義妹とのぎこちない日常
「『倉井 昴 16歳』と。ええっと住所は――」
ゲームをログアウトした後、俺はネットでカラオケセロリの会員登録をしていた。
登録すると20%OFFのクーポンをもらえるからだ。
「騎士の血の誓い(ノンアルコールカクテル)……トマトジュースベースか? うわ、750円! 高っ!」
ざっとメニューを見てみれば、ゲーム内でおなじみの料理が色々と再現されていた。
まるでゲームの世界が現実になったようなものを眺めているだけで、テンションが上がる。
しかし、こういったものは見栄えは良いけれど値段は高い。
更にはカラオケ利用代金にコラボフードのお金を払えば、結構な額になる。
話の種になるとは言え、高校生のお小遣い事情では少々厳しい。
だけどせっかくなので、色々注文してみたいという思いもあった。
そう考えるとやはり、20%OFFは大きいな……
ともかく、ずっとゲームだけの付き合いだった親友とリアルで会うことになったのだ。
メニューを眺めてどれを頼んで、どういう馬鹿話をするか想像するだけでも楽しい気分になった。
………………………………
…………
……
気付けば、メニューやその説明文を眺めて1時間ほど経過していた。
それだけ興味を引かれて読んでしまっていた。
そして日付も変わりそうな時間だというのに、小腹が空いてきてしまった。
どう考えても、食べ物をずっと見ていた弊害だ。
お茶でも飲んで誤魔化そうと、リビングへと降りる。
冷蔵庫から作り置きの麦茶を取り出し、コップに注ぐ。
「……あ」
「……平折」
丁度注ぎ終えた時、1人の女の子と鉢合わせた。
長いぼさぼさの髪に野暮ったいジャージ姿。
俺も人の事は言えないが、だらしない格好をしている。
ちゃんとすれば整った顔立ちをしているのだが、如何せん家の中だ。誰も咎めるものは居ない。
一応彼女の名誉の為に言っておくと、普段はきちんとしている。
学校の制服も折り目正しく着こなし、お堅い優等生といった印象だ。
まぁ制服姿も垢抜けてはいないのは否定できないが。
彼女は倉井平折――俺の義妹だ。
もっとも歳は3ヶ月しか離れておらず、学年も一緒だったりする。
「……平折も飲むか?」
「……」
そう問いかけるも、ビクリと身体を震わせ、どこかおどおどとするだけだった。
一応何かを話そうとするが、喉に言葉が引っかかって出てこないかのようだ。
……
お察しの通り、俺と平折の仲は良好と言えない。没交渉という言葉がしっくりくる。
――気安くバカ話が出来るフィーリアさんとは対極な感じだな。
ふと、そんな事を考えてしまった。
そもそも比べることも失礼な話だし、相手はゲームのキャラクターだ。
バカなことを、と思わず頭を振る。
「……」
「……」
暫く待ってみるも、反応はない。
平折は俯き、どこか居心地悪そうにしている。
だから俺は早々に冷蔵庫へ麦茶を仕舞い、コップを持って部屋に戻ろうとした。
そして俺と入れ替わるようにして、平折もどこか申し訳なさそうにしながら冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注ぎだした。
……俺、いるかどうか聞いたよな? 言ってくれればよかったのに……
その表情からは、決して俺を毛嫌いしているというわけではない……と思う。
平折は耳まで赤くて、時々こちらをチラチラ見ては、目を逸らして俯く。
お互いになんとも気まずい顔をしているのがわかる。
いつもの似たようなやり取りと言えば、それまでだ。
ただ、互いに変に気を使い合っていた。
仲が悪いというわけではない。
だが決して良いとも言えない。
そもそも歳が3ヶ月しか離れていないという事からわかるように、俺と平折に血のつながりは無い。
5年前、中学に上がると同時に家族になった――父の再婚相手の連れ子だ。
当時、多くの人がそうであるように、俺は思春期だった。
明確に異性を意識するようになる年頃でもあり、どこか気恥ずかしい思いから平折を避けてしまった。
距離を詰めるきっかけをつかめぬまま、今の様な微妙な関係になってしまっていた。
表面上は、可も無く不可も無く。
ただし交流は一切無い。
もしかしたら、実の兄妹ならこんなものだったりするのかもしれない。
だけど同じ家に住んでいるのもあるし、もう少し打ち解けたいと言う思いもあった。
家の中で顔を合わせるたびに気まずい思いをするのは、正直疲れる部分もある。
そんな事を考えながら階段を登る。そして、もやもやとし始めた胸の内を飲み込むように麦茶を呷った。
……部屋に戻った時には、コップは既に空だった。
空になったコップを眺めていると、ふとフィーリアさんの顔が思い浮かんだ。
そうだ、平折の事もフィーリアさんにちょっと相談してみるのもありかな?
家族や学校の友達に平折の事を相談するのは、正直憚られる。
かといって、ゲームの中でそんな重い話をするのも何か違う。
ゲーム内とは言え、今まで親友と思えるほどの関係を築いてきたんだ。
軽い気持ちで、どうしたものかと聞いてみるのは妙案じゃないか?
たとえ何か良い案が返ってこなくても、話すだけでもスッキリしそうだ。
持ち掛けられた方は堪ったものじゃないかもしれないが……そこは笑って流してもらおう。
フィーリアさんと会う日が楽しみになってきた。
パタン。
そんな事を考えていると、一拍遅れて隣の部屋の扉が閉まる音が聞こえた。
「~~~~♪」
機嫌の良さそうな鼻歌が聞こえてくる。
何か良いことがあったのだろうか?
平折と、そんなちょっとしたことを話せられるようになれば――