制のMMOだ。

 無料体験版のDLだけなら1クリックで済むのだが、本登録となれば運営サイトへの会員登録、製品版の購入およびシリアルコード入力、それに月額コース設定などがあり、それら一部は運営とメールをやり取りしなきゃいけなかったりと、結構面倒くさい。


 ……寝ぼけた頭では混乱して出来なかったのだろうか?


「南條、製品版を購入しないといけないのだが……」

「それってどうするの?」

「コンビニでプリペイド式の電子マネーを買ってくるか、クレジットカードで――」

「クレカね、これでいいのかしら?」

「ッ?! それは……いや、俺に渡されても困る。番号は自分で打ってくれ」

「番号……こうかな?」


 生まれて初めてブラックカード(最上級クレカ)を見てしまった。

 確か年会費だけでも数十万もするとか。


 少なくとも高校生が持っているような代物じゃない。


「それ、親のカードか? 勝手に使って大丈夫なのか?」

「あたし個人のだから大丈夫よ」

「……マジか」

「それより、これでいい?」


 そういって、ノートPCの画面をこちらに見せてくる。

 購入画面の確認ページになっていた。


 ……複雑な事情がありそうだな。


 それを言えば、自分だって平折(義妹)の事がある。

 誰だって聞かれたくない事だってあるだろう。

 ならば好奇心で踏み込むまいと、本登録の続きの作業に没頭した。


「……」

「……」


 静かな部屋にキーボードの打鍵音が響く。


「……聞かないのね?」

「聞いて欲しいのか?」

「いいえ……あんたって本当に変ね、ふふっ」

「ほっとけ」


 何故か、南條さんはご機嫌だった。

 一緒に住んでる義妹(平折)の気持ちすら碌に分からない俺に、南條さんがどうして機嫌が良いのかわかる筈もなかった。

 それよりもこの落ち着かない空間から、一刻も早く帰りたいという気持ちの方が強かった。


 だからその呟きは、聞きたいから聞いたというわけじゃなかった。


ブラックカード(それ)は労働報酬みたいなものよ」

「労働? 何かのバイトか?」

「才色兼備の完璧な南條家令嬢、凛を演じる猫かぶり(仕事)のね」

「なるほど、仕事(・・)か」


 相槌以外、打ちようのない台詞だった。

 自分で言って傷付いているのか、ソファーの上で膝を抱えて顔を埋める。

 部外者が勝手に踏み込んでいい空気ではなかった。


 俺に出来る事は、本登録を進める事くらいだ。


「終わったぞ。あとはダウンロードが終わってパッチを当てれば、体験版のデータを引き継いで続きを遊べるはずだ」

「わぁ、ありがとう!」

「っ!」


 不意打ちだった。


 それは無垢な笑顔だった。

 どこまでも嬉しさがにじみ出る、眩しい笑顔だった。

 南條凛という少女が、仮面を脱ぎ去った無防備な表情だった。


 言うまでも無く、南條凛は美少女だ。

 そんな彼女の笑顔が自分に対して向けられて、ドギマギするなと言うほうが難しかった。



 ――何より、初めて挨拶が重なった日の平折の笑顔と、似ていると思ってしまった。



 どうして? 自分で自分に混乱する。


 ダウンロードの残り時間は20分以上と表記されていた。


 時間はあった。だから、この質問は照れ隠しに近かった。


「どうして、このゲームをしようと思ったんだ?」

「っ!」


 あの日、南條さんはスマホのゲームにのめり込んでいる様子だった。

 自分の好きなキャラをあれだけ語っていたのだ、思い入れもあったのだろう。

 だからこそ、ここまでネトゲに嵌るわけがわからなかった。


 変な質問をしたつもりはない。


 だというのに、南條さんの顔がみるみる赤くなっていく。

 もじもじと膝をすり合わせるその仕草は、元が美少女だけに破壊的だった。


「……」

「……」


 不思議な沈黙だった。

 言いたくないわけではない、幼子がとっておきの秘密を知ってしまったので、誰かに言いたくて仕方がない……だけど恥ずかしい。そんな顔をしながらチラチラと俺を見ている。


 思えば、あの南條凛が俺にだけ見せる顔だ。甘えるかのような顔だ。とてもレアなもののはずだ。

 他の男なら喜び、自慢にすることだろう。

 だというのに、何故か既視感があった。



 ――平折?



 そう、平折に似ていた。

 いつ話しかけても、もじもじとして結局は逃げ出す過去の平折(義妹)と重なってしまった。


 だから、いつもそうしようとしていたように、じっと辛抱強く、先を促すかのように顔を見つめてしまった。




「……あたしじゃない、あたしになれたんだ」




 ぽつり、と呟いた。

 その声色は羞恥に彩られていた。だけど、どこまでも熱を帯びていた。自分でも処理しきれないだろう様々な感情が乗っていた。


「目の前に映る人々がさ、あたしを素通りするんだ。何も気にせず、そこにいる多くの一人だって言うように。新鮮だった。ソシャゲと違ってさ、自分の分身のキャラを作るよね。街に立っているのはあたし。だというのに、その反応は現実と違ってたんだ。皆素通りするだけじゃない。あたしが初心者だとわかると、色々教えてくれたりする人もいた。とにかく――違う自分になれたのが……すごく嬉しかったんだ!」


「……そうか」


 まるで自分が見つけた秘密基地を、大切な宝物を、それを自慢するように、一緒にその喜びを分かち合って欲しいと言うように……



 それを聞いて、ふとフィーリアさん(ゲームの平折)が脳裏に過ぎった。


 何故だかはわからない。

 だけど、南條さんから目を離せなくなっていた。



「馬鹿みたいに思うかもしれない。だけど自分じゃない自分になりたくて、このゲームをしたいんだ……」



 だから、そう自虐的に笑う南條さんが、何故か平折が自分を傷付けるように見えて――



「馬鹿じゃねーよ!」



 ――思わず大声を出してしまった。

 熱くなってる自分こそが馬鹿みたいだった。


 自覚すると途端に恥ずかしくなって、南條さんから目をそらしてしまった。


 視界の端に、ビックリして目を見開いている彼女の姿が見える。



「……くすっ」

「……うるせぇ」



 あぁくそ、何やってんだ俺は。


 何とも言えない空気になったのを、頭をかきむしって誤魔化そうとする。


 そして、いつしかダウンロードは終了していた。



「終わったぞ。これで続きが出来る」

「そっか」



 南條さんは早速パスワードを打ち込み、起動させようと試みていた。

 それを見て俺の役目は終わったとばかりに、鞄を持って帰ろうとする。


 長居は無用だ。


 ここにいると、変に調子が狂ってしまう。



「これでもういいだろう。帰るぞ」

「ま、待って!」



 だというのに、何故か引き留められた。


 そして平折を髣髴させる仕草と顔で、こんなことをのたまった。



「ゲームでさ、フレンド(友達)になってよ……っ!」



 ……


 その瞳には、どこか寂しさを感じさせる陰りがあった。

 まるで一人は嫌だ、孤立しているのは嫌だと――


 2人を重ねるなんて、平折にも南條さんにも悪い事だとわかっている。

 だけど今、目の前の少女が、必死に手を伸ばしているかのように見えてしまった。


「……ああ」


 だから、その言葉を断ることが出来なかった。


いつも応援ありがとうございます。

おかげさまで総合ポイントが5桁の大台に乗る事が出来ました。

引き続き頑張っていきますので、コンゴトモ オウエン ヨロシク。

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