約束
新連載です。よろしくお願いします。
「ん~、静かだね」
「あぁ」
紅く染まった夕暮れの海岸線、東の空には一番星、響くさざ波は耳に心地よい。
周囲に人気は無く、デートするには上々のシチュエーション。
俺の隣に居るのは、水色の髪の小柄な女の子。
肩がむき出しの小袖に、大正時代の女学生みたいな橙色の袴、手には杖。
それとピンと立ったふかふかの耳と尻尾が目を惹く。
一言で言えば和風のけもみみ魔法使いの美少女だ。
「静か過ぎて目当ての奴も沸かねー! 課金のドロップアップアイテムも使ってるのに、クソだー!」
「おいおい、さっき倒したばかりだろ」
「かーっ! 私ちょっと運営に抗議メール送るわ! ついでにアバターのパンツだけの部位も実装してくれって訴えてくる!」
「聞いてくれるわけないだろう、あほか」
可愛らしい容姿とは裏腹に、飛び出す言葉は汚い。
手もバタバタ振り回し、足は地団駄、チッと舌打ち。全身で不機嫌をアピールしていた。
やれやれと肩を竦めて眺める俺は、鱗片鎧に大きな戦斧。
そこにはデートとか甘い雰囲気は微塵も無かった。
彼女はフィーリアさん。
日々の会話から察するに、多分俺と同じ高校生。
俺たちはFind Chronicle Online通称FCO、いわゆるMMORPGをプレイしていた。
よくあるファンタジーモノなのだが、VRゴーグル対応という触れ込みで、今までにない臨場感が溢れるということで人気の作品だ。
生憎と俺はVRゴーグルを持っていないが……
現在フィーリアさんとは目的の素材を集めていた。
目的のモブのリポップを待っている間の暇つぶしで、他愛のないチャット中だ。
「そういや、このアバターどうさ?」
「フィーさんにしてはスカート長いな」
「それな! たまには足が隠れるのも風情かなぁってさ。太もももいいけど二の腕と背中も良いもんだ、うんうん。ご飯3杯はいける」
「変なところで拘りあるよな」
フィーリアさんはキャラのコーデをあれこれ可愛らしく弄るのが好きだ。
『こんな短いの穿いてるやつとか、現実じゃぜってーいねー! ほら、パンツ丸見えじゃん!』とかよく言っている。
今も『背中と二の腕にはうなじも外せない……髪型変えるか?』等と言っている。
割と言動や気にするところとかおっさん臭いが、いつもの事だ。
俺もフィーリアさんからオシャレ装備すればいいのに、とよく言われるが、興味が無いから仕方が無い。
男を着飾らせてもイマイチテンション上がらないし。
そんなこんなで、ゲームで出会ってかれこれ3年。
同時期に始めたフィーリアさんとはたまたま出会い、ここまで一緒にやってきた。
ゲーム内で頑張って上位の成績を収めたこともある。
実際に会ったことはないけれど、親友とさえ思っている。
……いや、どちらかと言えば悪友かな?
中の人が男か女かすらわからないが……一緒に居て楽しいし、それは些細な問題だ。
そもそも相手の本名も住んでいる場所もわからない。
ゲーム内だけの関係だ。
今みたいに太ももがどうの二の腕やむき出しの背中がどうのだの、普段の生活では話せないような下らない事もよく話す。
知っているのは学生ということと、アロマキャンドルが好きという事くらい。
まるで女の子みたいな趣味だな、と言ったら『悪いかよ』と不貞腐れられたこともあったっけ。
「そういえばクライス君、このゲームとカラオケセロリがコラボするって聞いた? ゲーム内の食事が再現されるとか」
「どれどれ――あ、公式にも出てる。竜王ファブニールの瞳コロッケ……なんだこれ?」
「街ゴブリンが作る生ハムとクラーケンのから揚げ、これ気にならね?」
「うわ、盛り付け汚っ! 逆に気になってくる」
カラオケセロリはアニソン等に力を入れるカラオケグループだ。
オフ会とかでも、よく会場に使われるらしい。
「あー、私も一度は行ってみたいなー!」
「そういえば俺んちの近くの駅前にあったっけ……お、今週末から開始だ」
「えぇっ、うそ?! いいなぁ、うちは地方都市だから……あ、初瀬谷店やってる!」
「初瀬谷?」
その言葉は聞き覚えがあった。
毎日通学でも使っている駅名がそれだ。
もしや……
「そそ、うちの最寄駅なんだ。でもさすがの私も1人でカラオケってちょっと敷居が――」
「マジで?! 俺も初瀬谷なんだ!」
「えっ?! クライス君そうなの?!」
「なんだよ、家近くなのか。ならさ、週末一緒に行かない?」
予期せぬ偶然で興奮して、思わず誘ってしまった。
フィーリアさんの大きな瞳が揺れる。
画面から流れてくるさざなみの環境音がやたらと大きい。
2分……そして3分。
チャットですぐにレスが来ないことは多い。
だけど、その僅かな時間で頭が冷えるには十分だった。
あー、踏み込みすぎたか?
ゲームはゲーム、リアルはリアルとはっきり線引きする人はいる。
フィーリアさんもゲーム内の関係はそこだけで完結させたい人なのかもしれない。
なまじ3年も一緒にやってきてのだし、その辺をよく考えるべきだったか。
そう思い直し『悪い、忘れてk』と打ち込んだときにレスが来た。
「いやぁ、なんて言いますかですね。私ってゲームとリアルじゃ印象全然違うんだ」
「うん?」
そこって気にするような所なのか?
俺はむしろいつもフェチ気味な会話をしているところから、中の人がおっさんだとしても信じてしまうが――ああ、なるほど。学生と言っていたけど、もしかしたら社会人なのかもしれないのか。
「でも中身はフィーリアさんには変わりはないっしょ? まぁ無理なら別にいいけど」
「う~ん、実際会って変な顔されるとなー」
「はは、しないってば」
「ならいいけど……って、沸いた!」
「お?」
目の前からやたらと首が長い巨大な亀がポップした。
こいつの甲羅が目当てのドロップだ。
「【雷光閃】! って、ぎゃー! こっち来たー!」
「おいおい、俺がタゲ取る前に攻撃すんなし!」
……………………
……
待ちきれないとばかりに攻撃を開始するフィーリアさん。慌ててフォローをして立て直す俺。
何度もやり取りした光景だ。
予定調和的なやり取りで、こういうところやたらと楽しい。
きっとリアルでもいい親友になれる――この時の俺はそう思っていた。
今日中にもう1話上げます。