*凜と平折と__ 前半
番外編になります。
期末試験も終わり、後は春休みを待つだけとなった3月半ば。桜もちらほらと蕾をつけ始める頃。
教室は浮足立っているようでしかし、どこか物憂げな、この時期独特の空気に包まれていた。
特に先日行われた3年生の卒業式が別れを強調し、また新しい学年を前に出会いを彷彿とさせる。
そんな、新しい環境の変化の前の、不安と期待がない交ぜになったような空気だった。
(進級、か……)
どこか憂鬱な表情の凛は、頬杖を突きながらため息を吐く。
「どうしたんですか、凛さん?」
「平折ちゃん……」
そんな凛を目にした平折が、声を掛けてきた。
あれから2週間。
凛はその直後こそ3日ほど学校を休み、平折や昴ともぎくしゃくしたものの、表面上はかつてと同じ調子を取り戻していた。
ちなみに休んだ理由は家族で北陸旅行であり、しっかりとお土産も渡している。
「ん、このクラスもあと少しなんだなぁって思って」
「あぁ、そうですね。2年生も残りわずかになっちゃいましたね」
「ちょっと名残惜しいなぁって。特にこの半年は本当に色々あったからさ、気も抜けちゃってるというか……」
「凛さん……」
そう言って凛は、少しだけズキリと痛んだ胸を誤魔化すように笑う。そんな凜を見た平折は困った様な笑みを浮かべる。
特に今年に入ってからは、写真集の発売にアカツキと灰電の経営に絡むお見合い騒動、それに平折との喧嘩や昴とのこと。心休まることのない怒涛の日々だった。
正直なところ、心の整理はついていない。
まだまだ時間が必要で、だけど立ち止まってもいられない。
(あぁもう、ダメだダメだ!)
凜にとってやはり平折は大切な親友であり、自分が認めた相手なのだ。心配なんてかけたくないし、かけてやるものか、なんて思ってしまう。いつだって肩を並べ胸を張って隣に立っていたい。
だから頭を振って弱気を払い、心に渇を入れようと頬を叩こうとしたときのことだった。
「凜さん」
「ひ、平折ちゃん?」
いきなり平折は凜の手を取って、にっこりと微笑む。
急なことに凜はビクリと身体を震わせてしまう。
「来年も一緒のクラスになれるといいですね」
「…………ぁ」
その顔は凜を包み込むような慈愛に満ちたものであり、そして文字通り手を取り隣にいるよと伝えるものでもあった。
凜はなんだか自分の心が見透かされているようでいて、しかし先日のことで負い目を感じることなく、また貶めることもなく接してくるこの親友に対し、気恥ずかしくなってしまう。
だけど、いやだからこそ、凜はこれからも平折と一緒にありたいと思った。自然と口の端が上がり、心に熱いものが広がる。
「うんそうだね。来年は昴も一緒になれるといいな」
「はいっ」
「けど、あたしの目の前であんまりイチャつかないでよね?」
「り、凜さんっ?!」
そうやって凜が小声で揶揄えば、平折は顔を赤く染めて恥じらいつつ頬をぷくりと膨らませて抗議してくる。その姿は大変愛らしく、同性である凜も思わずため息を吐いてしまうほどだ。
(平折ちゃんは変わったなぁ)
以前と同じく大人しくどこか引っ込み思案なところがあるのはそのままに、だけど先程凜の手を取って声を掛けたように、積極性と言うのも芽生えてきていた。
昴と付き合い始めてからはそれがとくに顕著で、オドオドとすることも無くなっている。
自分に自信が付いた、とでも言うのだろうか? 随分と強くなったと思う。
さらに元から他人の心の機微に聡いところもあって、それとなくさっきのように寄り添ってくれる――平折はそんな魅力的な女の子に成長していた。
今では凜の方が助けられ、引っ張られることも多くなっている。
(あたしも負けていられないなぁ)
凜も目を細め、平折と微笑みあう。
そんな平折であるが、昴と付き合っているということは周囲に隠している様だった。勘の良い人は何人かそれとなく気付いているが、本人は頑なに否定している。
当然だ。
2人は義兄妹でもあり、周囲にも秘密にしている。モデルの件もあって、心無い目や声に晒されないためにも必要なことだろう。
凛もそんな事情を知る者として、昴と平折のことはまだまだ複雑な心境であるとはいえ、それでも2人の親友として見守り手助けしたいと思う。
「吉田さん、ちょっといいかな?」
「はい、何でしょう?」
その時、1人の男子生徒が平折を呼び出した。
「委員会のことでちょっと」
「あ、学期末のことですね」
どうやら平折が所属する図書委員での事務的な話のようだがしかし、凜には彼の顔は赤くどこか緊張しているように見える。
平折は変わった。魅力的になった。そう感じるのは、何も凜だけではないという話だ。
「あ、そういえば吉田さんってどんな本とか読むの?」
「私ですか? 何でも読みますけど、ゲーム関係が結構多いかも。好きなんですよね、ゲーム」
「っ! そ、そうなんだ。意外だね」
「あ、でも最近は写真集にも興味出てきました。といっても見るのは、もっぱら猫のですけどね」
「へ、へぇ。いいね、自分も猫好きだなぁ」
「ふふ、可愛いですよね」
平折は無意識のうちにその男子に向かって無邪気に笑顔と愛嬌を振り撒けば、ますます彼は顔を赤らめてしまう。
これも平折が変わったことの1つだった。
以前は絶対に男子とはあまりしゃべったり、特に2人っきりになるようなことはせず、むしろ避けていたところがあったのだが、今はそんなことはなく男女の垣根無く誰にでも嫋やかに接している。
本人にその気はないのだが、結果として、平折の目の前にいる男子のように、もしかしたらという期待を抱かせてしまって恋心を持ってしまう男子を量産してしまっている。当然ながら、平折はそんなことには気付いていない。むしろ昴以外どうでもいい態度というのが、凛や目端の利くものにはわかってしまう。
(……まったく、平折ちゃんに男のあしらい方を教えないと。何か変な事件が起こってからじゃ遅いんだからね)
凛は眉間に指を当てつつ、大きなため息を吐いて立ち上がる。
平折と図書委員の男子を引き離すためだったが、凛より先に強引に割って入る人物がいた。
「平折、もう用は済んだか?」
「あ、昴さん」
「っ、倉井……引き留めてごめん、吉田さん」
昴だった。
いつものどこかぶっきらぼうな表情で、今度はこっちの――仕事の用があるとばかりに平折の手を引いていく。
写真集のあの一件から、昴が平折や陽乃に対するマネージャーじみた立ち位置になっているのは周知の事実だった。
今なお写真集など次回作を望む声は学内からも多く、先ほどの彼もその件だと思いあっさりと身を引いている。
だが凛は、それが平折から彼を引き離す方便だというのを知っている。
続編の予定なんて無いし、平折もその気が無いということも告げている。
もっとも、アカツキとしては続編を出してほしいというのが本音だ。
(……たく、昴ってば何やってんのよ)
凛は複雑な心境で、少し痛む胸を押さえながら教室を去ろうとする2人の背中を見る。
つまるところ、アレはただの昴のヤキモチだった。
平折は変わった。だが昴も変わった。
以前と違い、どこか余裕がないように感じてしまう。
それが、妙に気にかかってしまう
(あぁ、もう!)
そして凛はもう一度大きなため息を吐いて、2人の背中を追いかけるのであった。
お久しぶりです!
今日と明日の2日にかけて、前中後の3回更新予定です。
ついカッとなって書きたいものを殴り書いてしまった……にゃーん……
あ、次回は明朝更新予定です。