*平折
「はい、これ……」
「ぁ、ぁりがとうございます……」
平折と凜は、凜のマンションのリビングで向かい合っている。
目の前には淹れたての紅茶が香り立つ。
人目も憚らず廊下で号泣した2人は、落ち着きを取り戻すや否や、彼女の家へと駆けこんだ。
互いに胸の内をこれでもかと曝け出したこともあって、何だか気まずい空気が流れているがしかし、どこか晴れ晴れとして肩が軽くなった気分もあった。
「……」
「……」
落ち着かない様子の平折は、物珍しさも手伝ってキョロキョロと視線を彷徨わせる。
初めて見た凜の家は、どこか整然としながらも雑多な印象を受けた。
ソファーや絨毯、テレビといった家具や調度品は、まるで手付かずの新品かと思うほどきっちりとピカピカに置かれているにも関わらず、姿見前のごく一部の空間には衣類やメイク道具、ファッション雑誌なんかが散乱していてちぐはぐだ。
キッチリしているけれど、隙がある……そんな凜らしい二面性が部屋に現れており、思わず笑いが込み上げてしまった。
「ち、散らかっててゴメン」
「そ、そんなこと無いですよ! ただ、誰を思ってこんな部屋になったかと思うと、その気持ちも分かる気がして……」
どう勘違いしたのか、そんな平折の反応を見た凜は気恥ずかしそうに目を逸らす。
平折は、自分の部屋を思い浮かべながら想像を膨らませる。
きっと数か月前までは、傍から見ていた学校での凛と同じように、この部屋はモデルハウスの様な整然とした様子だったに違いない。
もっと自分に興味を持ってほしくて、綺麗な自分を見てもらいたくて、必死に努力した結果がこの部屋の様相なのだろう。
(乙女だなぁ)
平折はそんな親友のいじらしい姿に微笑ましくも温かな気持ちになる。
それと同時に、こんなに美人なのに可愛らしいところもあるなんてズルい、などと思ってしまう。
当の本人である凜は、気恥ずかしそうな顔から落ち着いたのか、どんどんと昏いモノへと変化させていく。
「あたし、どうすればいいんだろ……」
「それは……」
力なく、凜が心の内を思いを零す。
平折と凜は互いの想いをぶつけ合い、その心を理解しあった。2人の絆は、より強固になったとも言える。
しかし依然として、如何ともしがたい現実が横たわっているのも事実だった。
凜の抱える問題は重大だ。
アカツキ、灰電に関わる数十万人に影響があるという。
1つの地方都市に匹敵する人間の生活を左右しかねないと聞いても、規模が大きすぎて想像するのも難しい。
それほどの重責をこの親友は背負っているのだと、そして決して目を逸らさず逃げ出すことはしない女の子だという事を知っている。そんな彼女だからこそ、平折は憧れたのだ。
「……」
「……」
何とも言えない沈黙が流れていた。
平折は、想いや言葉にしただけではどうにもならないことがあると言う事をよく知っているだけに、歯痒い気持ちが募っていく。
それでも平折は、例え自分の望みと相反するものだとしても、凜にその気持ちを諦めて欲しくはなかった。
同じ人を好きになった親友だからこそ、何かをしたいという気持ちが強く溢れてくる。
たとえ自分が選ばれないとしても、それでも――
「ぁ……」
「……どうしたの?」
そして平折は気付いてしまった。
思わず変な声を上げてしまう。
「うぅん、何でもないです」
「そう?」
そんな平折を見た凜は、自分が大変な目に会っているというのに、心配そうな瞳で覗き込んできた。
だからこそ、思い至った事の確信を深めていく。
平折は自分に自信が無い。
取るに足らないちっぽけな存在で、何かが出来るとも思っていない。
ましてや誰かの為に、何か大きなことを為せるだなんて自惚れてもいない。
だというのに、何故こうまでして強く凜の力になりたいと願うのか――そんな自分の心の奥底にあるものに気付いてしまった。
(きっと昴さんも、同じ気持ちだったんですね)
そして自分の想いを重ねたのは、ぶっきらぼうな所があるけれど優しくて、そして誰かの為に手を差し伸べて頑張ることができる、大好きな男の子のことだった。
『自分の為なんだ……俺は、寂しかっただけなんだ……』
それはただの自己満足なのだと自覚してなお、誰かの力になろうとする思いを、理解してしまった。
(昴さんは、誰彼構わず手を差し伸べる人じゃない)
