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section1~世界の片隅で僕は馬を蹴る~~


                   僕は無力だ


                   手には何もない


                    ここに有る

 

 蜘蛛が這う雨上がりの草原、服が汚れるのも構わずに綺麗に切断された大石に座り込み。立ち上がった赤ちゃんの伝説という小説を読んだことがある。立っただけで特別視され理想と現実の間を彷徨う青年の話だ。大人たちは驚愕したんだろうが獣舎にでも立ち寄れば普遍的な光景だったと気が付くことが出来ただろう。特別な存在だと勘違いしていない前提が必要なのだけれど。


 それでも子どものことを特別な存在だと勘違いてしまう人が少なからず存在している。「貴方は天才よ」とか「やはり私の子だ」とか、子供は非常識で常識が欠場していて何が凄いか何が凄くないかを教えてやる必要がある。挨拶ができれば褒めて、服が着れれば褒める。馬の調教よりも単純な構造で出来たら褒める喜ぶそれだけだ。


 幼い頃兄と一緒に領地内に入って来た野良犬を追い払おうとした。僕が囮をして兄が石を投げて退治をする。だけど子供の浅知恵では上手くいかず石をぶつけられ躓いて。噛まれる寸での所まで野良犬が迫っても一向に兄の石は当たらない。痣が増えるばかりで助けにならない。唸り声を出す暇さえ惜しんで噛みつこうとする猛犬の鼻頭を爪で引っ掻いて何とか死なずに済んだ。だけど代償として左腕を噛まれた。手首には多くの血が流れており怪我をしてはいけない場所と教わったが思い出すのが少し遅かった。けども兄はすぐに思い出したようで僕を見て尻餅を付きどこかへ消えてしまった。


 目に映える長草葉の揺れが少しずつ二重三重にブレ始める。虚ろ虚ろ逝く自意識の中に赤い光を見る。いくつもの赤い光がブレ。点と点を繋ぐ様にユラリユラリと動きめく。無意識の中に暖かさを感じながら眠気に身を放る。


 目を覚ました頃には体中に付いていた汚れは落されていたが、野良犬に敗れ去った汚名を心に付けられる結果となった。なお後に分かったことだが不思議なことに手首にあった傷は無くなり怪我をした痕跡も無かったという。あの赤い光が助けてくれたと信じ続けているが周りでは兄が無傷で僕を助けたと言うことになっている。


 嘘をついた後ろめたさと嘘をつかれたもどかしさ、時間が経つにつれ距離は大きいものへと変わっていった。


 そして兄は領域で頭角を現し領主筆頭として名をはせ。一方僕は森に入り浸ったり武器を作り続けていたせいか領主争いからも早々に外され社交パーティーにも呼ばれなくなった。将来に希望がない者を許容しないのも正しい判断なのだろう。だけれど数年ぶりに母親から出席するようにとの御達しが発せられた。奇妙でカラフルな洋服を試着してみたが結局の所、メイドに勧められた赤と白と青のフォーマルだというスーツにする事にした。


 ミラツェ家宅で開かれる通称”ミラツェドレア”の歴史は古く31代目ミデア王家の三男”ミデア=マース・ファレンツォ”も来たことがあるらしい。また風習としてフィアンセと共に入場するというものがある。元より知っていたが涙を呑んで階段を駆け上がった。途中躓いたりして後ろを上っていたカップルが顔を見合わせて苦笑いをしたが気にせずに会場に入った。そして会場に着いたがする事がない分からないのでただ風が吹いて気持ちい窓際に立ちつくす今に至る。


 床に敷かれているカーペットの質が良いのか歩く音だけで品の良さが窺える。皆は上品にノシノシ歩くのだが一人ドシドシと足音だけで体格の良さが窺える足音が徐々に向かってくる。


 「ここに来るのは初めてかなミラツェ家当主のゼスズだ。よろしく」


 社交場の挨拶として胸に手のひらを当て軽く会釈をする。女性の場合は多くの種類があるそうだが男性は決まってこのポーズをしていればいい。


 「初めまして”ブック=ラン・グレイ”といいます」


 「君があの・・・嫌。気にしないでぜひ楽しんでくれ」


 ここにも噂は広がっているようで名前を言っただけで距離が生まれる。大した事はしてないが尾ひれが大量にくっ付いてしまったのだろう。否定が出来る人間は僕しかいなくて僕は否定をしていないからね。


 ウェイターの酒の勧めも断り続け遂には近づいて来なくなった頃。ようやく御出でになったブック=ラン家の三人+一名が、我が兄は領主筆頭。フィアンセは透明人間の様に見えないようで続々女が群がってゆく。女性の扱いはお手の物と言わんばかりに口角を絶えず上げて目の横に皺を作りスマイルフェイスを演出する。もちろん軽い肩や腰へのボディタッチも忘れない。母と父はそれこそ御構い無しにと颯爽と通り抜けていく。なぜかフィアンセも颯爽と通り抜けたが母にでも気に入られているのだろうか。


