昴と平折と……③
なんかこの回だけやたら長いです……
自分の部屋のPCを立ち上げる。
ここ最近、ゲームはすっかりご無沙汰だった。
「ま、そんな余裕なかったんだけどな」
平折とゲームをする――それがなんだか日常に戻ってきたことを象徴しているようで、しかしかつてとは明らかに状況が、関係が違っていた。落ち着かなくなる。そわそわしてしまう。
「あ、あのっ!」
そこへ、コンコンというノックと共に、平折の上擦った声が掛けられる。どこか緊張の色を孕んでいる声だ。
一体どうしたんだろうと、首を捻りながら返事をする。
「どうした、開いてるぞ?」
「あぅぅ、そのっ……」
「……平折?」
「~~~~っ」
ドアの向こうからは息を呑み、躊躇っている様子が伝わってくる。
ますますわけがわからなかった。
俺の部屋に来るのは珍しいことではない。前もよく一緒にゲームもしていた。
「い、いきます……っ!」
「お、おぅ…………ッ!?」
そして気合を入れた声と共にドアが開けば、今度は俺が息を飲む番だった。
稲穂を連想させられる黄金色の長い髪に、ピンと張った三角の耳。お尻の方からはふかふかのしっぽがひらひらと揺れている。
肩と背中がざっくりみえる白衣に緋袴風のミニスカート、そして赤いリボンが特徴的な白のオーバーニーソックス。
一言で表せば、狐耳っ娘の和風ファンタジー巫女さんだった。
現実離れした格好に、手に持つノートPCがやたらとアンバランスで、だがそれが強く現実であることを意識させられる。
どこか見覚えのあるそれは、フィーリアさんを模した姿だった。だが扇情的な姿でもある。
平折がスカートを気にして身動ぎすれば、俺も思わずごくりと喉を鳴らす。
「あ、あのっ!」
「な、なんだ!?」
「う、うひぃ、げ、現実だとありえないくらいに短いよね! こ、こんな短いの穿くとちょっとしたことでおぱんつ様が見えちゃうって……!」
「ひ、平折!?」
顔を真っ赤にして、棒読みでそんなことを言い出した。どうやらゲームの平折を演じているらしい。
平折は恥じらいつつも、くるりと身を翻す。
するとふわりと緋袴風ミニスカートが舞い、ばっちりと中身が見えてしまった。ゲーム同様紐パンだった。
「で、どうかな、可愛いかな? ねぇねぇ昴さ……くん、どうかな……っ?」
「…………あーその、可愛すぎて困る」
「~~~~っ!?!?」
そして自爆した。
一気に顔を耳まで真っ赤に染め上げた平折は、うぅぅと唸り声を上げながらそのまま定位置だったベッドに向かう。そしてノートPCを立ち上げた。
「……」
「……」
お互い何て言っていいかわからなかった。
久しぶりのログインということもあって、パッチファイルを当てるのにも時間がかかる。
沈黙が流れていく。だがお互い意識しているのでそわそわとした空気だ。
「あ、あの、昴さんっ!」
「な、なんだ?」
「こ、この衣装には足りないものがあります! さ、さぁそれは何でしょう!?」
「へ?」
何かクイズのようなものを出された。ゲームでもよくあったことだ。どうやら平折はフィーリアさんを続けるつもりらしい。
改めて平折を見てみる。
巫女さんっぽい恰好だが、色々と肌色面積も大きく際どい。どこか活発的な印象を受ける衣装だ。普段の平折のイメージとは違うけれど、これはこれで可愛らしい。
そんな女の子がぺたんと俺のベッドの上で女の子座りをして、白い太ももや華奢な肩に二の腕が艶めかしく映る。
無防備ともいえる姿を目の前に晒されれば、どこが足りないかだなんて考える余裕もなく、見ていても頭が熱くなるだけだった。
だから思わず目を逸らし、ぶっきらぼうに言葉が飛び出す。
「わ、わかんねぇよ」
「そ、そうですか……じゃなくて、そっか! わ、わからないかなー? せ、正解は鈴の付いたチョーカーだよ、おいなりさんといったら鈴だよね」
「あ、あぁ、そうか……そう、なのか?」
「だ、だから、はい、これっ!」
