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気付く想い


 倉井家の間取りは、一般的なLDKの作りだ。

 キッチンのすぐ隣にダイニングがある。


 カレーなので、各自でお米をよそってルーを掛ける。


 ふと、平折がお米を盛った皿を見てみれば、俺の半分にも満たない量だった。そのことに酷く驚いた。



「(それだけで足りるのだろうか?)」



 おせっかいな事を考えながら席に着く。

 そしてチラリと向かいに座る平折を見た。


 平折は線が細くて華奢だ。

 身長も俺より頭1つ分近く低い。


 背を丸めて縮こまり、身体や表情も強張っている。

 ……緊張しているのだろうか?


 そういえば2人きりの夕食なんて、これが初めてだ。


 意識してしまうとこちらも緊張してしまい、水をがぶ飲みしてしまう。


「……」

「……」


 食事を前にして手を付けず、向かい合って無言のまま。


 奇妙な空気だった。


 どうしていいか、お互いわからなかった。


 無為な時間が過ぎようとしていた。



 ――チン



 このよくわからない静寂を、電子レンジの音が破ってくれた。

 ……なんだか助かったような気分だ。


「から揚げ、温めたから。カレーに乗せてもいいかなって」

「……うん」


 その言葉を合図に、俺はカレーに手をつけ始めた。

 平折も小さく手を合わせ、そしてこちらを一度だけチラリと見てから、食べ始めた。


「……」

「……」


 お互い無言で食べ進め、かちゃかちゃという食器がぶつかり合う音だけがダイニングに響く。


 何となくこの沈黙に座りが悪い気がして、何か話題が無いかとチラリと平折の様子を伺ってしまう。


 平折はまだ制服姿だった。

 着替える間も惜しんでログインしていたのだろうか?

 更には眼鏡を掛けているのが新鮮だった。


「眼鏡、してるんだな」

「っ!?」


 俺の言葉で、初めて眼鏡を掛けているというのに気付いた様だった。

 どこか恥ずかしそうに頬を赤らめ、わざわざスプーンを置いて眼鏡を外す。


「……」

「……」

「……テレビやゲーム、授業の時は掛けてる」

「そっか」


 ワンテンポ遅れて、蚊の鳴くような小さな声で説明してくれた。

 なるほど、普段は掛けていないのか。

 どうやらあまり視力がよくないみたいだ。


 平折は恥ずかしそうにしながら、小さい口にちまちまとカレーを運んでは水を飲む。

 それは熱さからなのか、辛さなのか?


 辛さの好みも聞いておけばよかった。


 平折は義妹だ。家族のはずだ。


 だというのに、知らないことだらけだ。


 ……目の前の女の子は一体俺の何なのだろう?


 今の関係が酷く(いびつ)に感じてしまった。


 何か話さないと――そんな思いだけが空回り、ひとりでに走り出してしまう。


「昼間、お弁当ありがと」

「……ッ! べつに」

「そっか」

「うん」

「……」

「……」


 話の取っ掛かりとして、弁当の事を出してみた。

 しかし平折の答えは素っ気無く、どことなく気まずそうにしており、話も広がらない。


 普通の兄妹なら普通のやり取りなのだろう。


 だけど、俺は――


 なんとも言えないまま、夕食の時間が過ぎていく。



「……ごちそうさま」

「あぁ」


 結局その後、俺に少し遅れながらカレーを平らげた平折は、逃げるように自分の部屋に戻っていった。


 その後姿を見送り、カレーの残りをタッパーに移し変えて冷蔵庫に入れた。


 台所で鍋にこびりついた汚れに悪戦苦闘しながら、平折の事について考えていた。

 随分とらしくない(・・・・・)事をしたと思う。


 今までほぼ没交渉だったのだ。


 フィーリアさん(ゲームの友人)平折(義妹)だとわかった途端、態度を変えるのはいかがなものか?