もし無差別に誰かを下心なく助けようとするならば、それはただの偽善者だ。
だから彼はきっと――
……
平折の胸は、早鐘を打ったかのようにけたたましく暴れていた。
色んな感情がぐわんぐわんとかき混ぜられ、それは表情として顔に現れてしまう。
「平折ちゃ――っ?!」
「……ぁ」
そんな平折を訝し気に凜が覗き込もうとした時、突如彼女のスマホが鳴り響く。
どうしようと戸惑う凜に、平折は出てあげてと目線で促す。
今は凜にとって重要な時だ。
何かこの政略結婚に関する情報絡みの電話かもしれない。
もしかしたら良くない連絡かもしれない……そんな思いで固唾を飲んで見守るも、かかってきた相手は予想外――ある意味納得の人物だった。
「はい――って、昴?!」
「……っ!」
「え、どうしてその事を……うん、まぁいわゆる政略結婚だけど、その、本決まりってわけじゃなくて……は?! 今から会えないかって?! 何時だと思ってるの、もうすぐ日付変わっちゃ……って、そもそもあんたどこにいるのさ?!」
想い人からの突然の通話、そして政略結婚の事を聞かれ、凜は動揺を隠せないでいた。
諦めきれないと平折の前で涙を流し、その恋心を再確認した彼女にとって、会いたいと匂わす事を言われれば尚更だ。狼狽える気持ちも分かる。
(やっぱり昴さんは、こんな時は必ず手を差し伸べるんですね)
おそらく凜が明確な拒絶をしようとも、昴がそれを止めることはないだろう。
かつての平折が昴を決定的に遠ざけようとして、旅行先の雨の中を追いかけてきた時の様に、彼は決して見捨てないし諦めない。
だからこそ、驚きまごついている凜を見て、平折は自分のすべきことを理解する。
「えぇっと、その――ちょっ?!」
「代わってください凜さん――昴さん、ですよね?」
『だから――え、平折……?』
きっとこの人は、凛の事を知ってしまって、何かせずにはいられなかったのだろう――自分の様に。
「あのその、昴さんは、凜さんに会いたいんですか?」
『いや、会わせたい人がいるんだ』
「凜さんにですか?」
『いや、どちらかというと親父さんとかそっちのほうだな』
「そうですか……なら、会うとすれば本社ビルとかの方がいいですか?」
『あぁ……その、頼めるか?』
「はぃ」
強引にスマホを奪って話をすれば、結婚に焦った昴が凜に会いたいという話では無かった。
凜はおそらく、最初に会えないかと言われた言葉の印象が強すぎて、動揺してしまったようだった。
(まったく……昴さんは、女の子を変に迷わす事を言わないでって教えないといけませんね)
そんな事を思いつつ、昴の言葉から、何が起こってるかを連想する。
どうやら昴の方でも動いているかのようだった。
陽乃が昴からこの件を聞いたと思えば、既に動いても当然か。彼はそういう人なのだ。
通話先の背後はガヤガヤと騒がしい声が聞こえており、外にいるのがわかる。
そんな中で、アカツキ経営者である凛の親に会わせたい人がいるという。
だからきっと、何かこの状況を打破してくれる――平折にはそんな予感があった。
「ちょっと、平折ちゃん!」
「今すぐ本社ビルに行きますよ、凜さん」
「え? あ?!」
「ほらほら、あと凜さんのお父さんも呼んでくださいね」
そう言って平折は強引に親友の背中を押して外へと促す。
――倉井昴は無茶をする。
だけどそれは、無茶をしても良いと思った相手にだけだ。
先ほど平折が凜の為に何でもしようと思った事は、果たして他の人にも適用できるだろうか?
その事を想像して気付いたことだった。
(私へのことも……そういうことですよね?)
平折は、今まで昴が自分の為にしてくれた数々の事を思いめぐらす。
そしてその行為には、打算とかそういうものが、一切なかった。
だからこそ平折は昴を信じることが出来るようになった。思いを寄せるきっかけにもなった。
正直、凛の為に一生懸命になっていることに、嫉妬しないわけではない。
それでも、大切に思う人の為に全力で何かをしようとする、そんな彼の姿に惚れたのだ。そんな彼を好きな自分を、もう裏切りたくはない。
だから、これでもかという精一杯の笑顔を浮かべて凜へと微笑みかける。
「さぁ、凜さん行きましょう! 私たちの大好きな人のところへ!」
∧,,∧
(,,・∀・) <にゃーん!
~(_u,uノ
(※れびゅーほちいの鳴き声)












