焦るなよ
『私、凜さんに相談したいことがあります』
俺はえらく真剣にそう言った平折を、見送る事しか出来なかった。
一体何を相談したいのかはわからない。俺のことかもしれないし、モデルの仕事のことなのかもしれない。でも何かはわからない。
ただ1つ確かに言えることは、相談の相手が俺では無くて凜という事だった。
そのことがやけにもどかしく、胸の中でドロリとした感情がぐつぐつと沸き立ってしまう。
「あぁ、くそっ!」
それを誤魔化すようにガリガリと頭を掻き、そしてパシッと叩く。
これが凜に対する嫉妬だという事を自覚するくらいには、冷静であるつもりだった。
それに凜とはああいうことがあったにもかかわらず、俺や平折とも変わらず、いやそれ以上に良くしてもらっている。
こんなのは凜に対しても失礼だというのは分かっているが、最近どうも平折のことが絡むと、自分でもどうしていいか分からず感情を持て余してしまう。初めて体験する感情に振り回されていた。
「……はぁ」
自戒するかのように大きなため息を1つ、鬱陶しそうに吐き出せば、視界の端にやけに慌てた顔が駆けて来るのを捉えた。
「昴、大変だ! 助けてくれ!」
「康寅、一体どうしたんだ?」
いつもはへらりとした笑みを絶やさない康寅が、珍しく逼迫した様子である。
まさか平折に関係することで何かあったんじゃ……先ほどまで思っていたこともあり、返事の声色も自然と硬くなる。
「追試が多くて留年するかもしれん、助けてくれ!」
「アホか!」
「痛ーっ!?」
だが飛び込んできた台詞は、自業自得の泣き言だった。
とりあえずドキリとさせられた分だけとばかりに小突いておいた。
◇◇◇
その後、俺と康寅は図書室に移動して教材を広げていた。
春休みを直前に控えていることもあって閑散としており、貸し切り状態である。
「で、そこに公式を当てはめれば――」
「お、解けた、なるほどねー。これで数学は大丈夫か。で、次は古文なんだけど……」
「康寅、さっきは英語だったよな? 一体どんだけ追試があるんだよ」
「あとは生物と地理だけだ。なに、そっちは暗記もんだし一夜漬けでなんとかなるだろ」
「おい、ほぼほぼ全教科じゃないか」
「へへっ、去年に引き続きすまねーな」
「……ったく」
そういえば、と思い出す。
去年もこの時期、こうして康寅の追試対策に付き合っていた。
その時のことを思い返しつつ、しかし今目の前で少し教えただけでスラスラと問題を解いて行く康寅の姿を見て、少し違和感を覚える。
康寅は決して地頭が悪いわけではない。ただ普段からの勉強量が純粋に足りていないように感じた。
「康寅、お前普段から少しでも勉強していたら、こんなに慌てなくてもよかったんじゃないか?」
「ははっ、違ぇねぇ」
「それに俺ら来年は3年だろ? 受験どうすんだ?」
「んー、浪人する」
「おい、浪人前提かよ」
「1年は浪人してがっつり金を貯める。んで、再来年には確実に大学に入る」
「……康寅?」
ハッキリと、そして意志の硬そうな言葉だった。
いつものようにへらりとした笑顔を浮かべているが、その目はやけに真剣だった。
どこか見覚えのあるその眼差しは、平折のそれと酷似している。目が離せなくなる。どういうことかとこちらの瞳が怪訝な色に染まっていけば、康寅は少し困ったような、そして恥ずかしそうに頭を掻いてポツリと呟いた。
「オレさ、特に将来やりたいことがあったわけじゃないし、それに家も荒れてるし……高校卒業したら働いた方が良いと思ってたんだけどさ、その何て言うか昴や吉田、それに南條や陽乃ちゃんを見てて考えが変わったんだ」
「俺たちを見て……?」
「アカツキグループ本社……何度か出入りしたけどさ、すごかったよな?」
「……あぁ、確かに。別世界かってくらい大きなところだったな」
「自分たちで考え、動いて、色んなところと協力して写真集発売して……ネットとかでさ、吉田や陽乃ちゃん、色々手を回してた南條は凄いと思うよ。でも昴もアイツらに負けないくらい輝いていた」
「俺は別に……いっぱいいっぱいだっただけで……」
「それでも、だ。アカツキの専務に啖呵切ったりなんか普通の人にできねぇし、やべぇって思ったよ」
「……確かにそれ、今考えるとやばいな」
「はは、だろ? でもさ……オレ、正直まだ何をやりたいかわからねぇ。薄ぼんやりとしている。でも自分の可能性を広げるために進学したいんだ」
「……それで浪人か?」
「ははっ、うち貧乏だしなー。だから1年間がっつり学費貯めてもいいかなってって」
「康寅……おまえその、ええっと、思い切りがいいな」
「焦っても仕方がねぇなと思ってさ」
「そうか……」
そして康寅は真っ直ぐな目で見据えてきた。
「だから昴もさ、焦るなよ。吉田は逃げねーよ」
「んなっ!?」
「付き合ってるんだろ?」
「それは……まぁ、そうだが……」
突然の指摘に顔が熱くなってしまった。どうして? 顔に出てた? 確かに最初から挙動不審だったかもしれない。
そんな思い当たるふしを脳裏に浮かべては、百面相になっているのを自覚する。
俺の顔を見る康寅の目は、ひどく微笑ましいものだった。
「昴があんなにもヤキモチ焼きだったんなんビックリだったわ」
「うっせぇ!」
「吉田の方はあんなにも信頼しきってベタ惚れなのになぁ」
「ベタ惚……何だよ、それ」
「気付いてないのか? 吉田、昴が近付くだけで笑顔が3割増しになってるぞ」
「なっ!? ……それ、皆気付いて……」
「さぁな、鋭いやつは確実にわかってると思う」
「ぐっ……」
「ははっ、面白い顔をしてるぞ、昴」
「……うるせーよ」
顔を直視していられないとばかりにそっぽを向く。
ふひひと揶揄う笑い声をその場に残し、康寅も勉強へと戻っていく。そして最後にこれだけはと呟いた。
「まーなんだ、何かあったらオレに相談してくれ、力になるよ。オレも相談したいこともあるしな」
「……そん時は頼む」
何だか色々見透かされているかのようだった。
だが康寅に指摘され、悩みを分かってくれて、心が少し軽くなるのも確かだった。
――ったく、康寅のやつ……
お節介だなと思いつつ、それは俺に気を回してくれていたのだというのもわかってしまった。
だから感謝しつつも、複雑な感情と共にはぁ、とひと際大きなため息を吐くのだった。
今年のうちに最後に番外編を、ということで書きました。
まさかの受賞をしたり、色々とびっくりした年でもありました。
書籍の方はもう少ししたら情報を出せるかも?
活動報告などでの報告になると思いますので、この機会にぜひ、作者をお気に入り登録に入れてください!
来年もぜひよろしくお願いします。にゃーん!
あ、いつものように、感想はにゃーんだけで大丈夫です!
にゃーん!!!