昴と平折と②
番外編2回目です。
野菜を切っていると、ガチャリと玄関が開く音がした。
どうやら平折が帰ってきたようだ。
「ただいまです」
「おかえり、平折」
「……あれ、お母さんは?」
「親父のところ。しばらく向こうにいるらしい」
「そ、そうですか。てことは……」
「あ、あぁ……」
しばらく平折と2人きりになる。
そのことが伝わったのか、お互い顔を赤くしてそっぽ向いた。
「「……」」
沈黙が流れる。いつものことだ。
だがいつもと違い、俺の心臓は早鐘を打ったかのように激しかった。
料理の手が止まる。しかし包丁は握ったまま。会話はない。
だというのに俺も平折も互いに意識してソワソワとしている。視線も感じる。きっと平折も感じているはずだ。その証拠に手持ち無沙汰に鞄を持ち換えたりしている。滑稽だった。
――何やってんだ、俺は。
色々考えていたことがあった。
だが平折の顔を見た瞬間、どうしていいかわからなくなってしまった。
きっと、しばらく1つ屋根の下で過ごさなければならないということを意識してしまったからだろう。でもこのままじゃダメだ。
互いの想いはわかっている。確認もしあった。
しかし最近、上手く伝えられていない気がする。
だからこそ平折は凛に相談したのだろう。
目の前の切りかけの野菜を置いて向き直る。
「あーその、平折」
「は、はい! 何でしょう……?」
「夕飯さ、カレーだけどその、一緒に作らないか?」
「……………………え?」
「平折?」
俺の提案が意外だったのか、平折は目をぱちくりとさせた。
そして、そわそわしながら眉間に眉を寄せていく。
そんなに変なことを言ったのだろうか? 平折の態度から不安になってきてしまう。
「えっとその、私料理が出来なくてと言いますか、ロクにしたことがなくて……あぅぅ……」
「…………へ?」
今度はこちらが目をぱちくりとさせる番だった。
恥ずかしそうにオロオロとする平折を見てくつくつと喉を鳴らせば、もぉ! とばかりに頬を膨らませて抗議してくる。
「……昴さんのばか」
「ははっ、ごめん。そういや、こういう時はいつもコンビニ弁当かインスタントだっけ」
「そうです。昴さんは何か簡単なものを作っていたようですけど」
「だったらなおさら、一緒に作らないか?」
「え、でも私は――」
「俺が平折と一緒に作りたいんだ」
「…………あ」
耳まで真っ赤になっている自覚があった。
ただ一緒に同じことをしたい。少しでも近くで寄り添って何かをしたい。ただそれだけのことである。
何度か目を瞬かせた平折は、やがて俺の顔を見て目を細めた。
「そういうことなら……色々教えてくださいね、昴さん」
「お、おぅ……」
そして平折はふにゃりと表情を溶かし、機嫌のよさを振りまきながら俺の隣に立つ。
「まず何をすればいいでしょう?」
「そうだな……冷蔵庫にトマトとレタスがあったからサラダでも――」
◇◇◇
調理といっても、カレーもサラダもさほど難しいものじゃない。
特にこれといったアクシデントに見舞われることなく完成した。
以前と同じく平折は卵とチーズを用意している。
「さて食べようか」
「いただきます」
夕食は和やかに始まった。
やはり一緒に食べるカレーはいつもより美味しく感じる。
今日は辛さも熱さも平折の好みだったのか、水へ手を伸ばす回数も少ない。
食事は無言だった。
だけど、覚えのあるかつての空気と一緒だった。少し懐かしくて頬が緩む。
よく知る、気の置けない空気。
かつてから、フィーリアと一緒に遊んでいた時に感じていたのと、同じもの。
――あぁ、そうか。
「なぁ平折、久しぶりにゲームをしないか?」
「ゲーム、ですか?」
「ちょっと前みたいにさ、俺の部屋で一緒に喋りながら、その、フィーリアさんな平折にも久しぶりに会いたいというか、色んな話をしたいというか……」
突然の提案だった。
思えば最近ゲームもしていない。
だけどゲームは、フィーリアさんは、俺と平折と切っても離せない。
平折は「フィーリア……」と呟き、そしてどうしたわけか頬を染める。
「わ、わかりました! じ、準備してから昴さんの部屋に向かいますね!」
「お、おうっ」
そして妙に気合の入った顔で返事をするのだった。
いよいよ発売も明日に迫ってきました。
もしかしたら早いところではもう売られているかもしれません。
売れなきゃ打ち切りです……なにとぞー、なにとぞーっ!!
周囲にもいっぱい宣伝してくださいね!
また、カクヨムにも投稿始めました。
そちらの方の序盤は、書籍第一稿がベースになっております。なろうとはかなり違う印象をうけるかと。是非そちらの方もよろしくお願いしますね。