そして平折は袖口から鈴の付いた首輪を取り出した。首輪だった。断じてチョーカーじゃない。
「わ、私に付けてくださいっ」
「ひ、平折!?」
「そ、その、昴さんに、つけて欲しいです……」
「あ、あぁ、わかった……」
どういう状況が理解できなかった。
だが俺はフラフラと平折に誘われるままベッドに行き、受け取った首輪を付ける。
「んっ……」
つける際に、首筋に触れた。悩まし気な声が漏れる。ドキリとしてしまう。触れた指がやたらと熱く感じる。
「で、出来たぞっ」
「こ、これで私は昴さんのペットですね……っ!?」
「ぺ、ペット!?」
「首輪を付けられると、ものすごく昴さんの所有物だって感じがしますっ」
「いや待て何を言って」
「ぺ、ペットですから、こ、こーんな風に昴さんに甘えてもいいし、昴さんは私を可愛がらなければいけませんねっ!」
「ちょ、おいっ!」
早口でそんなことを宣言した平折は、首輪を付ける際ベッドに腰かけていた俺の膝に頭を乗せて甘えてきた。
期待と不安に彩られた目をしている。その視線は俺の手と目を交互に行き来する。
だから俺は、平折を撫でざるを得なかった。
「か、髪はカツラですのでっ……」
「そ、そうか」
つまりそれ以外を撫でろということだった。なかなかに難しい注文でもあった。
だがここまでおねだりされて、撫でないわけにもいかない。そもそも、俺も撫でたい。
頬、肩、腕――そのどれもが熱かった。おっかなびっくり触るとくすぐったそうに身をよじるので、その熱を確かめるかのように触れていく。そして平折も俺に甘えるかのように腕を、身体を摺り寄せてくる。
――正直、頭が沸騰しそうだった。目の前がくらくらする。本能に支配されそうだ。
暴走しなかったのは、何かその、平折にしてやられてばかりで悔しいという、ただの意地だった。だがそれも時間の問題に思われた。
「ひゃんっ!?」
「っ!? ど、どうした?」
よくできた尻尾に触れたとき、妙に甲高い驚いた声と共にビクリと身体を震わせた。それで一瞬、正気に引き戻される。
「ええっと……尻尾はその、敏感でして」
「――――っ!?」
意味がわかるような、わかってはいけないようなことだった。
深く考える間もなく平折は居住まいを正し、正座になって俺と向き直る。
「……」
「……」
変に気まずい空気だった。だがお互い興奮していた。この状況を上手く説明できない。
平折はもじもじと膝頭をこすり合わせながら上目づかいで見上げてくる。その顔は、どこか不安そうな色をしていた。
「さ、最近昴さんは私に構ってくれないというか、何もしようとしてくれません」
「いや、ええっと……」
「釣った魚に餌をやらないというかその……ちょっぴり寂しいです」
「そ、それはちがうっ!」
ドキリとした。悩んでいたことでもあり、敢えて距離を取っていたふしもある。
だが平折に直接そのことを指摘されれば、確かに不義理と取られても仕方が無いだろう。
俺は自分のことばかりでそこまで考えが至っていなかった。
「わ、私は昴さんの彼女で、もう処女でもありませんから、その、いつでも求めてくれても問題ありませんっ!」
「平折、ちょ、これっ!?」
そういって平折は俺の手を取り、四角く平べったいものを握らせてきた。そして、そのまま身体を弄ってくる。こちらを見る目は潤んでおり、どう見ても誘われていた。完全に理性を殺しに来ていた。
正直、我慢も限界が近い。
だがそれでも平折に、今のうちに言っておかなければならないことがあった。
1つ、大きく息を吐き、目を見つめる。
「平折、ちょっと俺の話を聞いてくれないか?」
「昴さん……?」
急に変わった俺の空気に、平折が眉間に皺をよせて聞き返してくる。
「その、俺たちは付き合っているけれど義兄妹だ。同じ家に住んでいる。だからその、今まで線引きをしていたというか……怖いんだ」
「怖い、ですか……?」