 館内全てのウェイターを撃退した頃。追い返す事の出来ない客がやって来た。


 「グレイさん 紹介したい人がいるの貴方の婚約者」


 「”グレン=ファス・ナーシャ”と申します。これからもよろしくお願いしますグレイさん」


 黄色の生地に白い花柄が幾重にも施された可愛らしいドレスを少し摘み上げて白いハイヒールを履いた足をクロスさせてお辞儀をする。プリンセスドレスと髪型が存在感のある女の子だ。


 「婚約者なんて初めて聞いたよ。それに婚約者?」


 見た目からして10歳前後。明らかに恋愛対象外のお子様だ。どうすればいいのか・・・


 「もう決まった事なの貴方はグレン家に嫁いでもらいます」


 「僕が婿入りするんですか」


 「えぇ 可愛らしいでしょ?5年もすればとても美人になるわ」


 こんな子供まで巻き込むなんてよっぽど僕がお払い箱らしい。グレン家との関係もでき一石二鳥という分けですね。


 「だけど子供とは結婚は出来ません。この国では15歳以上で無ければ出産も結婚も許されていない。5年は待たないといけません」


 「えぇ 心配は要らないは結婚をするにあたっては条件があるの。軍役期間が3年以上で剣術と乗馬・あと弓も扱えるといいわね。グレン家の方々が求めているのはナーシャちゃんを守れる強い男性。グラウンの事もあってとても好意的なの。グレン家はマリゾー山脈の大半の土地を持っていて、あそこはマラミカス鉄鉱石の鉱脈からスタンミル銅の採掘もできるの。マラミカス鉄鉱石は貴重な物だと分かるでしょ」


 「そのために条件をクリアしてマリゾー山脈の利権を得たいという事ですか」


 「そこまでは言ってないわ。有効な関係を築きたいだけマリゾー山脈を簡単に渡れるようになりたいだけよ」


 関所を渡らないルートが狙いめか、関所を無視できればどんなものでも流通させれるようになる。辞めて欲しいものだ僕も捕まってしまう。


 「とにかくグレンさんには軍に入って貰います。分かりましたね」


 「はい 母上殿」


 胸に手の平を当て去り逝く後姿を見つめ続ける。いったいどんな目をしていればいい。


 


 

 




 僕は訓練所に行くけど戻ってくるつもりはない。貴方の為と言っていたが社交界で自慢するネタが一つ欲しいだけなんだ「次男が訓練所に通ってる」

 出世するには3つの方法がある。長男に産まれる事・結婚する事・実力で上がること。例外に暗殺などがあるが正当法以外では登れる階層に限度がある。最後の一段を上るために邪道に走った王様がいたが歴史はそれを許してはいない。


 訓練場は「実力でのし上がろうと頑張っているね」そんな上から目線を浴びされるゴミ捨て場みたいな所だが英雄の様に力を付けるには持って来いの地獄と天国が入り交じった場所だった。


 僕は馬に最小限の荷物を載せてここから出ていく。お気に入りの本と自分で作った短剣、傷を治す薬草や火を付ける道具。到着地点があるとはいえ荷物は多くなる。最後に招待状をバックに入れて自分の部屋を出た、本や剣・薬草が少し恋しいが持っていくことは出来ない。


 「母上、父上行ってまいります」


 「グレインいつでも帰ってきていいのよ困ったことがあったら手紙を頂戴、力になれるはずだから」


 「はい ありがとうございます母上」


 「持っていけ」


 「行ってまいります」


 投げられた家紋が鉄印された剣を腰に携え家を出る。


 「グレインさん馬の用意はできております荷物を載せますのでこちらへ」


 「ありがとう...ミセラともこれで最後になるな」


 「その口ぶりですと戻って来ない様に聞こえてしまいますよグレインさん。教育のやり直しが必要ですか?」


 「流石に勘弁してくれ、俺はこれから人生のやり直しで忙しんだ」


 「・・・グレインさん、今のは聞かなかったことにしておきます。この家はこの場所から離れはしませんいつの時も離れていくのは人なのです。そして近づくのも人なのです。気が向いたら寄っていってください私も貴方の母親のようなものでしょう。」


 「分かりました母の教えは絶対ですからね。それでは行ってまいります」


 「いってらっしゃいませ」


 家庭教師と楽しそうに会話をしている長男を横目に馬の腹を弱く蹴り前に進む。


 木の上に立つ猿たちに手を振って手綱を手に括り付け馬を少し強く蹴る。


 僕はいつか旅がしたい、広大なこの世界をまるで宝探しをするかの様に隅から隅まで見ていきたい。きっと最も美しくて残酷で複雑な楽しい世界なんだ優しい嘘なんて存在しない素直な世界。


 



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