世話の焼けるやつ
フィーリアさんは結構ぽんこつだ。
『ぎゃー! MPポーションと間違えて、HPポーション大量に買っちゃった!』
『フィーさん回復魔法使えるのに?』
『うっうっ、どうしよう……さすがに50個は……』
『……はぁ、いくつか俺が予備として買うよ』
『ありがとう! さっすがクライス君!』
『調子いいのな』
先日もゲーム内でそんな事があった。
放課後、家路を歩きながら思い出すのは、昼間の平折だ。
顔色を悪そうにして腹を抱えていれば、そういう風にも心配もされるだろう。
だけど俺は、アレはただの食べすぎだという事を知っている。
から揚げだけ弁当は、男子の俺でさえ結構胃にもたれたのだ、線の細い平折にはキツイものがあっただろう。
だというのに、周囲に勘違いされあわあわしている平折は、見ていて微笑ましい気持ちになった。
そしてその真相を俺だけが知っている。
そう思うと、余計に口元がニヤつくのがわかった。
「ただいま、っと」
残暑が厳しい9月の半ば、家に帰るとひんやりとした空気に人心地着く。
玄関には平折のローファーが転がっていた。
慌てていたというか、急いで部屋に戻っていると言うのがうかがえる。
――それほどコラボアバターを楽しみにしていたのだろうか?
そんな事を思いながら、キッチンに向かってレジ袋を降ろした。
俺は買い物をして帰ってきていた。
昨日より弥詠子さんは、単身赴任をしている父のところに行っている。
1~2ヶ月に一度こういう事がある。
家に平折と二人きりになるのはこれが初めてではない。
(平折と二人っきりなのか……)
だというのに、今回に限って妙に意識してしまっていた。
何故だか落ち着かない気持ちになってしまい、制服のまま着替えもせず野菜を取り出していった。
今までこういう時は、夕食は弁当や外食など、各自で済ますことが多かった。
俺は幼少期から父子家庭だったということもあり 料理はさほど得意と言うわけじゃないが、苦手というほどでもない。
さりとて、自慢できるほど出来るほどでもないが……
今日も買ってきたのはカレーの材料だ。
多めに作れば明日にも回すことが出来るし、夕食代として渡されるお金が浮けば小遣いにもなる。
そういえば、カラオケセロリには『アグニ様のマグマカレー』なんてのもあったっけ……
そんな事を思いながら、買い物袋から直接野菜や肉を取り出し調理を進めていく。
ちなみに俺は辛口に生卵をかけるのが好みだったりする。
辛さが生卵によって、口当たりがまろやかになるところが好きだ。
カレーと言えば、人によって好みは千差万別だろう。
――平折の好みはどんなんだろう……?
同じ屋根の下に住んで4年以上、そんな事さえ知らないことに愕然とした。
思考が冷え込み、焦燥感や罪悪感にも似た感情に支配される。
それを振り払うべく荒々しく野菜を切り刻み、調理を進めていく。
気が立っていたのか、野菜はどれもデコボコと見栄えが悪い形になってしまっていた。
――何やってるんだ、俺。
そうして後は煮込むだけという段になり、残った野菜を冷蔵庫に入れようとした。
「うん?」
冷蔵庫の中には、皿に盛られラップされたから揚げが鎮座していた。
もしかしたら平折の夕飯はこれだけなのだろうか?
今までのフィーリアさんならどうしただろう?
……答えは明白だった。
――ったく、世話の焼ける奴だ。
そう思った時、既に俺は二階の階段を上がっていた。
「平折、いるか?」
「~~~~っ!?」
ノックと同時に、ドタバタがっしゃん、扉の向こうから何か騒々しい音が聞こえてきた。
何が起こっているかはわからないが、これだけ大きな音を出されると、何か悪い事をしたような気になってくる。
「いやその夕飯にカレーを作ったんだが、一緒にどうかって……」
返事はすぐさま返ってこなかった。
時間にして10秒か、それとも20秒か。
部屋の扉の前で立ち止まるには長い時間だ。
「……どうして?」
――っ!
返ってきた言葉は想像の埒外だった。
――どうして?
だが冷静に考えれば、至極当然の台詞だ。
今までの俺達は没交渉だった。
家で会ってもロクに挨拶もしやしない。
今まで声を掛ける事すら稀だったのに、いきなりこんな事を言われて困っているのかもしれない。
それが急に、夕飯を作ったから一緒にどうかと言われても、平折も混乱するだろう。
「……」
「……」
――余計なお世話だったか?
そんな思いが思考を支配する。
だから続く言葉は早口で、言い訳じみた感じになってしまった。
「いや、そのな、お昼にあれな感じだけど弁当作ってもらっただろう? だからそのお礼と言うわけじゃないが、借りを作ったままなのも何だかなっておもってさ」
きっかけはから揚げだけはダメだと思ったからだ。
だけど話しているうちに、自分でも良い理由なんじゃないかな、と思っていく。
「……」
「……」
だけどすぐに返事は無く、俺の中で『こんないつもと違うようなことはしない方がよかったんじゃないか』と言う焦りや後悔に似た思いだけが募っていく。
「あー、その、別にいらないならそれでいいんだ。だから、気にし――」
「……食べる」
ガチャリ、と。
平折はほんの少しだけ扉を開け、顔を半分だけ出しながらそう言った。
「――そうか」
そう答えた俺の顔は、酷く安心していたに違いない。
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