 そんなことをぐるぐると頭の中で考えては、ぐしゃぐしゃとスポンジを強引にこすり付ける。


 だけど2人が同一人物だと知ってしまって、平折の事が色々気になっているのも事実だ。


 正直、どう接していいのか自分の中でもまだわかっていない。

 焦りにもにた胸をざわざわとした感情が、俺を苛立たせた。



 そしてふと――オシャレをした清楚で可愛らしい平折がチラつく。



 普段の姿からはイメージできない姿だった。

 可愛いと思ってしまった。


 平折はどういうつもりであの格好を――



「ああ、くそ!」



 このもやもやした気持ちを洗い流そうと、鍋や食器を荒々しく磨き上げていった。




◇◇◇




 自分の部屋に戻っても、胸の内は陰鬱としていた。

 嫉妬にも似た感情が渦巻き、自分でもどうしていいかわからない。


 それでもゲームにログインしてしまうのは、習慣としか言いようが無く――自傷気味な笑いが出てしまった。



「辛い! 辛かったよ、クライスくん! あと遅い!」



 インして早々フィーリアさん(平折)にそんな抗議を受けた。

 どうやら辛口は好みではなかったようだ。


「悪かったよ。それと洗い物をしていたからな」

「それから見てよこれ! おかげ様で早速貰えたよ!」


 フィーリアさん(平折)と何をどう話せばいいだろう? そんな気持ちがあった。

 だけどこのいつものやり取りに、先ほどまでのモヤモヤした気持ちは嘘の様に晴れていった。


 ――我ながら単純だ。


 フィーリアさん(ゲームの平折)は、鳥の羽をあしらった純白のワンピースの衣装を纏っていた。細部は金糸の刺繍が施されており、キャラのけもみみにも金のイヤリングがきらりと光っている。

 それを俺に見せ付けるように、くるくると回って手を広げるモーションを繰り返していた。


「なかなかふとももが際どいつくりだよね。そしてパンツが見えそうで見えない……もしかして工数的に手を抜いたとか? いかん、いかんよ! そう思わないかね、クライスくん!?」

「いや、そこまでパンツに拘ってるのがわかんねーよ」

「かーっ、わかってないね、美少女のパンツだよ?! 色とかデザインが気になるじゃん! あ、それとも胸の方が気になる?」

「おっさんかよ」

「ふひひ」


 そう言って新しいアバターをおっさん臭く嬉しそうに話す様は、いつも通りのフィーリアさんだった。

 一見俺が邪険に扱っているように見える会話だが、そこにはこう言っても大丈夫だという、ある種の信頼感めいたものがあった。


 だから、ゲーム内(こちら)では遠慮なくモノを言えたりする。


「それより、から揚げだけ弁当の方が気になった。何だあれ? 人には見せられるようなものじゃなかったぞ」

「あははー、だよねー。私も1人でこっそり食べたよ」

「それで胃もたれ起こして心配されちゃ世話ないな」

「えっ?! ちょっと、見てたの?! うぎゃー!!」


 そういって、フィーリアさん(ゲームの平折)は頭を抱えて転がりまわる。

 画面越しに平折が本気で恥ずかしがっているのも伝わってくる。


 俺は自然と笑っていた。


 悪友同士、馬鹿話をしているような感覚だ。

 先ほどまで色々考えてた悩みのようなことなど、些細なことだと思ってしまう。

 それくらい、フィーリアさん(・・・・・・・)と話すのは楽しい。


 だからこそ現実世界でも、もっと平折(フィーリアさん)と話せれば――



「さ、亀狩りに行こう! 今日こそ素材ゲットするんだ!」

「そろそろ出て欲しいよな」



 待ちきれないのか、フィーリアさん(平折)は先行して狩場に向かう。

 ぐいぐい前を行く彼女を追いかけるのはいつもの事だ。


 顔も見えず、背中越しに掛けられた台詞は不意打ちだった。



「今日はカレーありがと。おいしかった」

「――ッ!」



 サラリと告げられた言葉に、胸が跳ねる。


 自分の顔が熱くなっていくのがわかる。


 先ほど自分が単純だと思ったが……本当に俺は単純のようだ。


 できれば、直接言って欲しいと願うのは贅沢なんだろうか?


 そのためにはもっと――



 ――……ああ、そうか。







 俺、もっと平折と仲良くなりたいんだ――


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