「関係が急にかわってしまいそうというか……一度でも家でそういうことをしてしまうと、タガが外れて際限なく平折を求めてしまいそうだし、ただでさえ感情を持て余してていっぱいいっぱいで――情けない話、人としてダメになってしまいそうで怖いんだ」
「…………」
今まであやふやだった心のうちが、すらりと形を伴って飛び出した。
平折は目をぱちくりとさせながら俺の言葉に耳を傾けてくれている。
そう、俺は怖かった。
俺と平折はまだどこかあやふやなところのある関係だ。付き合っていることを、親父と弥詠子さんにもまだ言っていない。
それでも今の関係は居心地がいい。だからそれが、急に変わっていくのが怖かった。ひどく臆病で情けない話だ。
「だからなんていうか、順番は逆になったけどさ、もっと平折と買い物に行ったり遊んだりというかデートしたり、ゆっくりと距離を詰めていきたいんだ」
それこそ焦らず、ゆっくりと。
そっと目を逸らし頭を掻き、そしてぎこちない笑みを作って平折に向き直る。
――だが、俺は忘れていた。
いつだって思い切りがよく、最初の一歩を踏み出すのは平折の方だということを。
「昴さん――――っ!!」
「んんっ!?」
「んちゅっ……ん、んー……っ」
「んんんーっ、ん、んんーっ!?」
不意打ちだった。気付いたら平折に押し倒され、口を唇で塞がれている。
それはキスというより捕食だった。口腔内が平折に蹂躙される。
咄嗟のことに反応できず、為されるままだ。
混乱する頭でそっと唇を離した平折を見れば、その瞳は見たこともない色を湛えていた。
そして平折はぞくぞくと身を震わせながら、己の望みを謳い上げる。
「私、昴さんをダメにしたいです」
「ひ、平折!? 平折さんっ!?」
予想もしない言葉だった。どう受け止めていいかわからない。喰われる、と思ってしまう。
「真白おねーさんが来たぞーっ! 今日からは一緒だぞーっ!」
「「っ!?」」
だがその瞬間、ガチャリと玄関の開く音と共に、やたらとテンションの高い声が聞こえてきた。
「昴ー、平折ちゃんー、どこー? カレーのにおいだ、私の分あるーっ!?」
真白だった。 どうやら宣言通りうちに住む気でやって来たらしい。
ガチャガチャと何か重いものを引きずり入れる音がしたかと思えば、トントントンと階段を駆けあがってくる足音が聞こえてくる。
あっという間の出来事だった。
俺たちは突然のことで頭が働かず、平折に押し倒された状態のまま真白に見つかってしまう。
「す、昴!? あ、ああああんた平折ちゃんに何してるのよーっ!?」
「このそれは何ていうか、ゲームをしようとして……」
「何のゲームなのよ!? こ、コスプレさせて可愛いなにこれマニアック平折ちゃん!?」
「あ、あのその真白さん、こんばんは、です……あはは……」
興奮した真白がぎゃーぎゃーと騒ぐ。この場の空気が一瞬にして真白色に塗り替えられる。
助かったのは確かだった。その一方で残念な気持ちもある。
喧しい真白をよそに困った顔の平折と目が合えば、ふふっ、と妖しい笑みを返された。
――何か、平折との力関係が変わりそうな予感がした。
番外編いかがだったでしょうか?
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この1週間が勝負です! 是非お願いします!
続刊したい(鳴き声
また、ファンレターも大きな力になります! 是非ともお願いします!
ファンレターに何を書いていいか分からない?
ふふっ、ここまでWEBで読んでくれた方ならわかっているハズです。そう――
感想もファンレターもにゃーんだけで大丈夫ですよ!
にゃーん!
カクヨムの方にも、かなり毛色が変わってしまった(主観)書籍第一稿をベースにしたものを載せています。書籍がどういう風にWEBから変化したのか、購入を検討の方や興味を持った方は、是非覗いてみてくださいね!