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今更、気付いてしまった


「昴ぅ、どぼじよお~! 追試がぁ、追試があぁあぁぁっ」

「なんだよ康寅、くっつくな、うっとうしい!」


 昼休み、康寅がわざわざがこちらのクラスまでやって来ては抱き付いてきた。

 どうやら先日の実力テストの追試が差し迫っている様子だ。

 何やら大変そうではあるが、それは自業自得だしくっ付かれるのは鬱陶しい。


「追試の勉強見てくれ……っ! このままじゃ補習で放課後が潰れてしまう……っ!」

「あー悪ぃ、実は先約があってな」

「……へ? ぼっちの昴に先約……? そ、そんなバカな!」

「殴るぞ!」


 よろめき目を見開き、全身であり得ないと表現する康寅。


 ……社交的でない自覚はあるが、それほど俺に何か先約があるのが珍しいことなのだろうか?


「まさか南條さん……」

「は?」

「南條さんと約束があるんじゃあるまいな?! こないだ話しかけられていたし、最近妙に楽しそうな顔してるし!」

「……ちげーよ」


 ドキリとした。

 最近浮かれているという自覚はあった。


 原因は――平折だ。


 あれからというもの、家であったら挨拶をする、学校で顔を合わせてもにっこり会釈する。

 ただの知り合いに対する様なものだ――しかし、今までの事を考えれば劇的な進歩だった。


 それにどこか胸が満たされるような感じになって……浮ついた気持ちになっている自覚はあった。


「……昴、最近変わったよな」

「なんだよ、康寅」

「なんていうか……ついに惚れた?」

「は?」

「南條さんは渡さないからな!」

「意味わかんねーし!」


 揶揄う康寅に大きな声で反論してしまった。

 それを見て康寅は、余計に顔をニヤつかせた。



 自分の中でも上手く言えない感情だった。


 平折は――義妹だ。一緒に住む家族だ。そして、長年バカやってきたゲームの悪友だ。惚れた腫れたという対象じゃない……はずだ。


 仲良くはなりたいと思う。

 そして最近、距離は近付いているとは思う。


 だけど――


「追試、頑張れよ」

「くぅ、昴が冷たい!」


 なんだか、胸がもやもやした。



◇◇◇



「うぐっ、こんがらがってきた! よくわからーん! だから、気分転換に狩りにいこ?」

「だから、じゃない。追試は明日だろ?」


 ため息をつきながらチャットを打ち込む。

 目の前のモニターでは飽きたと言いながら、腰に手を当ててぷんすかエモートを繰り返すフィーリアさん(平折)


 俺達はゲームを通して(チャット)で追試の勉強をしていた。


 こんなやり取りも、もう3日目だ。


「ほら、まずは設問の最初の式の解をaに代入して、事前に求めた数字を公式に当てはめてみろ」

「うぅ、クライス君の鬼!」

「補習はいやだろう?」

「うぐ、ゲームする時間が少なくなっちゃう……」



 そういうと、平折は設問に取り掛かった。


 平折が例題を解いている間、俺は手持ち無沙汰になる。


 目の前のモニターを見てみれば、クライス(俺のキャラ)フィーリアさん(平折のキャラ)が向かい合って座っていた。

 場所は拠点にしている街の宿舎の一室だ。

 ともすれば眠気を誘う穏やかな音楽が聞こえてきて、時折時間経過で足を組みかえるモーションが行われていた。


 一言で言えば暇だった。


 待っている間、他のサイトの記事を読んだり、席を離れて雑誌を読んだりしている。

 ゲームにログインしながら何をしているんだ、とは思う。


 1人で野良PTに行ったり、ソロで何か行こうかも考えた。

 実際今までだと、そういう風にしてきた。


 だが目の前にいるけもみみキャラの女の子が、隣の部屋の女の子(平折)と同一人物だというのを知ってしまった。



 ――すぐ傍で勉強してるというのがわかっているのに、俺だけ遊ぶと言うのもいかがなものか。



 そう思うと、行く気になれなかった。

 追試があるのは平折の自業自得だ。それもわかっている。

 それにきっと、俺だけ遊びに行くと、平折は拗ねたり悪態をついたりして勉強を放り出しそうだ。


 その顔を想像すると、困ったことに、どういうわけかくつくつと笑いが零れてしまった。


「出来た! 答えは11! どうだ!」

「違う、14だ」

「えっ?! マジで?! 自信あったのに!」

「その例題の間違いやすいところがあってな――」


 さて、どう説明したものか。いわゆるこれはひっかけ問題だ。

 式や図を指差ししながら説明すればわかりやすいが、チャットだけで教えようと思うと、途端に厄介になる。正直、ちょっと面倒くさい。


 だから、最近思っていたことを打ち込んでみた。



「なぁ、リビングでやらないか?」



 ほんの軽い気持ちだった。

 あの時、カラオケセロリに誘った時と同じ感じだ。


 最近俺は、平折とは少しは距離を近付けられたと思っていた。

 挨拶もそうだし、中身はアレだがお弁当も作ってもらった。


 それに、先日平折から――


 少しは仲良くなれた筈だ。

 出来るなら、今よりも距離を詰めたいという気持ちがあった。




「ごめん、無理」




 だからその言葉の意味が、一瞬理解できなかった。

 脳が現実を拒絶しているのか、目の前が真っ暗になった。

 心臓は全力疾走をしたかのように早鐘を打ち、だというのに身体は寒気すら感じている。


 何故? どうして?


 ふいに――どういうわけか、先日の非常階段(南條さん)の事を思い出した。

 誰かに向けられた好意を拒絶する瞳。

 そんな目をする平折を幻視してしまった。


 頭は混乱の極致にあった。

 『言ってみただけだ』とか『冗談だよ』とか、そんな言い訳めいた言葉を打とうとするが、手が震えて上手くキーボードを叩けない。

 焦れば焦るほど文字の変換も上手くできず、画面では『胃っty身やだk』という文字が躍ってる。


 想像以上に自分がショックを受けていることを自覚し、愕然となった。


 思考はどこまでも冷たく凍りつき、胸には穴が空いたかのように寒い。



「私ものすごい癖っ毛で今も跳ねまくってるしさ、着替えもしなきゃだし……ほら、こないだ髪おろした時も、先っぽの方跳ねてたでしょ?」



 だと言うのに、その言葉を見ただけで氷解していくのがわかる。

 ふぅ、と思わず安堵のため息さえも出た。


 早とちりだった。


 この発言(チャット)が出るまで10秒もなかった。

 一般的なチャットの打ち込み速度だ。

 なんてことはない時間の筈だ。


 だというのに俺は、この10秒にも満たない時間で頭の中をぐちゃぐちゃにされてしまった。

 ……そんな自分にビックリだ。



「そうか」



 たっぷり、その数倍以上の時間をかけて、その3文字だけの返事をした。


 ――普段家の中じゃボサボサ頭のジャージ姿じゃないか。


 何度かそう打とうとした。

 だけど、ガリガリと頭を掻き毟り、子供じみた拗ねた感情だなと思い――飲み込んだ。



 ――平折はズルいな。



 何だか先ほどから、俺ばかりが心を掻き乱されている気がする。

 胸の内に、そんな不満めいた思いが沸き上がり、すぐさま返事を打つことが出来なかったのだ。



「別に嫌だとかそういうわけじゃなくて、ちょっとしか顔を合わせないならともかく、じっくり顔を合わせるとなるとその、急に言われても困ると言うか……うぅぅ」



 だけどそんな思いも、すぐさま表示された長文にかき消された。

 モニターの中ではフィーリアさん(ゲームの平折)が俺のキャラの周りをうろちょろしたり、顔を覗いたりしている。


 画面越しに、平折の必死な様子が伝わってきた。



 ……ははっ。



 なんだ、俺だけじゃなかったのか。


 先ほどと違い、なんだか温かいものが胸に広がっていく。


 ――今日は胸の寒暖差が激しくて困るな。


 そんな下らない事考え、くすりと笑いが零れる。


「怒った? 怒ってない? その、私だってちゃんと準備しないと恥ずかしい……のです」

「怒ってないよ」

「そう? ええっと、その、ごめんね?」

「気にしてないよ」

「ならいいけど。ていうかですね――」


 気にしていないと言うのは嘘だが、同じような気持ちを共有している――そう思うと、今度は無性に胸がこそばゆくなっていった。


 嫌な感じは全然しなかった。


 だけど――





「私だって女子なんですよ?」


「――そうだったな」





 平折は女子だ。

 普段の家ではボサボサ頭でジャージ姿だ。学校の制服姿も垢抜けないし、髪もひっつめで洒落っ気はないが――女の子だ。


 どういう意味で言ったのだろう?


 考えてもわけがわからない。


 ……


 平折は女の子だ。


 その事実を再確認すると、どうしても落ち着かない気分にさせられてしまう。



「とりあえず、さっきのところの間違いだが――」

「あ、強引に話題逸らした!」

「説明しないぞ?」

「わーわー、ごめんなさい! お願いします!」


 あのままだと、何かドツボに嵌まりそうだった。

 だから、強引に話を例題に戻した。


 平折は義妹だ。女の子だ。


 そんな事は当然わかっている。

 れっきとした事実だ。家族になる前から分かっていたことだ。


 それを、初めて本人の口から、確認するかのように言われた。


 どういうことだろう?


 先ほどとは違った種類のざわめきが胸で暴れる。


 平折は義妹だ。そして家族だ。



 そして――血の繋がらない女の子だ。



 その事が、ひどく俺を動揺させた。


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